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【百二十八話】震える足と、その先の一歩。





 文字通り、私は鉄格子を前に震えていた。

 白い指先が、私の手を握る。



 この手をどうすれば良いか?

 賢明な判断が出来なくなっている。



 判断が出来ない時は。

 判断を下さない。



 一応、そういったルールがあるけれど。



 こうして手を繋いで、何分経ったのだろう?

 数分しか経っていないのかも知れないし、何十分も経ったのかも知れない。



 時間の感覚が麻痺してる?

 今日は、色々な事が起きすぎたから。



 さすがにキャパオーバーなのかも知れない。



 だから私はただただ震えていた。

 一歩も踏み出せずに。



 彫刻のように静止してしまった私を、やはりシンデレラも黙って答えを待っていたように思う。



 けれど、それも長くは続かなかった。

 私の肩に温かいマントが掛けられたのだ。



 まだ。

 体温を含んでいるマント。



 持ち主が脱いだばかりで。

 仄かに温かい。



「可愛いミシェール。寒そうだね」



 そう言って後ろから肩を抱いてくれた。



 いや……。

 ここ。

 牢屋です。



 止まりかけていた時が少しだけ動く。



「……シンデレラ、姉のミシェールにいくら命乞いをしても無駄だと思うけど?」


「……どうしてですか? 私は第二王子様がどれほどこの姉を愛しているのか知っているつもりです。あなたは姉の願いを断れない。姉のお願いは何でも聞いてあげたいと思うはず」


「もちろん、可愛いミシェールのお願いは聞いてあげたいと思っているよ? けれどそれはあくまでもミシェールが幸せになるお願いに限定される。彼女のお願いと言えども、彼女を不幸にするお願いは聞き入れない」



 一言一句。

 シンデレラに合わせて、ハッキリと言い切る。


「決断の権限はミシェールではなく、自分で持っている。そして今回の場合は裁判で君を捌く事になる。ミシェールの手は届かない」


「いいえ。いいえ。そんな詭弁には騙されません。お姉様の意志は絶対に届きます。もしも届かなかったのなら、それはミシェールお姉様が私を見捨てたという事です」



自然に離れかけていた手が、再度強く握られた。



「お姉様。助けて! 私を見捨てないで。オリヴィアお姉様は決して助けてくれないでしょう。お父様もお母様も決して助けてはくれません。可能性があるのはミシェールお姉様だけです。お姉様の中にだけ可能性がある」



 意外に鋭いわね……。

 私はこんな時ながら、彼女の分析に賛同した。



 でもお父様まで?

 シンデレラを見捨てる?



「お父様は、あなたの味方でしょう?」


「……いいえ。いいえ。お父様は私の味方ではありません。第三王子様の味方であり、そしてあなたのお母様の味方なのです」


「どうしてそう思うの?」


「……お父様は、私の母を恨んでいたから。お父様と現カールトン公爵夫人は昔から恋人同士だったのです。それを権力で無理矢理引き裂いた。私の母を恨んでいるからです」



 ………そうなの?

 そういう過去だったの?



「私に情を掛けてくれるのは、ミシェールお姉様だけなのです。それは絶対に決まっている事なのです」


「ではシンデレラ。なぜその姉を殺そうとしたか問おう」



 少し強めの口調でルーファスが割って入る。


 いま、ちょっと王子様の口調でしたね?



「………それは……」



 なんと、そこでシンデレラが思い切り鉄格子に自分の頭を打ち付けた。


 ガシャンという大音声が牢屋に響く。


 その瞬間、私の手も彼女の手と離れた。


 衝撃が強すぎて、無理矢理離れた感じだ。



 令嬢が鉄格子に頭を打ち付ける??

 そんな事ってある?



「ミシェールお姉様が大好き。この世界で唯一私に優しくしてくれた。ミシェールお姉様が大好きなのです。お姉様がいたから、世界が色褪せなかった。けどーー。もっと好きな人が出来たのです。お姉様を殺さなければ、その人は手に入りません。だから仕方なくミシェールお姉様を殺そうとしたのです」



 シンデレラの額から血が筋のように流れ出す。



「ミシェールお姉様が好きです。けれど、キースがもっと好きなのです。だから二番目に好きな人は殺すしかなかった。だって一番目に好きな人は、二番目に好きな人しか見ていなかったから」



 ……。

 血が床に。

 ポタリポタリと落ちている。



 鮮血だ。



 あんなに強く打ち付けるから。



「お姉様が好き。第三王子様はもっと好き。だから助けて、助けて、助けて」



 シンデレラはそう言ったかと思うと、血が噴き出る額を掻き毟り出した。



「好きなの。好きなの。好きなの」



 泣き叫ぶように、頭を掻き毟る。

 綺麗な金髪が幾本を抜けて、指に絡み付く。




 私は、呆然と立ち尽くしていた。

 僅かに飛んだ血が、地下の牢屋に、点々と痕を作る。



 血の臭いだ。

 血の臭いが充満する。



 私は貧血を起こし、その場に蹲る。


 けれど、それより早く、ルーファスに抱き上げられた。




 怖い……。

 血が……。




 肉親の血の臭いが………。 





      

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