【番外編3 あなたが好きです】
第三王子殿下が落馬をしたミシェールを探しに行く回です。
本編でも少し触れていますが、補足回です。
『僕の好きな人』
僕の大好きな人は乗馬が好きだった。活発な子で、その上勝ち気で、意外な事に動物が好きだった。その要件を全て満たすのが乗馬だったのだろう。天気が良い日に愛馬とお散歩に行くのが彼女の日課だった。公爵家の令嬢という高い身分だったけれど、彼女は散歩の時間を愛馬と共に過ごす事に重きを置いていて、共は連れていかない事にしていた。
いつもの時間になっても帰って来ない。
僕はそれだけでそわそわする。彼女は寄り道が好きだったから、そういう事は良くあった。可愛い花を見つければ馬を下りて摘む。お天気が良ければ気ままに遠回りする。そんな自由な女の子だった。自由は彼女の魅力の一つではあるけれど、僕は時々心配になる。
時間になっても帰って来ない時は、僕が迎えに行く。何かあった時の為に、僕は共の者を連れて行く。一度は城下に行ってお菓子を買っていた事もあった。「おいしいクッキーが食べたくなってしまったの」等と言いながら、僕に照れ笑いをするのだ。家の者に言いつければ、直ぐにでも手に入るのに、時々そういう事がしたくなるのだろう。
今は公爵令嬢だったが、九歳になるまでは男爵令嬢の娘として育っているから、一人で城下に買い物等も行ってしまえるのだろう。クッキーを頬張る姿は可愛らしく、僕は決まって苦笑いをした。心配だから僕が付いて行きたいのと、彼女の心の赴くままに動く快活さを尊重したいのと半々だった。
彼女は僕より三歳上で、頼りになる二番目のお姉様だった。五歳年上の一番目のお姉様も大変頼りになるしっかり者のお姉様だったが、僕の身分を知っていたからか、ある程度、敬意を払って接してくれていた。
二番目のお姉様は、驚いた事に僕の身分に気づいていなかった。でもそれが僕にはとても心地が良かったのだ。だって……。彼女はとても優しいのに、それは僕が第三王子だからではない。彼女は僕が王子だからとか王子じゃないからという理由で接し方を変える人じゃないのだ。
だから僕はずっと黙っていた。聞かれたら素直に答えていたけれど、彼女は聞かなかった。端から僕の身分に興味がなかったのだろう。公爵令嬢としても人生を楽しめるが、男爵家の娘の令嬢としても楽しめるのだ。なんと融通が利いて、臨機応変なのだろう。僕は彼女のそういう所に憧れていた。
真っ赤な血を流して倒れる彼女を見た時、僕は彼女の腕を取り、死にゆく彼女を抱きながら考えていた。彼女を看取ったら僕も死のう。僕の膝に彼女の血が広がっていく。頭部からの大量出血。助からない。一目で分かった。
僕の大好きな人が死んでしまう。ならば僕も一緒に死のう。彼女のいない世界でどのみち僕は息が出来ないのだから。
お姉様。
ミシェールお姉様。
あなたの事が大好きでした。
あなたがいるから僕は生きて来られたのです。
この窒息しそうな世界で、あなただけが僕に息の仕方を教えてくれた。
あなたが好きです。
各王子殿下には幸せになって欲しいです。
それぞれに、別種の心の闇を抱えております。