【二十二話】貴族の令息達
小鳥はローストビーフを食べますか?
私が座っていた読書スペースのテーブルは、優に十人くらい座れる大きなものだったので、相席するのは普通の事だと思う。
実際に市立図書館に勤めている時も、そんな大きなテーブルに一人で座っていた人はいなかったし。
でも、これは少し不自然。
最初は好奇の目に晒されているだけだったのだが、遠巻きは段々と近づいて来て、私の隣に座っていた。
一人が右側に座って、二人目が左側。
三人目と四人目が正面に座る。
まあ、ざっと囲まれた形になりましたよね。
あからさまです。
ここにいるのは王立学園の同級生達だ。
もう卒業を目前として休暇に入っていた。
何か調べごとがあったのか、それとも配属予定の部署のお手伝いか。
「お久し振りですね、ミシェール様。落馬されたそうですか、その後お加減はいかがですか?」
「お久し振りね、アーロン様。私は何とか体力を取り戻そうとしている所よ?」
右隣に座っていた貴族令息が話し掛けて来た。
彼はアッカー子爵家四男坊のアーロン。
クラスメイトなので名前も顔もインプットしている。
けど、話しかけられたのは初めてです。ちょっと吃驚。
子爵令息から公爵令嬢に話しかけるという意味でもねっ。
言わずもがなカールトン公爵家には、長女のオリヴィア、次女の私、そして三女のシンデレラに長男のキースがいる。
何が言いたいかというと、婿養子は募集していない。
婿養子の募集をしていない公爵令嬢に、子爵家令息の四男坊はあまり用事がないらしい。
「ご婚約おめでとうございます。さすがミシェール様だと、皆様が噂していますよ? なかなか命懸けの素晴らしい手管を発揮されたとか」
手管? 手管って言った?
商売女が使う手練手管の事でオッケー?
自分で言うのも何だけど、公爵令嬢には使わない言葉よね?
馬鹿にしてる?
蔑んでる?
言葉の端々にトゲが出てますよ?
子爵令息様。
「まあ、どうもありがとう。手管なんてイヤですわ。私は日課のお散歩中に、愛馬の様子がおかしくなってしまい、落馬してしまったのですよ?」
「またまた。偶然だなんて策士のミシェール様らしくありませんよ?」
なんだと、アーロン。
初めて話したけど、大概失礼な男ね。
策士だなんて、素で落馬した私がアホみたいじゃないか。
私は笑顔で返事を返していたし、アーロンの笑顔もまた凄い。
光の中、満面の笑みとはこのことを言うのかと然もあらん。
しかし、嫌みには嫌みで返すのが私のルール。
アーロンが突かれてイヤなところってどこなのよ?
「アーロン様こそ、素敵な令嬢とのご婚約はどうなされたのですか? 知りたいですわ。何と言っても入学当初から伯爵家の令嬢や侯爵家の令嬢にお声掛けしていたのではありませんか?」
彼は容姿、剣、学業に置いて平凡。
どちらかと言うと、その陰鬱とした視線で下から見上げて来る所が不気味なのだ。
貴族の令息だからといって、誰でもが見目形に恵まれて生まれてくるわけではない。
当たり前だが、容姿とはかなりの確率に置いて偶然の産物だったりする。
悲しいかな? 美男美女から確実に美男美女は生まれない。
それ故に、身分よりも容姿は下剋上が起こりやすいのだ。
怖いわー。
第二王子やシンデレラは美男美女から生まれた美男美女だが、まあ運が良かったんでしょうね?
遺伝子って不思議ー。
貴族が婿養子に望むもの。
それは大概において、非凡な才だ。
自分の爵位を継がせるわけだからね。
それこそ、その道を望むのであれば、首席、次席を狙う勢いで行かなければならない。
そういう意味ではなかなか世知辛いし、学業の才でも下剋上は起こる。
アーロンの顔を見ながら、とても失礼な事を考えていた。
しかも近いのよね。
ひと席開けて座って欲しいわ。
なんで真横なの?
男四人で囲むように座るってなくない?
威圧しているの?
「殿下はミシェール様に夢中だとか? 毎日通っていると王宮中の噂ですよ。それで体力がお落ちになられたのでは? 男を骨抜きにする技術をお持ちだとか? 一度お相手願いたいものですね?」
「………」
何? これ?
昼間の王立図書館での会話?
正面に座った二人がこちらを見ながらニヤニヤ笑っている。
一度お相手って?
私、何度も言うけど生娘なんですけど?
そんなニタニタした目線で、体中を舐め回すように見ないで欲しい。
「ミシェール様のご自慢の妹、シンデレラ様でしたか? 現公爵夫人の継子の妹君。第二王子殿下は彼女の恋人だったとの噂です。それを力尽くで寝取ったとか? 王子殿下のお子様を妊娠しているとも聞き及んでいますよ?」
噂って凄いのね。
私、昨日まで生死を彷徨っていたのよ?
どうしたら妊娠するのか教えて欲しい。
だが、事実を声高に叫ぶには分が悪い。
四対一のこの状況で、事実が何なのかが問題な分けじゃ無い。
彼らは彼らの本能に従って、私への憎しみをぶつけているのだ。
私が苦しめば苦しむほど彼らは嬉しい。
前世でも恐ろしい言葉が有ったじゃないか?
『他人の不幸は蜜の味』
この概念を最大限に利用して視聴率をとっていた番組をワイドショーという。
離婚会見とか大喜びで見る人いるよね。
アレね。
つまり、私はターゲットだ。
噂の? もしくは虐めの?
王子妃ロードを手に入れた。上手いことをやった奴。
このままじゃ済まさない。せめて不幸になれと。
出世打ち止め系の令息や。
第二王子を狙っていた令嬢に。
私はターゲットにされたんだ。
ヤバー。
女も男も嫉妬は怖いのよ?
王家に嫁ぐってマジ大変だね。
王妃様神。
あんなに暖かい微笑みを絶やさずに、王妃のお勤めに勤しんでいるなんて。
「まあ、そんなおめでたいお話があったら、素敵ですね。結婚と同時に御子様のご生誕? どんな風に育てようかしら? 髪はストロベリーブロンドかしら?」
婚約話なんて全然進んでいないわけだけど?
何か悔しいじゃない。
これでダンスパーティーの日に、断罪されたら、一同拍手喝采だわ。
「でも、アーロン様もお分かりになりますよね? 第二王子殿下にはもっと素敵な御令嬢がいらっしゃいます。噂はただの噂。私は修道院にでも行き、修道女にでもなりますわ?」
「ご冗談を」
「まあ、冗談ではなくてよ?」
ウフフ。
私も満面の笑みで返してやるわ。
悪女顔だから、結構さまになるのよ?
図書館は特別な場所。
硝子を通して、昼の日差しが燦々と当たっていて、明るい場所。
真っ白な大理石が光を含んで柔らかくなる。
文化そもの。
そんな中で、私は令息達と微笑み合っていた。
顔が引き攣りそうね?
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