【百五十二話】閑話3 フィラル国第一王女。
海洋王国フィラルの第一王女の視点です。
私を見ると、みんな一様に驚くのよ?
フェラル国王女が亜麻色の髪? だなんて。
何故なら、この国の長い歴史上、亜麻色の髪の王族は一人もいない。一人もだ。
驚きというよりは、寧ろ異常だ。それくらいに連綿と。それくらいに慎重に。
我が国は血を繋いで来たのだから。それが出来なければ王族ではない。それが出来てこそ王族。
故に亜麻色の髪の王族を見ると、全ての人が目を見開いてギョッとする。
私はその度にこれ以上無いほどに極上の笑みを浮かべるのだが、心の中では寂寥感が溢れ出す。
ごめんなさい。
ごめんなさいと。
土下座をして謝りたい。
今すぐに、地面に手をついて謝りたい。
額を地面に打ち付けて。
ただひたすらに。
心の底から。
私は全ての人に謝りたかった。亜麻色の髪に生まれてしまって。申し訳が立ちませんと。
国を支えてくれた国民に。謝りたい。不安にさせてごめんなさい。
フィラル王国は水の都。生活と共に水がある。
街には水路が張り巡らされて。物を運ぶのも人を運ぶのもゴンドラの仕事だ。
この美しい街は。けれど、大変に水害に弱い。
雨が降れば水嵩は簡単に上がり。水は都市を侵蝕する。
だから王が、水の精霊に話し掛け、少しだけ助けて貰うのだ。
王は国民とその財産を守る責務を持っている。
この国を支えている、国が国として有るための礎なのだ。
けれどーー
私はその責務を一片も果たせない。
亜麻色の髪とは、四大精霊である水の精霊の力を宿らせる事が出来ない色なのだ。
亜麻色だから悪いとか。そういう事じゃない。精霊の性質が相反する。
実際、四大精霊のノームの加護を受ける国では、王族は皆黒髪黒色の瞳になる。
豊穣の土の色を表す。聖なる黒色。地の精霊ノームが愛する色なのだ。
加護を受けている国は、全員が全員そのようなルールを設けている。
王太子であった父が、亜麻色の髪の母と結婚することが決まったとき、どれだけ国民は不安に思っただろう。
王がウンディーネに背くのか? そんな事があって良いわけがない。
王族はウンディーネが愛する子でなくてはならないのだ。
国が有って精霊の加護が有るわけじゃない。精霊がいて、国が有るのだ。
そもそもが建国の順番が違う。王が精霊を裏切った。
まことしやかに囁かれたその言葉。それは少しずつ形を変えて国に忍び寄った。
ウンディーネの愛する子が生まれなくなった。子は全て姫で、その全てが亜麻色で。
水に愛されていない王族が誕生したのだ。水に愛されていないとは、決して信仰の世界の話ではない。そんな事ならどんなに良かったか。
水は全てに張り巡らされている。動物にも。植物にも。人にも。
王妃である母は、亜麻色の髪の三女を産んだ後、水に呑まれて死んでしまった。
水が牙を剥いたのだ。ウンディーネは裏切りを許さない。
精霊は優しいだけの存在ではない。
嫌いな者には牙を剥く。長雨が続いたり。海が荒れたり。
フィラル国を静かに狂わす。
私は……。
ダンスパーティーで踊ったアッシュベリー王国第二王子を思い出す。
我が叔母君がお産みになられた第二王子。ウンディーネの力を宿し精霊の御子。
あの、眩しいくらい艶やかなプラチナブロンドをしていた王子。
お目にかかって直ぐに分かった。ウンディーネに愛されている。
この方こそ我が国の血そのもの。何としても我が国にお越し頂く。何としてもだ。
私の王族としての生命を賭けて。彼を我が国に繋ぎ止める。
彼を我が夫に出来れば一番手っ取り早いが、絶対にそれは有ってはならない。
私の血を混ぜてはいけないのだ。
出来れば陛下の養子にするのが一番。
軌道修正に一代使い、次の世代は彼の御子を王太子にする。
反対派は沢山出るだろうし、貴族を押さえるのはままならないだろう。
ーーけれど
私はやる。私の全てを注ぎ込んで……。王族を有るべき形に戻すのだ。
ごめんなさい。
水路を見て思うこと。美しい湖を見て思うこと。この美しい国を見て思う。
守ってきてくれたのは水の精霊なのだと。
私が大好きなこの国をずっとずっと守ってくれていた。
ごめんなさい。ウンディーネ。
あなたを悲しませてしまってーー
わたしの人生の全てを。あなたと、あなたの愛しい子に。
全身全霊を賭けて捧げるわ。
だからーー
ごめんなさい。
ごめんなさい。
どうか……許して………。
誤字脱字報告ありがとうございます!
助かります。