【百十八話】白い天井と、白い壁と、白い床に住まう者。
前世の世界の病院は、白い天井をしていて、壁も白くて、床も白い。
先生の白衣の色も白くて、ナースの服も白かった。
そこは白い世界の、白い住人が住まう場所。
病院はそういう所だったと思う。
この世界では、まだ病院に行ったことはないけれど……。
やっぱり白が基調なのかしら?
私が昔、まだ司書だった頃、ある統計を目にして、数分の間、目が逸らせなくなったことがある。
厚生労働省が発表する数字。
死因。
十五歳から、なんと四十歳まで。
死因のトップが自殺。
ーー自殺。
十五歳から四十歳は長い。
締めて二十五年の歳月を、人は死を切望する事があるという証明……。
この数字が……。
胸に澱のように沈んで行く。
生きる事が、苦しい人は、沢山いるのね……。
そしてもう一つ。
特筆すべき数字。
医師の自殺率。
その数字は一般人の上を行き。
年間百人。
アメリカはなんとその倍。
子供の頃から、基本的に成績優秀な優等生。
難関の医学部受験を突破し、医師国家試験に合格。
将来を約束されたエリート中のエリート。
それが、何故?
何故、苦しいの?
死を選んでしまう?
私は目の前のフィル様をそっと見る。
人を助ける事が前提の人間は。
人を助けられなかった時。
一緒に溺れてしまうのかしら?
きっとそうよね?
自分を責めて。
後悔して。
苦しい気持ちが広がって行き。
命の責任は、個人が背負うには重すぎる。
人の死に目に立ち会うことが、一般人より遙かに多い。
白い世界で感染するものは、病原菌だけじゃないわよね?
悲しみや死も、ゆっくりと感染していく。
そういう場所で生きるのが、白い衣服の住人達。
精神科医の自殺率に至っては、一般人のほぼ五倍という数字が出ている。
恐ろしい高さだ。
やるせないというかーー
切ないというかーー
私はベッドに寝るキースの手をそっと取った。
「フィル様、ルーファス様、命を……繋いでくれて、ありがとうございます」
心を込めてお礼を言った。
額をベッドに着けて。
この世界には。
お辞儀の習慣はないかもだけど。
前世の私は、そうせずにはいられないから。
彼らは決して無傷で治してくれている訳じゃない。
自分の精神に傷を負う程の責任と、取り返しの付かない命と向かい合っている。
なかなか。
どうして。
素晴らしい事だけど。
大変な責務。
例えばーー
もしもキースが助からなかったら。
私は、元の私には未来永劫戻れない。
運命の岐路ってそういうものね?
キースが目を覚ましたら。
彼の体調が戻ったら。
私は海洋王国フィラルに行こう。
フィル様には、返しきれない大きな借りが出来たし。
もちろん。
ルーファスにも大きな借りね…。
額に薄らと汗を滲ませている彼に、心の中でもう一度、お礼を言った。
『可愛い弟を、助けてくれて、ありがとう』