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子供は赤い夢を見る 中編

俺は、お金は嫌いだ。


嫌いだとは言ったが。


実は。


実は小銭は好きである。

オードリーの春日も。


小銭は好きだと俺の妄想脳内で言っている。



だって、バッティングセンターで100円入れたら15球打てるし。


ゲームセンターで100円入れたら、ゲームが出来るし。

なんだか、子供の頃、学生時代に立ち戻れるような気がして。


懐かしい感覚になれる。


小銭は、単一でみたら、たいした額じゃない。


これが、お札とか、大きな大金になると。


当時の俺は、やはりお札を持っているだけで、つんざくようなストレスを感じてしまって。


やはり、シュレッターにかけてしまうかもしれないだろう。


結局1000円をシュレッターにかけてしまって。


俺の脊髄は変わり、お金に対する捉え方は怒りとか憎悪の感情に変わってしまった。


もうした非常識な感情や、さまざまな妄想の中。


俺は、警察に捕まった。


警察に、捕まり、二日後留置所から釈放。


阿寒の鶴居村養成病院の閉鎖病棟で入院することになった。


最初は、強制的に閉鎖病棟の隔離室に入れられた。


そこは、もう第二の留置所だった。


下手すると、留置所より酷い。


トイレットペーパーは、おそらくのみこんで自殺されないようにと、本の数センチの紙きれを渡されるだけで。


人間としての扱いを受けなかった。


モンスター。


化け物。


怪物。


そんな人ではない何か、監視し、管理する場所で。


俺は、一日だけそこに入れられた。


そこでも、さまざまな妄想はあったが。


一日たって、隔離を出て、閉鎖病棟の一般の他の利用者がいる部屋へまわされた。


一方その頃。


俺が17年近く応援していたカープが絶好調で。


優勝へと刻一刻と、その歩を進めていた。


俺は、当時妄想で、その情報を信じていなかった。


嘘だ。


嘘に違いない。


これは、俺が見ている、新聞、テレビ番組、ネットの情報。


全て嘘を流されている。


だって、もう最後に優勝したのが1991年。


俺が1歳のころだ。


そこから四半世紀。


25年。


カープは優勝していない。


そんな夢のような話があるか。


そんな幸せなことはあるか。


俺は、応援していたはずなのに。


こんなのカープじゃないって。


こんな強いカープはカープじゃないって。


そう思った。


弱いから応援していたのか?


弱いから好きになったのか?


黒田が負けた記事を見て、少し嬉しかった。


安心した。


よしいいぞと。


そんな感情は今まであり得なかった。


以前は、勝った時嬉しかった。


負けて、嬉しいなんて思ったことはなかった。


もう中日ファンに以降しようかな。


周りの人たちが、あいつどうなったって。


学生時代の友達が、カープファンだったワトソンどうなったって。


気にしているだろう。


俺は、カープを裏切り、今度は青いチーム中日を応援しようかなって。


俺は、幻の中にいた。


もう正気ではない。


この鶴居村養成病院のベッドで。


ベッドに腰をかけ、無意識に。


本当に無意識に、カープの新井貴浩の応援歌を歌っていた。


赤い心見せ、広島を燃やせ、空を打ち抜く、大アーチ。


それを歌った瞬間。


まるで、天空の城ラピュタのシータが魔法の言葉を唱えたかのように。


あ、ワトソンそれ歌ったら。


友達の声だ。


ゆうき、それ歌ったら。


兄貴の声だ。


俺はふとその時、正気に戻った。


健気に自分が少年のように口ずさんだ曲で、俺は正気に戻った。


自分が捨てかけた思い。


自分が裏切ろうとしていたカープ。


やっぱり俺は、カープが好きだ。


カープが大好きなんだ。


カープが大好きだから。


辛かったです。


新井がFA会見で言ったことばのように。


さまさまなことが辛かった。


その俺の止まった思考、時、時代の流れを動かすかのように。


それに逆立って入院する俺に、比例なのか、反比例なのか。


シンクロするように。


このカープの時代を迎えた。


赤い夢が叶おうとしていた。


捨てかけたカープ。


裏切ろうとしていたカープ。


俺は、ごめんね、裏切ろうとして。


そんな風に、頭のなかで優しく声をかけた。


今。


時代が来ている。


あり得ないくらい今年は雨が多かった。


梅雨の季節も、そうでないときも。


この雨、この水を、味方につけるように。


25年の歳月をかけて、鯉の逆襲は始まったのだ。


雨の水は天からふるが、その水に鯉は天を登る。


天を登るのだ。


天を登って、頂きを掴む。


その頂きに向かって。


カープは絶好調だった。


9月8日を迎えた。


カープは優勝へのマジックナンバー2でその日を迎えた。


今日カープが勝って、巨人が負ければ。


25年ぶりの優勝が決まる。


地元広島マツダスタジアムでの優勝。


今となっては、この日があとあと、あの事件を起こした日なんだと、俺は、その日付を思い出すことが出来る。


朝。


閉鎖病棟で。


毎朝廊下に出て、時間がきたら、看護師さんがラジカセを鳴らしラジオ体操をみんなでする。


それが終わり、俺は、新聞を読む。


カープ3連勝!


マジック2。


今日にも優勝だ。


今日のこのときまで、俺は、散々カープの事を信用せず、応援もあまり出来なかった。


なのに、優勝するという今日のこのときに。


その時だけは、ちゃんとその瞬間を味わおうと。


姉ちゃんの感動の横入りではないが。


俺は、今日はちゃんと試合に注目しようと。


そう思った。


俺は、17年待っていたんだから。


カープは25年かかったんだから。


新聞の情報をみた。


テレビでの放送はなかった。


俺は、心底がっかりした。


どうしよう。


なんで、俺は、捕まって入院してしまったんだって。


家にいれば、衛星放送や、ネット配信、何かの媒体で、それを視聴できると思う。


でも、ここは閉鎖病棟。


テレビは食堂に一つと。


広い休憩スペースに一つ。


合計2つ。


しかも、地上波しか放送されない。


パソコンもあるわけなく。


じゃあ、ラジオはどうだ。


地上波が無理ならラジオ。


俺は、ラジオを見た。


カープ戦。


広島東洋カープVS中日ドラゴンズ戦。


ある。


あるやん。


俺は、喜んだ。


ラジオ。


ラジオで配信される。


その瞬間をもしかしたら、今日。


今日、ラジオでその瞬間を味わうことが出来るかもしれない。


そして。


俺は、夜を待った。


試合がそろそろ始まる。


俺は、親になんらかの形で録画か録音できないか、親に連絡しようと、支給されていた数少ない小銭をもった。


閉鎖病棟の看護師さんたちが仕事する、窓口には、ダイヤル式の古い電話が置いてあり、小銭をいれれば電話が出来るというものだった。

でも、それは最後にしよう。


早急にラジオはないかと。


ラジオを借りようと探し回った。


患者の友貞さんという60歳手前くらいのおじさんが、ラジオを持っていた。


俺は、どうにか貸してくれないかと頼んだ。


しかし、友貞さんには、これは他の人から借りたものだから、又貸しは良くないと断られてしまった。


いいじゃねぇかよ。


ケチ。


少しくらい貸せよな。


そう思った。


それでも俺は諦めなかった。


17年も待ったんだ。


その瞬間を。


このときを。


そう簡単に諦めてたまるか。


優勝が。


カープの優勝はすぐそこなのだから。


俺は看護師さん達が待つ窓口まで行った。


電話用の10円玉を持って。


穴のが空いている窓の窓口から、看護師さんにお願いした。


何とかその朝使っている、ラジオ体操で使うラジカセを貸してくれないか?


と。


しかし、ここでも看護師さんが。


これはラジオ体操で使うラジカセだ。


それ以外では貸すことは出来ない。


そう言ってきて断られる。


頭にきた。


心底許せない気持ちになった。


俺の思い。


17年も応援し続けて、25年かかったこの思いを。


こいつは知らない。


この看護師は知らない。


許せない。


ムカつく。


腹が立つ。


窓口のテーブルに自分の小銭、10円玉が置いてあった。


その10円玉を見つめて俺は思った。


この看護師は所詮金だ。


金のために仕事をし、仕事を順守している。


そこに人のどんな気持ちが、どんな思いが、あるかなんてくみとってくれない。


こんな金が。


こんな醜い汚らしい金が。


人を狂わせ、腐らせる。


その瞬間。


好きだった小銭でさえ。


俺は思いっきり投げつけてやるくらいの気持ちで。


窓口の窓を破壊するくらいの気持ちで。


俺は10円玉をひとさし指で思いっきり弾いて、窓口の穴から看護師めがけて、ぶっ飛ばした。


ふざけんなって。


もうお金はこりごりだって。


そう思った。


俺は怒りがおさまらぬまま、その場を後にした。


もう試合が始まっているくらいの時間帯だった。

休憩室の椅子に座り。


自分の怒りの感情を押し殺しながら。


俺は考えていた。


許せない。


本当に許せない


こんなことがあるか。


社会の常識、ルールが許せなかった。


でも、これは自業自得だ。


俺はそのルールを壊し、ここに来てしまった。


人を咎める資格はない。


ルールに文句を言う資格はない。


でも。


それでもこれはあんまりだ。


俺は何とかその感情を抑えようと看護師のことを考えた。


自分の立場から考えるからダメなんだ。


あの看護師は。


普段どういう家族がいて、どういう苦労があって、それはもう把握することはできない。


それはそれとして、いろんなものがあるのだろう。


そう考えたら。


何とか許してあげるしかないかなって。


何とかそう思うことにした。


すると。


少し時間たった頃。


看護師が今度ラジカセを持って、俺のもとへきた。


しょうがない今日だけ特別貸してあげるよ。


そう言い貸してくれた。


俺の投げた小銭で伝わったのか。


どういう心境でラジカセを貸してくれたのか。


それはわかなかったが、俺は今更なんだよと開き直ることはなく、素直にそれを受け取り借りた。


看護師の気持ちは分からないけど神に感謝した。


俺はラジカセをつけた。


周波数を合わせた。


カープ戦。


カープ戦はどれだ。


カープ戦を探した。


しかし、電波が悪く雑音ノイズで音が全然聞こえない。


どうしよう。


全然聞こえない。


その時だった。


微かに。


本当に微かに。


微かにだったが、あの男の応援歌の曲が聴こえた。


あのシンプルな歌詞の応援歌。


これは。


エルドレッドの曲だ。


エルドレッドエルドレッドホームランエルドレッドエルドレッド無限のパワー。


はっきりと聴こえはしないが、その曲のテンポやリズムは間違いなくエルドレッドの曲であるとわかった。


そこに、俺は周波数を合わせて、カープ戦を視聴した。


ほとんどノイズで聴こえないが。


少しだけ、状況がわかり。


先発は野村。


カープは中日相手にリード。


他球場の途中経過は、巨人は1-0で阪神にリードされているという情報を知り。


もしかしたら、今日やはり優勝するかもしれない。


25年ぶりの優勝が。


そのまま、聴こえづらい試合実況経過をなんとか、耳をすませて聞いていたら。


いよいよカープの勝利の瞬間を迎えた。


そして。


中崎が最後の打者を抑え、ゲームセット。


カープは勝った。


これでマジック1。


今日このあと巨人が1-0のまま敗れるとカープの優勝が決まる。


その時だった。


巨人対阪神戦。


途中経過が入った。


巨人の坂本勇人が逆転3ランホームランを放ったと知り。


試合は終盤8回。


だが、もう薬を飲む時間が近づいてきていた。


消灯の時間。


俺は坂本の逆転ホームランで今日のカープの優勝はないなと、なぜか脳内で確信し。


俺は静かにラジカセを返した。


結局巨人は阪神に逆転で勝ち。


明日は、プロ野球は休み。


明後日は、2016年9月10日。


対巨人戦。


これだ。


ここで決まる。


この直接対決で。


勝てば優勝、負けたら持ち越し。


引き分けは滅多にないが優勝。


もしかしたら、相手は巨人だし、直接対決だからテレビ地上波でやってくれるかもしれない。


俺は、その日を思いながら、心を高揚させ床についた。


そして。


9月10日を迎えた。


続く

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