【百話】彼女の素顔。
私は夜空の中、彼女の美しさに見取れていた。
動く度に、スカートがふわりふわりと風に揺れて、それが妖精と見紛う美しさだ。
月明かりで、硝子の靴が、虹色に反射している。
虹は、紫色から赤色までグラデーションになっているのだが、その寒色の方が強く見える。
かつて私が選んだ靴は、かなり良い物だったと思うわ。
足元をとても素敵に彩ってくれる。
長い裾のドレスから、動く度に見えるのが素敵なのよ。
私はうっとりとしていた。
なんだろうね?
この世のものとは思えない美しさ。
妖精っていうか。
天女っていうか。
金糸のような髪が、ウェーブがかっていて、ドレスの肩から腰まで伸びているのだ。
この世界の髪の色というと、前世よりはずっと多種多様なのだが、やはり金色の髪の毛に憧れる子は多いと思う。
そもそもアッシュベリーの王族は、金色が多い。
王様を始め、第一王子様、第三王子様。
七割方は金色かしら?
王妃様と第二王子様はプラチナブロンドですがね。
そのシンデレラの目映いばかりの姿に気を取られていると、彼女の首元に目が留まる。
とても太いストールをしているのだ。
珍しいわね?
年配になると、ドレスにストールを掛けて、少しフォーマルを崩した装いをすることもあるのだが、そういうのはいわゆる社交会慣れした上級者だ。
十代でやる人は少ない。
そもそも、長いストールをする時は、かなり存在感があるため、細身のドレスを着て、長く垂らすのが素敵なのだが、シンデレラが着ているドレスはプリンセスライン。
その名の通り、大きく広がった、お姫様のようなドレスだ。
私が着ているのもプリンセスライン。
学園の卒業生は、主役なので、殆どこのラインのドレスを着ている。
まあ、未婚の女の子が好んで着るタイプだと思う。
なんと言っても、目立つしね。
ダンスにピッタリだし。
だから、つまり……。
プリンセスラインのドレスにストールは、変わった装いなのだ。
公爵家の侍女が、あんな風に着飾らせるとも思えないのよね?
みんなとてもハイセンスだし、流行も理解しているし、ケースバイケースでその場の装いも理解している。
十代の女の子に、在校生だったとしても、プリンセスラインにストールは選ばないだろう。
と言うことは、何か場にそぐわないけれど、ストールをしなければいけない理由が有った事になる。
ストールをしなければいけない理由?
虫にでも刺された?
まあ、有りがちだよね?
ちょっと痕になってしまう虫とか。
そこまで考えて、私は自分のチョーカーを触った。
大粒のエメラルド。
王家の秘宝。
この色はルーファスの瞳の色で。
私の首元を飾ってくれている。
でもーー
今日は、このエメラルドを付けられないかと思っていたのよね?
いえ、エメラルドというより、ネックレス全部が駄目だと思っていた。
先々週まで、ここに大きな傷跡が合ったから。
だから、ハイカラーのドレスに仕立て直せないか悩んでいたのよ?
だってーー
絞殺未遂の痕は、とても醜くて、治らないと思っていたから。
赤黒く沈着して、見た人が驚くような痣だったわ。
そう。
きっとーー
あの痣を見れば、誰だって、首を絞められたと分かるくらいの痣だった。
見るのも恐ろしいあの痣を、ルーファスが綺麗に治してくれた。
でも、当然と言えば当然だけど。
治していなかったら、私は今日、首元を隠していたわよね?
やっぱり、ストールとか、そういうもので……。
ずっとずっと気になっていたのよ?
ティアナ・オールディスの首元は綺麗で美しかった。
痣一つなかったのよ?
そんな事ってあるかしら?
あの日、あの晩、私を絞首しに来た人は、小柄だった。
その上、プロの殺し屋じゃなかったわ。
そう、私は首を絞める手を解こうとして、相手の急所。
つまり喉を、渾身の力で張ったのよ。
あんなに力一杯張ったのだから、只じゃ済まない筈よね?
私はあの日から、人の首元ばかりに目が行った。
誰かに会うと、首元を見ていた。
探していたのだ。
無意識に。
喉に大きな怪我をした人間をーー
「ミシェールお姉様」
シンデレラが私の名を呼ぶ。
普段は鈴を転がすような、綺麗な声なのに。
今は、枯れていた。
そう言えば、キースと話している時も、声が少し嗄れていた。
「キャッ」
シンデレラが凹凸も何もない所で躓いた。
何に躓いたのだろう?
私に向かって倒れかかって来る。
何もない所で転ぶのは、悪役令嬢である私の十八番だっただろうか?
いや、主役であるヒロインの十八番ではなかっただろうか?
そんな事を考えながら、私は彼女の手元に握られた光る物を見ていた。
銀色に輝いている。
アレはーー
細身の果物ナイフーーー
全身が強張り、目を見開いて、シンデレラを見る。
月の明かりが、ナイフを照らし出していた。