【百三十七話】心を暖める陽だまり。
この話はシンデレラの視点になります。
シンデレラの視点も挟みつつ、進めて行きます。
窓辺で母が笑う。
「恋って素敵なのよ」
そう言って、母は陽だまりの中で笑ったのだ。
◇◇◇
母はとても良い所のお嬢様だったのだと思う。
屋敷には使用人が沢山いたし、家具や道具も豪奢なもので揃っていた。
けれどーー
この家には父親の姿がなかった。
私が子供の頃から、ずっとずっと。
一度も会った事のないお父様。
お亡くなりになっているのかしら?
でも不思議と寂しいと思ったことはない。
きっと母が話してくれる恋物語がとても素敵だったので、父も素敵な人なのだろうと思い込んでいたのだと思う。
それに、母は外でお父様に会っていたのだと思う。
いつもお洒落をしたお母様が、嬉々として出掛けて行ったのを憶えている。
その後は決まってお父様とお母様の恋物語を聞かされるのだ。
社交会で初めて会ったお父様の格好良さ。
二人で踊ったダンスパーティ。
まるで王子様とお姫様の物語のようで。
私も飽きもせず何度も聞いたものだ。
「恋をするとね、その人の事で胸がいっぱいになるのよ? 体中に幸せが広がって行くのよ。シンデレラ、あなたもきっと素敵な恋をしてね。あなたの王子様を探すのよ」
幼心に『恋』は素敵なものなのだなと思った。
そんな恋に浮かれたような母が、全身を真っ赤に染めて死んだのは私が七つの時。
彼女は足と言わず手と言わず、全身にナイフを突き立てて、自分の体を刺しまくっていた。
その度にズブリという鈍い音と、弾けるような鮮血。
「彼は帰って来ない。彼は私を決して見ない。私に決して触らない。私の相手をしてくれるのはあの金で買っている男だけよ」
「………」
「ああ、可哀想なシンデレラ。お前の中に流れる血はあの人のものじゃない。見世物小屋の俳優の血だ。そっくりだよ、あの男に。髪の色も目の色も」
私は母が何を言っているのか分からなかった。
そのうち、手足には飽きたのか腹を刺しだした。
その辺りから母の意識は朦朧とし出していて、ただただ泣いていた。
「好きだった。大好きだった。愛してた」
そう言って、水平に持ったナイフを何度も胸に挿していた。
そのナイフは弾かれる事も合ったし、ズブズブと体内に吸い込まれる事も合った。
「可哀想な私の娘。お前はきっと素敵な恋をするのよ、きっと私の分まで素敵な恋をしてね」
母は全身血みどろのまま、私を強く抱き締めると絶命した。
壮絶な最期だったと、娘の私ですら思う。
母の血が………。
私自身を何度も何度も上書きする。
私を産み落とした母は、絶命し。
血の繋がらない父が私を引き取ったのは、それから直ぐの事だった。
私が血の繋がらない娘だということは、父は勿論知っていたし、義母も知っていた。
その時、既に十一歳になっていた長女も知っていたように思う。
彼女は私の事をゴミを見るような目で見ていた。
それがとても印象的だった。
つまり、私の出自は一般的な視点で見るとゴミなのだろう。
母と娘の二人暮らし。
深く関わろうとしない使用人達。
そんな暮らしだったから、自分の客観的な評価なんて知らなかった。
少なくとも、父と義母は私を見ないフリをしていたし、上の姉は私をゴミとしか見ていない。
二番目の姉と。二つ下の弟。
その二人だけが、世界で唯一私に優しくしてくれた。
優しくしてくれたうちの一人が、男の子だったから、私の王子様は彼と決めた。
元より血など繋がっていないのは理解している。
しかも、父と義母が夜中にしていた会話を立ち聞きした。
弟は王家から預かっている第三王子様だと。
いずれ娘の一人と結婚し臣籍降下して、カールトン公爵家を継ぐと。
私の王子様は本物の王子様で、私は彼と結婚しカールトン家を継ぐと、直ぐに結論付けた。
未来が確定したならば、そこに向かって進むだけだ。
それはとてもシンプルに見えた。
弟に感情があるなんて、思ってもみなかった。
弟は私と一緒で、人形みたいな子だったから。
私は私の決めた未来に真っ直ぐに進む為に、先ずは弟の心を変えないといけないと思った。
だってそうでしょ?
王子様はいつだって私に優しいものだから。
母がいつもそう言っていたから。
だからーー
変えないといけないのよ?
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