【百二十二話】午前零時の鐘の音3。
十センチヒールの紅い靴と。
硝子の靴。
どちらが私の靴かと問われれば。
当然紅い靴だ。
硝子の靴は、以前は私の物だったけど、妹のシンデレラにあげた靴。
あげた以上は私の靴とは言わないだろう。
童話の中のシンデレラは、王子様と別れを告げ、急いで帰路に就く。
だってーー
魔法が解けてしまうから。
ドレスはボロボロの普段着に。
馬車はただのカボチャに。
立派な白馬はネズミに。
そして、お供は六匹のトカゲ。
午前零時の鐘が鳴ったならば、夢から覚めてしまうのだ。
「あのね、ルーファス」
「うん」
「赤い靴が私の靴よ?」
「そう」
「その靴のヒールを折ってみて?」
ルーファスは言われた通り、ヒールを折りたたもうとしている。
「……取れた?」
十センチのヒール部分は、なんなく取れてしまう。
笑っちゃうでしょ?
「私ね、このダンスパーティーで何が起こるか分からなかったから、靴に細工をして置いたのよ? このヒールをガツンと折って、颯爽と逃げるつもりだった訳」
「……ふーん」
「でも、現実はこのざまよ」
フフン。
なぜかドヤ顔。
「硝子の靴の方は、シンデレラにあげたものだから、彼女の物よ?」
実際にドレスと合わせて、会場で履いていたし。
私はこの目で確認している。
「……罪人の靴にしては、あまりにも綺麗ですね? どうしてあげたの?」
どうしてって……。
だって、硝子の靴は童話ではシンデレラの靴で……。
どうしてだなんて、考えた事もないわ。
「気に入ってたの?」
「気に入ってたわ」
ええ。
大好きだった。
商人が持って来た時、一目で気に入ったのよ?
「履いてみたら?」
そう言われて、足元に用意されたならば、まあ、履いてみようかしらと思ってしまう。
「ぴったりだね」
ええ。
元々私の靴ですから。
ぴったりですよね?
「ミシェールが履けば?」
「………」
いや……。
履けばとか言われても。
童話の王子様は第二王子様で。
童話の中の少女はーーー
ーーーだれ?
私、履いちゃっていいのかしら?
「良く似合ってるよ?」
「………そりゃどうも……」
これ、童話じゃ最大のクライマックスシーンかしら?
ちょっと、盛り上がりに欠けてるけど、大丈夫?
「ねえ、ミシェール」
「……なに?」
「……僕の伯父が言ってたじゃない?」
伯父って……。
ここで国王の名を伏せる意味ってあるのかなー。
マジでないわ。
「ミシェールと僕の間に子供を作れって」
言ってたわね?
私はドン引きだったけど。
「楽しみだね?」
「………別に」
楽しみではなくない?
むしろどうしようみたいな?
「男の子と、女の子。二人欲しいな」
えー…。
「精霊の申し子である男の子と。君と良く似た気の強そうなストロベリーブロンドの女の子」
おいっ。
どんどん話が進んでないかい?
「ルーファスも、私との間に精霊の申し子が生まれると思っているの?」
「生まれるね。確実に」
「どうして分かるの?」
「それはね。分かるから分かるんだよ。ウンディーネの囁き声が聞こえるから」
「囁き声?」
「そう。こんな感じ」
ルーファスは私の肩を引き寄せて、耳元に口を寄せる。
囁かれた言葉に、私は顔が熱くなる。
精霊って…ーー。
意外に大胆なのね。
ルーファスの血の奥の奥で。
『このストロベリーブロンドの女の子の処女が美味しそう。美味に違いない。ちょっと我が子よ。食べておしまいなさい』
って囁いてるんですって。
ホントなの?
怪しくない?
海の精霊は、人間よりもずっとありのままの生き物だから。
欲しいものは欲しいと。
要らない物は要らないと
ハッキリ教えてくれる。
人間の心は複雑で。
自分の欲しいものを見失ってしまうから。
時々精霊が羨ましくもある。
私達とは違う原理原則で存在する者達。
フィル様の耳の奥にはどんな声が響いてたのかしらね?