【百二十一話】午前零時の鐘の音2。
「鐘が響くね」
「………うん」
ルーファスのぽつりと囁いた言葉に頷く。
実際、綺麗な音だと思う。
夜中の十二時。
世界は寝静まっているけれど。
今日の王城は不夜城のように。
闇の中に鐘が響く。
「裸足なの?」
「………うん」
夢中だったから。
一分一秒を争っていたから。
その辺?
に脱ぎ捨ててしまった。
たぶんテラスなんだと思うけど。
とてもじゃないが、取りに行く気なんかしない。
「……ブレットがね。テラスで事後処理をしていたのだけど」
ああ。
それはそうか……。
血とか。
破れたドレスとか。
直ぐに綺麗にしなければならない。
あれから、速やかにブレットが対応したのね?
覚めてみれば、現実なのだけど。
さっきまでは無我夢中で、まるで白昼夢みたいだった。
まあ、夜ですがね?
起きている時に見る夢みたいなって意味合い?
現実感が戻ってみれば、足の裏がシクシク痛い。
何カ所か切れているかも。
ルーファスは少ししゃがむと、私をもう一つのベッドに座らせた。
「治してあげる」
彼がそっと取った足を、私は急いで外した。
「ダメ。治しちゃダメ」
「………足を見られるのが恥ずかしい?」
私はフルフルと首を横に振る。
「………だよね。君の体はもう隅々まで見てるから。今更恥ずかしがらなくて良いんだよ」
私はカッと紅くなる。
「……足首も、ふくらはぎも、太腿も。その上も」
「……………」
「……二の腕も、薄い肩も、窪んだ鎖骨も。その下も」
ルーファスの指が、足に絡む。
「………全部見た。……見ていないところは、どこにもない……」
足の指先にルーファスの指が絡み付く。
「………知ってるでしょ? ミシェール。知らないはず……ないよね……?」
まるで僕らは、そう言う関係だと言うように、彼の指先が私の足を弄ぶ。
「服の下からも見たけれど、治癒魔法執行中は服の上からでも見える」
ーーそうよね。
それはそうなるわよね?
「……知ってるでしょ? 魔術執行中に僕の目を見ていたから……」
……。
そこまで言われて初めて気が付いた。
これはーー
自嘲気味の告白なんだ。
治している身だけど。
患者の秘部を見るみたいで、少し心苦しい部分もあって。
だから、そんな挑発的に言うんだ。
「……ルーファス。私平気よ? あなたに見られて、困るものなんて何もないわ」
そうよ。
それこそ今更よ。
私達は夫婦になるのよ?
恥ずかしくないもの。
恥ずかしいけど。
今日から恥ずかしくなくなるわ。
私はドレスのスカートを大きく捲った。
太腿の部分まで露わになる。
これこそ挑発だ。
私なりのね?
それとも贖罪?
あなたが全神経を集中させて、魔術執行している時に。
私は透視魔法が行われているのか、疑問を持った……。
そして、あなたの瞳に無神経な視線を送った。
あれは好奇心?
それとも興味本位?
どちらにしろ。
褒められたものじゃないわ。
人としてーー
恥ずかしい。
あなたは、あの時私の視線に気が付いていた。
私って、呆れる程鈍感ね……。
「ミシェール?」
「……治さないでって言ったのは、今日はもう、あなたに力を使って欲しくなかったの。無理をしないで欲しかった。ーーそれにね。ちょっとまだ痛いままでいたかったの」
キースがあんな大怪我をして。
私だけ無傷ってーー
感傷的かも知れないけれど。
そんな気分だったのも事実。
「………ミシェール」
「だからーー」
私はその後を一息で言い切る。
「恥ずかしくなんてないわ。ルーファスには血でも肉でも、骨でも全部見られているもの。恥ずかしくなんてない。恥ずかしくなんてないのよ」
恥ずかしくないから。
だから。
治癒魔法執行に後ろめたさなんて感じないで。
あなたの魔法は素敵だった。
私があなたの耳元で、これから千回呟いて上げるわ。
だって、それが事実だもの。
それ以外のものなんて、何もない。
『素敵』が全てだ。
ルーファスはふと笑うと、私のスカートの裾を直してくれた。
「ブレットがさっき持って来たよ? 君の靴はどっち?」
ルーファスの手元には、紅い十センチヒールの靴と。
硝子の靴が握られていた。
真っ赤なドレスに合わせて作られたハイヒールと。
光を反射する硝子の靴。
私の靴はーーー
どっち?