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【百七十話】王太子妃のお使い


 ネイトは呆然としながら窓の外を見ていた。一体全体何故こんな事になってしまったのだろう。窓の外に広がる風景は珍しいものだったが、今の状況に対しての驚きの方が大きく、視界に入ってこない。国内旅行をした事が無い、それどころか城下にも行った事がない。城から出た事がない。温室育ちとか箱入りという言葉は使いたくないが、そうは言っても、ネイトは生まれてこの方、出かけたことがなかったのだ。それが国境を越えて隣国に行くとはどういう事なのだろうか? 報告をしたかつての第三王子であり同腹のお兄様は大変な驚きと、それにも勝る程の羨望で、僕は彼から沢山のお土産を持たされた。キース兄様とオリヴィアお姉様から言付かった荷物で馬車が一台埋まりそうだった。


 お忍びという事で王家の紋章は入っていなかったが、豪華な馬車が二台続く形で走っている為、結構目立っている。目立つ事が苦手な僕は大変恐縮していた。なんなんだろう? これ? そもそもオリヴィアお姉様の言伝の殆どは便箋に書いてある。となるとわざわざ王子の僕が届けなくても良いのでは? という疑問がふつふつと湧いてくる。だが、オリヴィアお姉様の準備の早かったこと! とてもじゃないがネイトが口を挟む隙間など見つからなかった。


 オリヴィアお姉様の夫に当たる、僕の一番上のお兄様であるエイベルお兄様は興味なさそうに「まあ行ってくれば?」みたいな感じで許可を出し、陛下も「へー」

くらいのもので、誰も何も言わなかった。王妃様だけは自分のお里なので、姪達にと言って沢山のお土産をやはり持たされた。全部合わせると一部屋埋まりそうである。


 見送りに立たれたオリヴィアお姉様はにっこり微笑まれて僕に言ったのだ。「きっと楽しいと思う。本物の海を見ていらっしゃい。きっとあなたの胸に届くものがあるだろうから。先触れを出しておいたから、ルーファス王子もミシェールもあなたに良くしてくれる筈」と。


 流石はエイベルお兄様の奥様だけのことはある。誰も逆らえない。エイベルお兄様という人は僕とは殆ど話した事がない。だけど、一番怖くて頭の良いお兄様だ。逆らったら殺される。そう思えるような人。甘さや弱さのようなものを見た事がない。あのお兄様に唯一我が儘を言えるとしたらオリヴィアお姉様なのだと思う。ただお兄様が自ら選んだ妃だけあって、栄耀栄華を求めたり、国を傾けるようなタイプの女性ではない。多分、大変変わっているが、良妻賢母なのだろうと思う。思うけども、なんというか遊びや悪戯が好きなタイプというか。僕は絶対揶揄われている気がする。


 けれどそんな思いは国境線を越えたとき一蹴された。街道が貝殻で敷き詰められていたのだ。

貝殻は七色に光る特性がある。それを利用してボタンなど服飾品や髪飾りに加工するのだが、砂のように細かくして街道に敷き詰めるなんて。なんという贅沢な仕様なのだろう。貝を沢山消費している国ならではだ。白い街道と高い空と。異国の匂いがする。


 僕の手の中にある、セバスチャンと建国語り。この生き物が生きている国。精霊の守る国に来たのだ。


 息をしているかしていないのか分からなかった世界の中で、急速な開放感を感じた。僕はこの国では王子ではない。ただ人だ。僕は巻き貝の帽子をそっと掴む。今日はお兄様に贈って頂いたこの帽子と、国境線を越えて共に来た。


 僕はこの国で海を見よう。あんなに憧れていた海だから。もしも出来る事なら、足先だけでも海に入ってみたい。精霊は海から人を守っているのだから。




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