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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

晩間の告白

作者: こざかな

ザッ ザク ザザー

ザッ ザク ザザー


夕方になると赤く染まる海。この砂浜は、その海を一番綺麗に眺めることができる。海に沈む大きな太陽を臨むほんのひと時。浜辺には、二種類の音があった。

一つは波の音。いつもよりも大きく響いているように思うのは、僕と彼女の間に、痛いほどの沈黙があるからだろう。まるで、薄氷のような沈黙だ。その上を、僕らは歩いている。いや、本当に歩いているのは柔らかな砂の上なのだが。

二つ目の音は、僕らの足音だ。残暑の暑さで燃えるようだった砂は、今はその熱さを失っている。柔らかい感触をスニーカーごしに感じながら二人で歩く。深く足が埋まり、砂がスニーカーの中に入ってくる。それでも、歩き続けることを僕らは止めようとはしなかった。


ザッ ザッ ザザー

ザッ ザッ ザザー


二人の足音が交わり始める。波の音は、先ほどから変わらない。しかし静寂という薄氷は、唐突に踏み破られた。


「隼人、いなくなっちゃったね」


潮騒に飲まれそうなほど、小さい声だった。


「そうだね。」

「秋には元気になるって言ってたのにね」

「そうだね」

「……秋になったら死んじゃうなんて、言ってなかったのにね」

「……そうだね」


答える僕の声も、簡単に壊れてしまいそうなほど頼りない。僕は、ロボットみたいに同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。


「雪哉はさぁ、ずっと隼人と一緒だったよね」

「うん」


僕と隼人は生まれたときから幼馴染みだった。だからずっと一緒だったし、それを疑問にも思ったことはなかった。


「ほんと、そんなにずっと一緒で飽きないのってくらい」

「うん」

「……だから、私は隼人に告白することもできなかったんだよ」

「うん」


前を行く足が止まった。

僕も、足をそろえた。

僕らの間に、冷え切った沈黙が漂う。言葉に言い表せない感情が渦巻いて、僕らを飲み込もうとする。それに抗う気力が、二人にはなかった。


「知ってたよ。楓が隼人のこと好きなの」


時々、本当にたまに、鋭い視線を楓から向けられた。それは「敵意」あるいは「憎しみ」だった。棘のように心に突き刺さって抜けないそれを、僕は理解してしまった。


「……そっか。知ってたんだ」


そう言う彼女の肩は、震えていた。


「そうだよね。やっぱり雪哉にはバレちゃってたかぁ」


あえて明るく語るその口調は、この空気を変えようとするためなのか。それとも、僕らの関係を壊す事前通告なのか。彼女の場合、後者なのは明らかだ。それなりに一緒にいた彼女の性格を、僕は知っている。


「じゃあさ、何で隼人から離れてくれなかったの。雪哉は私の気持ちを分かってたんだよね? 何で二人きりにするとかしてくれなかったわけ?」


僕に向き直った楓は、顔を上げない。だから視線は合わない。僕と顔を合わせられない程の激情を抱えているだろう彼女のことを思うと、胸が少し痛む。


「別に、頼まれなかったから」

「は。何それ」

「頼まれてもいないのに告白の環境作りなんてやってあげるほど、おせっかいじゃないし」

「わけわかんない」

「わけが分からないのはそっちだよ。何か勘違いしてない? 僕は隼人みたいに誰にでも優しいわけじゃないんだよね」


砂浜に、静寂が広がる。その中で、僕はいつかの日を思い出す。僕と隼人と楓。三人でここを歩いた、最後の日。あの日も、この砂浜は静かだった。隼人の人柄のような、おだやかな静かさ。今は、台風の目の中にいるような、苛烈さを秘めた静けさの中に僕と楓だけがいる。


「別に楓のことが嫌いなわけじゃないよ。ただ、僕は隼人と君が恋人なんていう関係になってほしくなかっただけ」


あいつに、恋人なんてものは必要なかったんだ。


「…なんでよ。私は他の子たちとは違って隼人に一番近い存在になれた。隼人も私のことが好きって言ってたって友達が言ってたんだよ? 私が隼人のこと好きだって気づいてたんなら雪哉だって分かってたんでしょ!?」

「あいつは君のこと、なんとも思ってなかったよ。ただの友達。それ以上でもそれ以下でもない。君のことが好きって言ったのも、友達として好きってだけだ」

「何言ってるのよ」

「君が言ったんじゃないか。僕ならあいつのこと分かるはずだって」


沈黙。


隼人は、誰にでも優しい。だから勘違いする子が多いけど、あいつの本質を理解しているやつは少ない。誰にでも優しいってことは、誰にも興味がないってこと。博愛とはよく言ったものだ。あいつのことを好きになっても、いいことは何にもない。それを彼女も分かってないから、僕が止めてあげた。隼人に深入りして、上がってこられない沼に落ちてほしくなかったから。


「僕は言ったじゃないか。あいつは誰にでも優しいって。あいつほど、誰からも好かれるやつはいないって」

「そんなこと分かってる。私はそんな隼人を好きになったの。だれにでも 優しい隼人が好きなのよ」


はぁ。

思わず、ため息が出た。なんで分かんないかな。そんな男と恋人なんかになったら大変だってこと。


「分からないなら、いいよ。あいつはもういないんだし。こんなこと言い続ける必要はないでしょ」

「……冷たいね。隼人が亡くなる時まで側にいたのに」


隼人とは正反対。なんで、隼人があなたと一緒にいたのか理解できない。


「……そうだね」


彼女が最後に呟いた言葉には、唯一同意できる。


「最後まで勘違いしてたみたいだけど、僕とあいつは別に友達なんかじゃないよ。僕がいるところにあいつが必ずいるんだ。ずっと、四六時中っていう冗談みたいな言葉が本当なくらいに。いつの間にかそうだったし、今更文句つけるのもめんどくさかったから隼人には何も言わなかったけど」

「……そんなの、信じられると思う?」

「いや。みんな信じないだろうさ。僕の方があいつにひっついてると思われてるんだから。誰にでも優しい隼人君は、性格が悪い幼馴染にも優しいんだ……ってね」

「…………」


親しい人が亡くなると良いことしか思い出さなくなるっていうけど、僕はあいつの嫌なことしか出てこなかった。口からは、あいつの嫌だったところが、嫌いだったところばっかがあふれ出して……止まらない。


「……こんなに隼人への悪口が出てくるなんて、僕、あいつのこと本当に嫌いだったんだなぁ」

「…………」

「僕にばっかひっついてて、僕、何で今まで気持ち悪いって思わなかったんだろ」

「……嫌いじゃなかったからじゃないの?」

「こんなに悪口ばかり言ってるのに?」

「だってこんなに隼人のこと悪く言う人、初めて見たもの。みんな隼人のことを良く言うよ。実際良い人だったから。……だけど本当の隼人を知ってるのは、雪哉だけかもね」


彼女は、顔を上げる気配がする。僕は、彼女がどんな顔をしているのか分からない。いつの間にか顔を上げられなくなっていたから。ただ、ひたすら足元の砂粒を見つめることしかできない。ゆらゆらと、ゆらゆらと、視界がぼやけて揺れている。


「……なんか、私もどうでもよくなってきた」

「……何が」

「隼人のことが好きだったこと」

「……早いね」


女の子は立ち直りが早い子が多いって聞くけど、本当にその通りかもしれない。逆に、男は未練を引きずりやすいっていうのも、本当なのかな。どうでもいいとか言っておいて、頭の中はあいつのことでいっぱいだ。


「でも、雪哉が私の告白邪魔したことは許してないから」


しつこい女は嫌われるよ……これは黙っておこう。そこまで僕は親切じゃないから。


「……戻ろうか。そろそろ、隼人の家にみんな集まってる」

「……嫌だな」


なんでわざわざ死んだ人の家に集まるんだろうか。あいつの痕跡が残るところに行きたくなんてないのに。あぁでも、僕の部屋が隼人の部屋みたいなものだったから、家に帰っても同じことか。嫌だな。どんなにあいつの嫌だったところを思い浮かべても、あいつはいつも笑顔だったから、頭の中からあいつの笑顔が消えてくれない。最期の時だってそうだ。隼人は笑っていた。笑って、僕の中に自分の存在がずっと刻まれることを喜んでいた。あぁ。なんであいつは、死んだんだろうか。生きていれば、いつかは逃れられたのかな……。


静かだった砂浜に足音が聞こえる。前に進む楓は、振り返らない。僕は、立ち止まって下を向いている。さっきと逆だ。


「……置いてかないでよ。」


思わずこぼれた言葉は、誰に向けたものか。僕にも分からない。砂浜に響く、風波の音と足音。足音は、迷いのないサクサクとした音。僕が一歩踏み出した足の下では、ジャリっと、なんとも言えない湿った音がした。


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