【百五十七話】エピローグ3 お茶会の庭。
私はティーカップを手に取ると、そこから立ち上る香りを楽しむ。
あの日ーー
オリヴィアお姉様が彼と飲んでいたお茶だ。
僅かに花の香りがする。
お茶が美味しくて。
昼の陽射しが暖かくて。
私は落馬以来、初めて心の底からほっとした気がする。
キースが目覚めてから、私は借りていた王宮の一室に戻っていた。
この部屋には中庭があり、テラス席が用意されている。
中庭には季節の薔薇が植えられていて、温室程ではなくとも、それなりに咲き誇っている。
私は目の前に座る、ルーファスを見る。
彼もまた眩しそうに薔薇を見ていた。
不思議ね?
運命って……。
私は日本で図書館司書をしていたのよ?
それが目を覚ましたら、西洋の香り漂う異世界にいた。
そこで王子様に出会い、紆余曲折あって、彼とこうしてお茶を飲んでいる。
夜中に首を絞められたり、令息達に絡まれたり、治癒魔法を目の当たりにしたり。
どれもこれも日本にいたら、体験することのない鮮烈な経験だ。
そして彼と出会う事も無く、地味に平和に暮らしていたのだろう。
紅茶を一口飲む。
香りが体中に広がって行って、私を暖める。
私は硝子の靴を履いていた。
陽射しが降り注いで、硝子に反射してキラキラと光を零す。
私の足にぴったりのこの靴は、一度手放したのに、また私の元に返って来た。
そうして、また私の足元を飾ってくれる。
「……ミシェールにとても良く似合うね」
硝子の靴を見ながらルーファスが言う。
彼は私の名前を呼ぶ時、いつもその名前に心の一部を乗せている気がする。
「ルーファスって、私の名前が好みなの?」
音とか、響き的な?
「ミシェールの名前が名前単独として好みな訳ではありません。君の名前だから特別に感じるのです」
どこかで聞いた台詞ね?
「……胸と同じか」
「…………」
何となく。
彼の頬が少し染まった気がした。
やだな。
こんな事で照れないでよ。
私達ったらあんなことやこんなことだってしているのに。
今更、照れないでったら。
私も釣られるように頬に熱を持つ。
今日の私はペールグリーンのドレスを着ていた。
白いレースがふんだんに使われた可愛らしいデザインのドレスだ。
彼の瞳の色に合わせて作ったドレス。
ちょっとドキドキしながら着込んだのだ。
キースが無事に目覚めてから、カールトン公爵家への処罰が決まった。
元々第三王子の降下先だった事もあり、完全にキースが爵位を継ぎ、王家が後見人になる。
お父様とお母様は引退し、領政からも手を引く。
領地で蟄居生活だ。
まあ、やけに早く来た老後の隠居生活状態という感じ。
私がティースタンドからサンドイッチを一つ摘まむと、高らかに花火が打ち上がった。
今日はこの国の王太子殿下の結婚の儀。
私はこの結婚式に参列した後、第二王子殿下と共に海洋王国フィラルに遊学することになっている。今日から三日三晩、国中でお祝いだ。
聡明で美しい彼女にお似合いな王太子妃という立場。
彼女なら、この王宮で高らかに咲き誇るに違いない。
私はルーファスにエスコートされて立ち上がる。
彼と目が合って微笑んだ。
なんだか素敵な一日になりそうね?
私は今日こそ、この硝子の靴を履いて王子様と踊るのだ。
彼にエスコートされながら、薔薇の咲き誇る庭を越えて、会場に向かった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
百五十八話になりますが、この話でエピローグも含め、一部了となります。
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