暗闇のかくれんぼ
頭の内側を黒く塗りつぶされる。思い出したくない光景、忘れることができない記憶
微笑みかけてくれた人の顔が恐怖に歪み息絶え、ほんの数時間前は幸せだった場所が恐怖で埋め尽くされる。
「消えろ」
血の匂いが鼻孔に充満し喉の奥から込み上げる絶望と消化液の混ざった物を抑えることができない。
ノイズのように過去の記憶が!想いが!フラッシュバックする。
「消えろ」
—―憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!憎い!憎い!憎い!!!
「消えろ」
心が黒く汚されていく。
「消えろ」
その目に映る暗闇としか例えることが出来ない『ソレ』はクレアの心を侵していく。
理不尽に突発的に全てを飲み込む正体不明の現象『人喰らいの闇・バグ』は無数の手を伸ばしながらクレアを飲み込もうとしていた。
「消えろ消えろ消えろよッ!!」
鋭く乾いた音がした…間一髪と言えるその瞬間クレアの頬に衝撃が走り我に返ることができた。
アティが小さな両手で精一杯の力を込めて頬を叩いたのだ
「――クレア!!落ち着きなさい!!」
咄嗟にこちらに向かって伸びる影の手を避けて瓦礫の裏に身を隠す。
「バグは心の隙に入り込むのよ。今をしっかり認識しなさい…呼吸を整えて」
いつもの高圧的な調子ではなく優しく諭すようにアティはクレアに語りかける。
「はぁ…はぁ…、ごめん」
「もう…こういう時は、助けていただいてありがとうございました、よ」
「……、またすぐそんなこと言うから。でも少し落ち着いたよ」
アティはいつもクレアが焦って周りが見えなくなるとこんな調子に落ち着かせてくれた。
口には出せずにいたが感謝していたし二人にしかわからない信頼関係があったのだ。
「……がとう」
「ん?何か言った?」
「なんでもない!!」
意地悪そうに笑いながらアティが返してくるので曖昧に誤魔化した。
こんな風にすぐに茶化すところが気に食わないが…なんだかんだ居心地の良さがあった。
少し落ち着いたとはいえ状況は未だ緊迫としていた。
クレアは瓦礫からバグの様子を注意深く観察する。バグは依然そこに歪な存在感を放ち、こちらを探しているよう思えた。カンテラの光に闇の影が揺れている。
暗い感情のゆれに反応して襲いくる闇の塊は案外動きは遅くクレアの身体能力ならばギリギリ躱せないことはないように思えた。
突然現れ何もなかったかの様に消える。
バグを倒す方法はなく消えるのを待つしかないがこの状況ではいつ見つかってもおかしくない。
取れる手段は一つだけだった。この場から逃げること。それがクレアの思いついた最善策だった。
唯一の灯りは先程の衝突で落としてしまい奥の扉付近に転がっていた。
「この暗さじゃ私の目じゃ動きまわるのは危険ね、アティ空間探知はできそう?」
「大丈夫よ、ここは魔力が濃いから昼間みたいに視えるわ」
「オッケー案内お願い、出口までの距離と障害物を」
「距離は大体20mってところかしらね、瓦礫が散らばってるから気を付けるのよ」
そしてクレアたちはこの場から逃げるために、生き残るために行動を開始した。