【百十三話】殺菌消毒
ブレットが出て行くと、数分もしないうちにフィル様を伴って帰って来た。
早っ。
示し合わせたような早さね?
その辺にいた?
もしくは予測待ちしていた?
現れたフィル様はお忍びだというのに、堂々としていた。
というか……貴族に変装して、どうどうとダンスパーティーに参加していたんですね?
髪の色が違いますよ?
プラチナブロンドは目立つので、染めたんですね。
フィル様は入室と同時に、何か口の中で小さく暗唱した。
その瞬間、部屋の中がリフレッシュしたような感覚。
何?
何したの?
不可解な顔をして、フィル様を見ていたら、ウィンクしてきた。
えー。
しなくて良いって……。
「部屋を殺菌消毒しただけだ。気にする事はない」
そう言って、彼はルーファスの横に立つ。
本来は正面に立ちたい所なのだろうが、医療用のベッドではなく、普通のシングルベッドの場合、合い向かいに立ったのでは、少し処置しにくいのだろう。
絶対手術用のベッドは必要だわ。
落ち着いたらお祖父様に相談して、作って貰わないと。
貴族あるある。
無駄にベッドがデカい。
フィル様が隣に来ると、ルーファスは手を動かしながら、症状を伝える。
小さな声だったが、部屋自体が静かだし、私は逆隣りにいたので、はっきり聞こえた。
やっぱり、肺と肝臓の二箇所が傷付いていると言っている。
斜めに擦っていると、そう説明していた。
ルーファスの説明を聞いた後、フィル様の瞳の瞳孔が一瞬だけ紅く瞬く。
ああ。
アレでしょ?
今、瞳に透過魔法が掛かった。
タイミングと、瞳の瞬きが、それを証明している。
やっぱり自分の瞳に掛けるのだったのね?
魔法スゴイ!
マジで不可能を可能にする無限の力。
物理法則に抗する力。
私は一頻り、魔術という前世には存在しない力に感嘆した後、ぎくりとなる。
透過ってどこまで透過するのかしら……?
例えばよ?
例えば私のドレスとか、まさか透過してないわよね?
術野がある事はめでたいけど、それに不随する形で、色々な物が透けて見えたりしていないのかな?
……イヤ…。
うーん。
これってどうなんだろう?
多分…。
見えていないと思うのよね。
自分の目に魔術を流した後、対象を指定する作業があるんじゃないかしら?
そうじゃないと、全てが透けて見えてしまう。
それだと、マズいことになるわよね?
ナイフも透ける、自分の手も透ける。
やりにくいったらないわ。
透かす対象も範囲設定しているはず。
でも。
もの凄く集中していて、ふと視線を逸らした時、意図せず設定してしまう……。
そんな事故的なものは存在するかも知れない。
ーーしかし
こればっかりは当然本人しか知らない。
そして本人は決して自供したりはしないだろう。
なので、闇から闇なのだが……。
ルーファスの目が瞬いた時は、視界に入らないよう注意しよう。
そうしよう。
…………。
でもさーー
私、多分、手遅れよね?
うん。
手遅れでしょう………。
なんと言っても、二週間前死にかけたのだ。
そんな、今更、という段階かも知れない。
トホホね。
まあ、きっと見られているわ。
そして、「結婚後は日常です」とか言いそうですよね……。
一応。
フィル様の視界にも入らないようにしよう。
それが賢明な判断だわ。