【百四十二話】知っているあなたと、知らない私。
『この度の、カールトン公爵家の不祥事に対する後始末』
私がオリヴィアお姉様にお願いしようとしている事と言うのは、言葉に出すとそう言う事になるのだろうか……?
私はその言葉が持つある種の残酷性に今気が付いた。
どういうこと事?
つまり四人で晩餐会をしよう?
オリヴィアお姉様、その人物の歯止め役になって下さいな。
とはつまり、大元の元凶を押さえ込んでくれ。
あなたは、彼にとってアキレス腱だからと。
しかしながら、アキレス腱と言うのは言わずもがな色恋でのアキレス腱を意味する。
惚れた腫れたではないけれど、彼は惚れているあなたの言うことならば、耳を傾けるだろうから、手綱を取ってくれと。
より具体的に言うと、そういう事だ。
手綱を取れという事は、受け入れろという事だろうか?
だろうか? ではない。
そういう事だ。
カールトン公爵家が起こした不始末を、拭ってくれと。
その身で持って人身御供になってくれということだ。
ちょっと待て。
私は、このカールトン公爵家の長女を生け贄にして丸く収めるつもりだったのだろうか?
額に冷や汗が噴き出る。
私は慌てて口を開いた。
「お姉様、私、少し考えが足りていなかったかも知れません。ちょっと待って下さい。整理しますので……」
シドロモドロになりながら、私はなんとかそれだけ言う。
私が甘い考えでいた事は否めない。
お灸を据えてくれ的な軽い意味だったのだ。
けれど。
お灸を据えるには、それ相応の見返りというものが必要になってくる。
もちろん見返りとは、自分にではなく相手にだ。
その灸を受けたら何がある?
得られるものは?
と相手は思うはずだし、それが条件であろう。
「お姉様、申し訳ありません。今まで姉妹で色恋のお話をした事がなかったのですが……。お姉様は思いを寄せる方がいらっしゃいましたか?」
ストレートもよいとこだが、思わず聞いた。
正気、姉のそんな素振りは見たことがないのだか。
けれどーー
十八という年齢に達した子女だ。
それなりに淡い憧れが有ってもおかしくない。
オリヴィアお姉様は妹のその浅慮な問いに、綺麗に微笑まれた。
魔王の微笑じゃない、もう少し可愛らしい微笑みだ。
「……ミシェール。カールトン家でお預かりしている第三王子様は刺されて意識不明。次女は落馬して生死を彷徨い、三女は地下牢に幽閉。これが異常事態だと分かるかしら?」
もちろん、それが異常事態だとは理解しているつもりだ。
ーーでも
私は当事者なので、オリヴィアお姉様ほど冷静な視点では見ることが出来ていないかも知れない?
「あなたは臣籍降下というものが、何故こんなに定期的に行われて来たか知っていて?」
「……王族の方が、身分と地位を安定させる為でしょうか?」
「そうね。臣籍降下すれば、身分は貴族に落とす事になるけれど、領地とそこから上がる金銭を手にする事が出来る。それは盤石なものよ」
「……そうですね」
「けれど、本来公爵家が独立して持っているその領地を事実上、王子が継ぐ事になる。領地に王家の手が届くようになるわね」
「………」
「力がある貴族であればあるほど、その領地は王家に取っても重要な場所なの」
「………」
「公爵家、侯爵家は力を付けすぎないよう、定期的に王子が爵位を継ぐ。間接的に王家のものにするのよ? アッシュベリー王国の盤石性とは考え抜かれたものなの」
………。
アッシュベリー王国の王族は臣籍降下する際は、必ず大貴族と婚姻を結ぶ。
決して王家直轄地を分けたり、新たな土地を継がせる事はない。
仕来りのような決まりだ。
特に側妃の王子はそのような流れになる。
「カールトン家は爵位返上にはならずに、予定通り第三王子様が継ぐことになるでしょう。しかし父は責任を取って蟄居。キースが成人するまでは王家が後見人になるでしょうね?」
「………」
「事実上、カールトン家とその血脈はなくなるわ」
「………」
「……寂しいわね? ミシェール」
姉が羽扇をゆっくりと仰ぐ。
風が僅かに揺れる。
寂しいですわね?
お姉様。
私もそう思います。
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