【百五十一話】閑話2 リコリスの毒姫。
第三公爵令嬢ティアナ・オールディスの視点になります。
毒に魅せられたのはいつの頃だろう?
毒が手元にあると安心した。多分それはーー
年上の人に対抗する、私を害そうとする人に抵抗する、私の武器だったのだと思う。
だから私はーー
毒が大好きだった。私を守ってくれる、有毒物質達。
毒というものは、古来製造方法を秘匿とされて来た。当たり前といえば当たり前の話。
それは大変危ないものだったから。
人間は獲物を捕る為に毒の有用性を認識した。矢尻に付けて。槍に付けて。
動物たちを狩ったのだ。安全に狩る為に。確実に狩る為に。
その毒の調合は村長が管理し。部族長が管理した。
知っている事そのものが力なのだ。村長はその息子に。族長も息子に。
代々代々口伝えで継承された。文字が使用されてからも、それは口で伝えられたのだ。
慎重に。用心深く。
私の家は大変身分の高い家だったから。そして大変由緒正しい家だったから。
過去に何度も何度も毒物を利用して、守り抜いた権威ある家だから。
毒の調合は伝わっていた。王家ではなくとも、身分がある家はそれなりに利用している。
いつ何時でも、邪魔な人間はいるものだ。
家を継げない次男とか。家を継げない三男とか。家を継げない四男とか。
彼らは生まれながらに持ち合わせている権力を、失うことにとても神経質になる。
怖い。怖い。身分が無くなるのが怖い。
怖い。怖い。お金が無くなるのが怖い。
持って生まれたものを。成長と同時に失うなんて。成人したら無くなるなんて。
そもそもが。何もせずに、全ての恩恵を受けてきた人種だ。
働かずに金を手にし。働かずに食を手にし。働かずに衣服を手にして来た。
そんな人間が……。どうやって自立しろというのだろう。
働くことに慣れていない人間は。働くことに消極的なのだ。
私の家は、恐ろしい数の兄弟がいたから。物凄い量の食扶持となって家計を圧迫していた。
別に十人いようが、二十人いようが、貴族に取っては大差ないように思うが……。
貴族の子女とは大変お金が掛かるものなのだ。衣服に、食費に、学費に。
第三公爵家と言えば、貴族の序列三位だ。相当に高い。自領から当然莫大な税金が上がる。
はず、なのだけどーー
そんなものは裁量次第なのではないだろうか?
自領が飢饉になったら。自領の特産物が取れなかったら。家畜に疫病が流行ったら。
危機なんて何度でも来るものだ。そして危機には大変なお金が掛かる。
対処に金が掛かり。そして収入が減る。
家畜を買わねば、来期から肉や乳製品が取れない。飢饉に他領から食物を買わねば、領民が死ぬ。
領民が死んでは税金が減る。教会への寄付は額が桁外れになる。
大人が死ねば、子供が孤児になる。孤児を育てなければ、次世代の税金が上がらない。
領地を治める能力とは、とても器量の必要なものなのだろう。
負の循環は加速度的に膨らんで行く。
けどーー
誇りだけは高いから。助けてなんて言えないのよ? お金がないなんて言えないのよ?
だって矜恃が許さないから。プライドって怖いわよね? ある意味そこから崩れていく。
私の家は、兄弟が沢山いたから。
だからーー
とっても子供の価値が低かった。一人が死んでも、何も思わない。誰も心を砕かない。
毒がなければーー私はきっと、この歳まで生き残れなかった。
毒が私を守ってくれた。
だからねーー
私は大好きなこの毒で。今度は私の大好きな人を守ってあげるのよ?
きっと毒が、彼を守ってくれる。
私はーー誰よりも何よりも、毒を信頼しているのだ。
最大の剣であり盾であり自立道具。毒がきっと、私と彼を繋げてくれる。
いつだって毒はーー私を裏切らない。今までも。これからも。