子供は赤い夢を見る 前編
それは、僕が生まれた頃。
お父さんとお母さんは、話し合いをしていました。
余裕たっぷりに。
この子をどう育てる?
この子ゆうきをどう育てる?
まるで、その何か育て方マニュアルがあるような感じで。
この子には、優しい子に育ってほしいな。
正義感の強い、強きを挫き、弱気を助ける、そんな子になってほしいな。
保育士にでもしようかな?
いいねぇ。
まぁそれだと、これからの育て方は……
この子は、勉強はあまりしないでしょ。
全然それでもいい。
社会に出ても、最初はおそらく通用しないでしょ。
うんうん。
たぶん、人に騙されたりして、借金まみれになるでしょ。
うんうん。
お金もシュレッターにかけるでしょ。パソコンも燃やすし。
うんうん。
そんな二人の会話は、やはりほとんどあたっていた。
まるで未来を見透かしているように。
ここで、そういう未来を予測し、自分らがそうなるように教育しようって。
とにかく、人を大事に、人に助けられ、人を助ける、人に愛され愛する子になって欲しい。
じゃあ、保育士にしよう!
いいね保育士決定!
そうして、俺の未来は、始まった。
これは、妄想か。
現実か。
過去の記憶で、3歳くらいの小さな歳の頃。
俺は、車に乗せられ、バッティングセンターへと向かった。
バッティングセンターの駐車場に車を止め、打っている人を見てみなと、お母さんに言われ、車の窓からその人を見た。
それは、赤いユニフォームを着た、背番号9の男。
背中にはおそらく、OGATAと書いていたと思う。
俺にお母さんがプロ野球選手名鑑を見せ、言ってくる。
あの人はね、広島東洋カープのプロ野球選手なの。
番号は何番かな?
って俺にそう聞いてくるので。
9番だ。9番。
俺が言うと、選手名鑑を見せて、この人かな?
ってお母さんが指をさす。
緒方孝市。
顔を見て、あ、この人だ。
すごーい。
俺が言う。
もっと見てごらん。
あの人のバッティング。
今となって思えば、あの時のあの人のバッティングは大したことはなかったと思う。
でも、子供の俺は、その時のバッティングを、凄い!
って思って偉く感動した。
ちょっとでも前に打球が飛んだだけで。
俺は凄いと思った。
あの人のことよく覚えておくんだよ。
もうこの時点で。
お母さんと。
お父さんは。
未来を予見していた。
その人は本物の緒方孝市ではない。
その男がどうして、カープのユニフォームを着て、バッティングセンターにいるのか。
そして、俺も20年以上後に、そのユニフォームを着て、その男のように、このバッティングセンターで打っているということ。
今の俺のように、それを見ている小さな少年がいること。
歴史は繰り返される。
必ず繰り返される。
受け継がれる。
その男はもしかして、病気になって、今さまようものとして行動しているのではないか。
このあと、こいつは歩いて家まで帰ったんじゃないかって。
警察官に自分の住所を言ったり。
橋の下で、サスケのように川を横断したり。
そんな繰り返しが行われているんじゃないかって。
今になって思う。
あの赤い男は、20数年後の自分だ。
そして、そんな子供の記憶ももうほとんど消え。
26歳となった夏。
俺は、あの時の赤いユニフォームを着ていた、男のようにバッティングセンターにいた。
俺も、赤いユニフォームを着ていて。
ユニフォームの背番号はやはり9
後ろの名前はOGATAと書いてある。
あの頃1990年代前半はまだ緒方は現役選手だった。
今は緒方は監督をやっている。
そんな緒方が率いるカープは。
優勝に向かって突き進んでいた。
今年はいける。
カープの風がふいている。
北海道と、あまり縁のないカープのユニフォーム。
今なら恥じることなく、このユニフォームを着て、町中を歩ける。
俺は、そのユニフォームを着たまま、バッターボックスに立った。
それをじっと見ている少年とそのお母さんがいた。
少年の年の頃は小学生くらいだろうか。
そのお母さんは綺麗な人妻の女性。
俺は、バッティングを始めた。
本当に鋭い打球が飛ぶ。
快心!快打!快音!
普段の俺は化粧をするとホームランバッターとなり、打球に角度がつく。
理由は分からない。
そのときの自分は有りもしない力をあると信じ込んでいるからだ。
プロ野球選手もそう。
自分に自信を持つ以上に、もう過信するくらいの気持ちを持ち、ゲームに臨み、練習の普段以上のパフォーマンスを出す。
俺も化粧をすると、大きくパフォーマンスをあげていた。
しかしこの日は、化粧はしていない。
言うなれば素の自分。
真実の自分。
学生モードといったところだろうか。
打球は角度はつかないが、アベレージヒッターのようにヒット性のあたりを連発。
昔みた、赤いユニフォームのさまようものより、俺はいいバッティングをしていた。
この季節は。
言うなれば、さまようものが取り乱す季節。
6月の頃。
この期間は、プロ野球のOBの方が、そのさまようもののバッティングを盗撮し、見ている。
俺の場合はミスター赤ヘルの山本こうじさんが見ていると思っていた。
プロ野球選手のモノマネばかりしていた。
これは天谷。
これは赤松。
梵、嶋、新井、前田、栗原、緒方。
一つ一つ俺の真似するプロ野球選手を言いあてるミスター赤ヘル。
それにしても、この子はいいバッティングするなぁ。
カープに欲しいなぁ。
なんて事をミスター赤ヘルは言う。
俺は、バッティングを終え、自分の白いバッティング用手袋の破れたカスを拾い、
これは、供養。
というよくわからないことを、ミスター赤ヘルは言う。
そんな俺のバッティングを見ていた少年が。
俺に話しかけてこようとするが。
そこで俺は危険を感じる。
俺は、極力綺麗な女性を避けて生活してきた。
この綺麗なお母さんの息子と仲良くなって。
外堀から関係を作られて。
下から土台を決めて行かれたら。
俺は逃げ場がなくなる。
この綺麗なお母さんの餌食になってしまう。
それでも、その子は話かけてくる。
物凄く子供に対して恐怖を感じたが。
『すごいバッティングでしたね、バッティング教えてください』
それに、俺は、この子と仲良くなってはいけないと思い、無理なことをあえて言う。
『うーん、一緒に二人で山ごもりの修行をしてくれたら、バッティング教えてあげるよ』
そんなことを俺はいう。
これに。
驚くことに、その少年のお母さんは同意してしまう。
『いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えて、バッティング教えてもらいなよ』
お母さんがそう言うと、
『え!?』
と俺が返すが。
『じゃあ、これから山ごもり頑張ってください。この子一日預けます。それでは、さようなら』
と言われ、その子を置いて、綺麗なお母さんは帰って行った。
俺は、そのあと、少年と二人っきりになった。
少年のバッティングを見た。
ゴメス!
って言いながら、当時阪神タイガースのゴメスのモノマネをする。
それに、だんだん俺も乗っかって行って。
プロ野球モノマネ大会が始まり、大盛り上がり。
小さな小学生くらいの子とこうして、友達感覚で遊ぶのはいいなって。
そう思った。
その後俺は、その子を車にのせ、地元の川辺まで一緒に行き、夜まで釣りを楽しんだ。
夜になり。
川辺の木道に、寝袋を引いて、二人で寝る。
夜の川辺。
さまざまな、生物の鳴き声。
それに、俺はさすがに怖くなる。
その子はというと。
お母さんに会えないことを寂しがり始める。
俺は、言う。
いやぁ、怖いなぁ。
そのこは言う。
お母さんに会いたいよ。
無理もない。
まだ小学生だ。
いや、お前がいて良かったよ。
おじさん一人だったら、ちょっと怖くて寝られなかったよ。
こういうときにやくみつるが俺達を驚かしにきてくればそうとう怖いと思うが。
彼はいまだに、万年橋で待っていると思うので。
そうこう、恐怖や寂しさに二人が震えていたら。
いつのまにか、なんとか眠りについていて。
次の日を迎えた。
一応バッティングを教える約束だったから。
バッティングセンターに向かった。
バッティングセンターに到着し。
指導が始まる。
俺は思う。
俺なんかが、この子に教えていいのだろうか。
俺みたいな素人が。
その子はしかり、教えていくとめきめき上達していき。
とても、うまいバッティングをするようになった。
そして、お別れのとき。
お母さんが、迎えにきて。
昨日といい、今日といい、ありがとうございました、もしよろしければ、今度食事ご一緒しませんか?
きたと思った。
俺は、やばいと思った。
ここまで、関わりをもってしまったら、ことわざるおえない。
では、今度行きましょうと。
答えると。
これ、わたしの連絡先です。
連絡先を渡してきた。
俺はそれを受け取って。
その少年に別れを告げた。
その少年はおそらく。
今後社会の壁にぶち当たり。
俺のようになるだろう。
さまようまものに。
歴史は繰り返されるのだから。
きっと、今現役のカープの9番。
少年が数十年後、丸佳浩のユニフォームを着て、ここに来るだろう。
そのあと、遠い家まで歩いて帰ったりして。