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【百七十一話】仮初めの王女


 僕は何故か王太子妃であるオリヴィアお姉様に言われてフィラル国を訪れていたのだが、水の都と呼ばれる王都に着いてみれば、下にも置かぬ歓迎ぶりで、フィラル国王陛下を始め三王女殿下への挨拶もそこそこに各地の観光にかり出されていた。そしてその殆どは末の王女である、エレン・シュウ・フィラルが率先して計画を立ててくれたのだ。亜麻色の髪に琥珀の瞳をした僕と同年代の少女。彼女は大変に人好きのする性格をしていて、僕の手を引いて、海が好きだという僕のために砂浜に連れて行ってくれた。


「ここはね、とっておきの場所よ」


 そう言って彼女が微笑む。従者や侍女は少し離れた場所に立っていて、僕らの会話までは聞こえない距離だった。だから彼女は悪戯っぽく笑って、あなたの髪の色はとても綺麗と言ったのだ。フィラル国の王族は皆、光のような髪の色に憧れるのだ。父王は星の光のような髪の色で、あなたの髪の色は月の光だと。


「少し触っていい?」


僕が頷くと、彼女は恐る恐る手を伸ばし、僕の髪をまるで宝物を愛でるような優しさで撫でた。アッシュベリー王国の王子様の事を知らない国民はいないのだと、フィラル国の国民は皆四人の王子の事を知っている。憧れと羨望と郷愁を込めて貴方達を見るのだと言った。郷愁? ノスタルジア? 懐かしさというもの? 何故? 僕が首を傾げると、彼女は首から下げたペンダントを見せてくれた。貝が複数付いている首飾りだ。そこには驚いた事に、アッシュベリー王家の王妃様、そして僕ら四兄弟がいたのだ。嘘? 何コレ? 隣国の王族の姿絵を加工した貝に描くなんて、ちょっと信じがたい事だ。これは国民全員に配ったものだという。国費をかなり割いて無償で国民に配ったのだそうだ。海の宝石と言われた王女様。その王女様がお産みになられた御子。光のように輝く少年達。そう言うエレンに対して、僕は急いで頭を振った。いやいやいや上の二人の王子は王妃の子で間違いないが下の二人は違う。そこは明確にしないと。 そう言ったらエレンは不思議そうに首を傾ける。血の繋がりなど関係ない。あなた達は全員光のような容姿をしている、それこそが大事なのだと。そんな訳ないと僕が言うと彼女は小さく微笑むのだ。私を見て見ろと。この茶色い髪と目を見ろと。こんな王族は誰も認めない。フィラルの御子は光の色を受け継いだ御子でなくてはならない。それは差別の話ではないのだ。ウンディーネ様が守る国ではそう有らねばならないという話なのだ。


 だから、私たち三姉妹は王族であって王族ではない。王の直系であり、もちろん光の御子様より父陛下との血の繋がりは濃い。しかし、血の濃さは関係ないのだと、フィラルで重要な事はウンディーネ様と繋がる力がある事なのだと。そして亜麻色の髪をした子は繋がらない、故に王族ではない。私たちは紛い物であり、仮初めの王族なのだ。だから決して子を残してはいけないと言われている。誰がそんな事を? と聞くと。陛下であり宰相であり第一王女であり国民全てと彼女は言った。


「ここの海は綺麗でしょ?」


 砂は白くて、その白い砂を夕日がオレンジ色に染めていた。

 私は誰とも結婚せず、子も産まず、やがて海に帰るのだと。時が来たら、魔法使いのお婆さんに足を瑠璃色の鱗に変えてもらい、ここから海に還るのだ。ネイト、あなたに会えてとても嬉しい。そしてあなたのお兄様であるルーファス王子がフィラルに来てくれて幸せだ。


 どうか私の事を忘れないで。私たちは紛いものの姫で、誰も望んでいない存在だったけれど、あなたの片隅にそっと住まわせて。


 そう言って、彼女は僕の髪を大切そうに梳いた。


「黄色の髪が好きなんだね……」


 小さかったけど、僕の声で伝えた。僕は彼女とならぽつりぽつりと話が出来る。

 彼女の髪は夕日を浴びて鼈甲色に輝いていた。普通に綺麗な色だと思うけど。普通に素敵な色なのに。


「好きよ? その透き通る空のような瞳と、優しい色の髪が」


 貝殻の砂が敷き詰められた街道。

 街を巡る水路とゴンドラ。

 高くて蒼い空。海洋国フィラルは精霊の国。精霊が国を守り、王族が精霊と繋がる所。


「ネイト、少しだけ海に入らない?」


 僕らは靴を脱ぎ、足先を海水に浸す。波が砂を攫って、足先が揺れる。

 地平線が見える。沈む太陽と、最後の残滓で染まる海。


「また、会いましょうね」


 まるで海に溶けてなくなってしまいそうな少女が笑う。


「いつか、また二人で夕日を見ましょう」


人魚姫了です。

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― 新着の感想 ―
[一言] フィラルのお姫様三姉妹の決意が悲しいですね。 仕方ないとはいえ、彼女たちのせいではないのに… 生きているのだから、死ぬまでに幸せと思えることがたくさんあって欲しいです。
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