【四十話】魔術執行者2
高芯咲き
ミシェールの瞳の色というのは、赤髪を薄くしたような色をしている。
いわゆるピンク色で、瞳の色としては珍しい。
前世の世界ではカラーコンタクトでしか存在しないような色だ。アルビノは赤いが、その赤とは少し違う。色素が無く、毛細血管が透けている訳ではないのだ。
手に届く場所に偶然咲いていたオフェリア。オフェリアという薔薇は、薔薇的な形をした薔薇だ。
芯が高くて渦を巻くような、薔薇と言えばその形を想像するかなというオーソドックスなタイプ。
色は深紅ではなく薄いピンク色。
ピンク色の薔薇の花言葉は『愛の誓い』この状況にピッタリなんですけれども。偶然て怖いわ。
深紅なら『愛』だったのに。よりによって『愛の誓い』だなんて。
私はというと、差し出された薔薇を受け取らない訳にもいかず、右を見て、左を見て、おずおずと受け取った。キョロキョロしてどうする? 挙動不審になってしまいましたよ。
自分で薔薇でも差し出せば? と振って置きながら、このていたらく。一択ですから!
「エスコートフラワーはこの色で良い?」
第二王子様が、ニコリと笑って聞くから、私はこくりと頷く。
ドレスとは違う色ですけどね!
これでも合うし。むしろ好きだし。
只今を持ちまして、公爵令嬢ミシェールの運命は決定しました。第二王子妃です。
ダンスパーティでは衆人環視の元、一番に第二王子様と踊りますょ。
ああ、えらいことになってしまった。国外追放→図書館司書という未来予想図と全然違う。
百八十度くらい違う。
「ルーファス様、お願いがございます」
「いきなりおねだり? 可愛いミシェール」
立ち上がった第二王子様は、当たり前のように肌が触れ合うくらい近くに座り直した。
近っ。さっきより全然近い。退路なしだ。
「ダンスパーティでの断罪イベントとシンデレラの婚約をなんとかお約束頂けませんか?」
「ああ、昨日も言っていた世迷い言?」
世迷い言じゃねー(怒)
「断罪はどういう状況になるか分からないが、近いものは演出出来ると思う。君が考えているものとは全然違うと思うけどね。シンデレラに関しては、彼女の意中の人をしっかり本人に確認すること」
意中の人か。 確かに勘違いや余計なお世話になったら元も子もない。ならばそれは、今夜確認あるのみだ。
私は善は急げと立ち上がり掛けたのだが、左手を引っ張られてバランスを崩す。
そのまま、彼に引き寄せられた。
「まさか、このまま帰る気じゃないよね?」
「?」
帰る気満々でしたが何か?
「襟元、開いてるよ?」
その言葉で我に返り、ボタンを閉じようとすると、彼の手が重なる。
「締めなくていいから………」
締めないでどうする? 開いたままとか、有り得なくない?
というか指摘したの第二王子様なんですけども。
「まあ、締めて欲しくないというか、二度手間だってこと」
二度手間!? つまり、締めたところでまた開けると? そいういことでオーケー?
そりゃ、二度手間ですね。そもそもなぜ開けるんですか?
「ほら、プロポーズの儀式がまだじゃない?」
「なんですか儀式って」
「七年前、僕を薔薇の影に引き込んで、君が何をしたか憶えてる?」
残念ながら憶えてますね。
「だからさ」
「?」
薔薇の影に誘われるの? 若干、体に力が入る。
それを見越したのか、第二王子様はクスクス笑う。
「本当はね、あの時のあの場所で約束の口づけをしたかったんだけど」
そう言うと、彼は私の口に軽く挨拶のようなキスをした。
虚を衝かれて驚いている私を尻目に、彼は私の反応を楽しんでいる。
昨日も今日も第二王子様は余裕があるんですね? 羨ましいです。
「でも、今の君は怪我をしているから……」
そのまま首筋にキスをする。暖かくて、柔らかい感触。
それと同時に起こった事に、私は目を奪われた。
光ーー。
私の首筋から淡い光が湧き上がる。これは本家本元の回復魔法。
ファンタジー世界で良く見る、癒やしの力。
………スゴイ。
こういう事も出来るんだ……。
唖然としている私を他所に、彼の唇が首筋に沿う。
悪意の込められた傷。憎しみの証明。
昨日、私を殺す為に絞められた首筋を。
今日、同じ場所に婚約者が口づける。
傷の回復と一緒に悪意が流れ出ていく。
回復魔法って。傷だけじゃなくて、心にも触れてくるのね。
黒魔法ではなく、白魔法の力。
全身が薔薇の薬湯の中にいるみたい。
癒やしの水が体中に染み込んで、私の中に込められた悪意の膿が流れ出す。
この膿の流れ着く先が、どうか第二王子様の体ではありませんように……。
水の精霊ウンディーネに。祈ってみた。ちゃんと届くかしら? 届けば良いなと思う。
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