【百二話】約束を果たす時。
ズブリという、刃物が肉体に刺さる音が、間近で聞こえた気がした。
これは何の音なのだろう?
刃物が表面の皮を貫いた音?
それとも肉に食い込んでいる音?
私は直感と体感で、前者ではないかと思った。
ーーつまり
シンデレラの持っていた果物ナイフは、確かにキースの体に刺さったのだ。
その後に続く、トプンとした音。
きっとこれは血の音だ。
血溜まりの音。
そんな音がするということは、出血が酷いということになるのではないだろうか?
ならば、腹部に刺さっただけではなく、内臓に達した事になる。
私は崩れるキースを後ろから抱き留めた。
案の定、患部から出血している。
ヤバイ。
傷口を押さえなければ。
私は取り敢えず、していた手袋を脱いで押し当てたが、布が足り無さ過ぎて、直ぐに紅く染まってしまった。
なので、無駄に豪奢なドレスの裾を引き千切り、患部を強く圧迫した。
抜くわけにはいかない。
とても深く刺さっているし、再度患部を傷付けてしまうから。
早くルーファスを呼ばなければ。
でも、キースをほっては行けない。
誰かーー
誰かもう一人。
助けを呼ばなくては。
私は、息も苦しくなりそうな緊張の中、テラスを見回すが、呆けたシンデレラが立っているだけだ。
この女。
自分の恋慕う王子様を刺した。
私は、先程まで天女に見えていた女を、穴が空くほど睨み付けていた。
こんな時ですら、気が利かない。
攻撃的な事には、驚く程能動的なのに、今は呆然としているだけだ。
だがしかしーー
私にはそんなに選択の余地がない。
不本意だが彼女を叱咤して、ルーファスを呼んで貰わなければ。
「シ……ーーー」
シンデレラの名前を呼ぼうとして、口を開きかけたその時。
彼女の体が、思い切り横転した。
え?
倒れた?
??
私は状況を飲み込めなくて、唖然とする。
シンデレラの影から目を疑うような人物が現れたのだ。
ティアナ・オールディス??
どうしてここに?
しかも、回し蹴り……。
シンデレラの事、回し蹴りにして、横に蹴り飛ばした………?
回し蹴りというか、低い位置を狙って、体を横転させた?
側頭部から落ちたもの……。
横に倒れたシンデレラをそのまま、再度蹴飛ばし、頭をヒールで踏みつけにする。
ああ。
アレ、知ってるわ。
前世で良く刑事さんとかが、犯人を捕まえる時、やってたわよね。
人間は、頭を踏みつけにされると、起き上がれない訳よ。
「よくも騙してくれたわね?」
そう言って、頭をグリグリとヒールで地面に押し付ける。
「騙す……?」
私が訳も分からず呟いたその言葉に、ティアナが反応する。
彼女は、シンデレラを踏みつけにしたまま、私達に目を向けた。
そこで初めて状況を理解したのか、大声で私の名を呼ぶ。
「ミシェール、何呆けてんのよ? そんな暇あるの? 早くルーファス様を呼んできなさい!」
そのまま素早くシンデレラを縛り上げ、テラスの柵に頑丈に括り付けると、私を強く叱咤した。
「でも、キースが……」
「私が止血処置して見てて上げるから、早く行きなさいッ」
私は、キースをティアナに託すと、転がるように駆け出した。
早くしなければ。
早くしなければ。
そう思いを馳せながらも。
頭の隅で。
なんでティアナ・オールディス??
そう思わずにはいられなかった。
第三公爵家のティアナ・オールディス。
神出鬼没過ぎませんか??
私は頭の中は、大変に混乱していた。