子供は赤い夢を見る 後編
保育園の採用試験で女の園長先生は言った。
「私はね、顔を見て、話を少し聞いたら、その人が保育士に向いてるかどうか。なるべきならないべきかわかるの。だから、なるべきでない人間に大事な子供達を任せられないの。さぁあなたのことをちゃんと話して」
俺は答えた。
「僕は、社会人になってから社会の壁にぶつかり、パワハラで病気になりました。社会人は人の心を見てくれない。仕事の事しか見ていないので。それに引きかえ、小さな園児たちはいいなって。素直に正直に、嘘や隠し事は先生に怒られないようにと、つくけど、その程度。そんな素直な可愛い子たちを守りたいって。この資本主義社会で生き抜く厳しい世の中に、今後押しつぶされないように、自分のようにならないように、それを伝えたいって。そしてそうした子供たちの触れ合いの中で、卒園式を迎えたとき。別れの涙を流したいなって。そう思って保育士になることを決めました」
園長先生は返す。
「あなたは何か嘘や隠し事はしてないの?」
俺は自分の過去を話した。隠すつもりもないし、別に話していいと思った。一般的には今話そうとしている内容が自分にとって採用試験で不利でしか内容にも関わらず、
「隠し事ではないですが。僕は警察に逮捕されたいと思っていました。自分の悪事、罪悪感を償うために。一般的にはそれほどのことでもないのに、警察官にこういう悪いことしていますって。自分で暴露し、捕まろうとしていました。そして、ある日僕は警察に捕まりました。病気の妄想の影響で。そのときつくづく感じたことは、世の中は金じゃない、心や人との繋がりが大事なんだって。そう感じました」
その後も自分を隠すことなく、お金をシュレッターにかけてしまったこと。
パソコンを2台燃やしたこと。
小銭を看護師に飛ばしたこと。
さまざまなことを話した。
そんな僕の素直な告白に、園長先生は、
「あなたは、おそらく向いている。保育士に向いている。あなたなら、うちの園児達を任せられるわ」
そう言って、俺は保育士になることになった。
そんな妄想をしながら。
2016年。
9月10日。
鶴居村養成病院。
閉鎖病棟で。
俺はテレビを観ていた。
広島東洋カープvs読売ジャイアンツ。
マジック1で臨んだ優勝をかけた試合だった。
スタメンは、先発は黒田博樹。
40歳。
大ベテラン。
黒田博樹という男はカープの元エースであり、夢を求めFAでメジャーリーグへと旅立っていった。
今回は2008年から〜2014年までメジャーリーグでプレーし、大活躍。
2015年はニューヨークヤンキースの20億という多額のオファーを蹴り、4億のカープ来たのだ。
16億の開き。
この黒田博樹という男は、金ではいっさい動かない。彼を突き動かすのは、夢や心だ。
もう40歳という年齢。
引退も近い。
せめて最後はとこのカープに戻って来てくれたのだ。
そんな男気ある男が。
今日優勝を掴む。
一方スタメンの攻撃陣。
打順4番に名前がある選手。
それが新井貴浩。
新井は元カープの4番打者。
黒田同様カープを去り、2008年〜2014年まで、阪神に在籍。
しかし、メジャーではない同一リーグへの阪神の移籍となったため、カープファンはこれに激怒した。
信じてたのに。
新井は決してセンスのある才能のある選手ではない。
常に全力で泥臭く努力で全てをなんとかしてきた男だ。
愛されながら、カープが大切に育てた選手だった。
そんな男が阪神へ行き、試合ではカープファンからブーイングの嵐。
ふざけるな。
裏切り者。
恩知らずと。
ファンから愛されていた男だからこそ。
そんな新井の他球団への移籍がファンは許せなかった。
愛していた夫が別の女性と浮気した。
そんな心境。
でも、そんな新井ももう39歳。
カープに再び帰ってきて、彼も引退まじかであるはずなのに。
彼は全力プレーで献身的にチームを支えた。
ファンの期待に応え続けた。
俺はそんな新井の活躍を。
今年まのあたりにしたかったが。
それは出来なかった。
カープ優勝というドラマ。
俺の人生というドラマ。
その二つのドラマが織りなす道中で。
俺もカープも戦い続けた。
俺も組織と戦っていた。
カープも懸命に戦っていた。
その戦いの答え、いきつく先が。
いよいよその瞬間が近づいていた。
初回。
1回の裏。
巨人の坂本隼人が。
いきなりの先制の2ランホームラン。
カープは2点のリードを許す。
しかし。
このホームランを見た瞬間。
勝ったな。
エヴァンゲリオンの冬月のようにそう思った。
根拠はない。
なんとなくだ。
俺の闘志に。
カープナインの闘志にもきっと火がついただろう。
そんな中。
俺の保育士の妄想がまた入ってくる。
保育士として、その保育所で働くことが決まり。
その職場に。
もう一人の新人の女の子がいた。
そのこは、可愛らしい綺麗な女の子で。
きっと、いままで何人かの彼氏と付き合ってきたんだろうなって。
そう思っていたが。
話してみると、今まで付き合った人はいないと、答えていた。
処女だと話す。
今まで近づいてきた男の子は、一時の快楽のために、体目的で近づいてくる人達が多くて。
本気で自分を愛してくれた人がいなかったと。
そう語っている。
彼女がそんなことを打ち明けてくれたから。
それから、俺も自分が童貞であること。
なぜ童貞であるか。
トリカブトのオーラについて。
お金をシュレッターかけたこと。
警察に捕まったこと。
自分がカープファンであること。
そんな話を彼女にすると。
彼女も、お金がきらいであり。
でも、小銭が好きで。
カープのような市民球団、人に愛されお金に依存しないチームが好きで。
絵を描くのが好きで。
さまざまな共通点があり、気が合った。
きっと、だからこの子は、保育士になろうって思ったんだろうなって。
そう思った。
彼女が聞いてくる。
『今度の子供たちへの自己紹介。何するの?』
おれが答えた。
『紙芝居をやろうと思う』
『ふーん、頑張ってね。子供たちのハートをつかむため、最初が大事よ!』
『うん! ありがとう!』
そんな妄想をしていると。
カープが3回表。
1点を返す。
その後も、鈴木誠也、松山竜平の連続ホームランであっさり逆転。
鈴木誠也は二打席連続ホームラン。
カープはリードを広げる。
6対4でカープリードのまま。
そして、終盤へ。
俺の妄想は続いた。
保育士として。
今から保育士として、子供たちに、自己紹介の紙芝居を読むんだ。
最初が肝心だ。
最初が。
俺は、青いラジカセを持って、それいけカープの曲を流しながら、園児たちの前に現われた。
園児たちに挨拶する。
みんなーこんにちわー!
こんにちわー!
元気がいいねー!
先生は、ワトソン先生っていいます!
よんでごらん!
せーの!
ワトソン先生!
元気がいいね!
今日は、ワトソン先生が紙芝居をしまーす!
やったー!
はい! 紙芝居、赤いチームと青いチームの話。
むかしむかしあるところに、野球チームの赤いチームと青いチームがいました。
赤いチームはとてもお金がなく、いい選手がいませんでした。
そんな赤いチームを青いチームが弱い者いじめをするかのように、何度も何度も赤いチームをやっつけました。
赤いチームはなかなか青いチームに勝てません。
赤いチームは考えました。
どうすれば青いチームに勝てるのか。
赤いチームはお金がないので、選手をとにかく育てることにしました。
選手を育てて強いチームを作ろうって。
選手はとっても成長し、強くなりました。
しかし。
それでも青いチームに勝てません。
青いチームはさらに、赤いチームのお金がないことをいいことに、お金をいっぱいだして、赤いチームの選手を引き抜きました。
赤いチームの一人が、青いチームの人になりました。
それでも、赤いチームは頑張りました。
青いチームに勝つために。
赤いチームは一生懸命選手を育てて成長し、ついに青いチームを倒し、25年ぶりに優勝しました。
でも、青いチームはそのあと、ずっとずっとこれから何年も、赤いチームに勝てないのでした。
これからずっと。
さぁみんな、どっち応援する?
赤いチーム?
青いチーム?
園児たちは元気に答える。
赤いチーム応援する!
だって赤いチーム頑張ったんだから。
青いチーム応援する!
青いチームこれからずっと、赤いチームに勝てないんだよ。
そんな健気に答える園児たちをみて。
俺は思った。
この問題提起に。
自分らの感想をもってくれただけで。
それだけでいいって。
ワトソン先生はどっちなの?
うーん先生は、どっちかな。
でも。
先生としては。
一度応援するって決めたチームを応援してほしいな。
そんなことを言った。
そうだ。
その通りだ。
俺は思った。
そして気づいた。
カープが優勝する今この時。
以前はこんな強いカープはカープじゃないって。
これから弱くなりそうな中日ファンになろうかなって。
カープを裏切ろうかなって。
でも。
新井は帰ってきた。
カープを裏切った新井は帰ってきた。
黒田も帰ってきた。
夢をかなえて、そして、次の最後の夢のために。
もう夢が叶う瞬間がすぐそこまで来ていた。
あとワンアウト。
あとワンアウトで、カープが25年ぶりの優勝を手にする。
守護神の中崎が、セットポジションに入る。
ボールを投じる。
亀井が打つ。
ショートへのゴロ。
ショート田中。
ボールを捌き、一塁へ送球。
ファースト新井がボールを捕り、ゲームセット。
カープ優勝。
四半世紀にわたる夢。
カープ25年ぶり、7度目の優勝!
アナウンサーが叫んでいた。
ファンも狂喜乱舞。
笑っている者がいた。
泣いてる者もいた。
緒方監督が胴上げで宙に舞う。
そのマウンド上の輪の中で。
新井と黒田が。
カープを裏切り、しかし、また戻って来て、全力プレーで答えてくれた新井と。
カープのために、ヤンキースの20億のオファーを蹴り戻ってきた黒田が。
その二人が。
輪の中で、抱き合い泣いていた。
感動の抱擁だった。
それを見て。
俺の瞳からも。
すっと涙がこぼれた。
17年かかった。
ここまでくるまで。
カープは大きく遠回りしてしまった。
俺も大きく遠回りしてしまった。
でも。
今。
俺。
俺の心。
情緒。
確かに生きてる。
ようやく止まっていた時が動きだした。
俺の感覚、感性、これが好きこれが嫌いこれが嫌だ。
それら全てが。
この一瞬で全てが、解放されたかのように。
蘇った。
俺はそんなカープの選手たち。
ここまでの自分の人生にいいたい。
お疲れさま。
そして。
これからだよって。