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喫茶店「天下茶屋」は異世界案内所

作者: 立川梨里杏

「ちゃんと朝飯食ってきたか!?」

はいはい、ちゃんとコーヒー飲んできましたよ。そう言うとちゃんと食え!もっと食え!と言われる。低血圧の俺には少々きついボリュームに朝から耐える。

平川修也、社会人一年目。なんとなく拾ってもらった会社になんとなく入社。それからのルーティーンは梅田にある会社と天下茶屋にあるアパートを行ったり来たり。人生の目標は安定した老後。特に自分のやりたいことが見つからないから夢も希望もない。さとり世代を定義づけたような存在が俺。人付き合いは正直言って疲れる。仕事が終わったら真っ直ぐ家に帰りたいし、休日は家でごろごろ惰眠を貪りたい。

そんな俺についた先輩は語尾に必ずと言っていいほど感嘆符がつく熱血漢。

エリート帰宅部さながら颯爽と洗練された無駄のない動きで帰路に着こうとする俺を先輩は驚異的な俊敏さで捕まえ、飲みや飯に誘う。断ったらあっさりと引き下がるから別にいいんだけど。

朝眠気と闘いながらよたよたと用意をし、人混みに揉まれながら生気を半分吸い取られたような面持ちで出勤。残業なんてしないで済むように仕事をこなし、終わったらダッシュで帰宅。帰ったら廃人のごとくダラダラして眠る。きっと毎日毎日、これからそうなんだろうな。こうやって生きていくんだろうな。俺の人生はこうなんだろうな。

そう思ってしまうと何故だか足が止まった。目の前で電車が行ってしまう。

俺はぼんやりとそれを見送りながら踵を返す。何故だか今は人のいない所に行きたかった。

人気のないところを求めてやってきたのは地下鉄1番ホーム。

……あれ?ここに下り階段なんてあったか?

あまりこちら側には来ないため詳しくはないがここには上り階段しかなかった気がする。

オレンジの灯りにてらされてぼんやりと浮き上がる階段がどこか浮世離れしていて、俺は何故か惹きつけられた。


階段を降りると木でできた扉が現れた。上部には「天下茶屋」という看板がつけられている。人生で一番の好奇心をここで発揮し俺は扉を開いた。




「おや、お客さんかな?いらっしゃい」

男性にしては高い、女性にしては低い、中性的な声がした。声の主は細身の人物。男性にしては低め、女性にしては高めの身長。黒いローブに黒いズボン、長い髪を一つに纏めて後ろに流している。黒髪黒目は日本人の特徴なのだが、どこか浮世離れしていて実に神秘的で中性的な人物だった。

オレンジのランプが店内をほんのりと照らす。大木をそのままぶった切ったようなワイルドな一枚板のカウンターに一つだけ椅子が用意してある。

「とりあえずお座りよ」

促されて座る。…カウンターって苦手なんだよなあ。

「あの、ここって一体…?」

俺がそう問うと、その人は柔らかく笑った。

「看板にもあっただろう?『天下茶屋』だよ。ご注文は?何か飲みたいお茶はあるかい?」

バーのような雰囲気だがお茶しかないのだろうか?そう思うとその人はまるで心を読んだかのように

「ここは茶屋だからね。文字通り、お茶しか扱ってないんだ」

……そんなことってあるんだ。お茶にそんなにこだわりがない俺はおすすめを頼んだ。

「君にはほうじ茶かな」

別に俺は無類のほうじ茶好きという訳ではない。

「君が何だか疲れてるように見えてね」

俺が疲れてる?暇を愛し暇に徹しているような俺が?

「自分だけの世界でばかり生きてるのも案外疲れるものなんだよ」

そんな言葉を聞きながら出されたお茶を啜る。ほうじ茶の香ばしい匂いに意識は溶けていった。




「おい…おい!聞いてるのか!?シューヤ!」

身体を思いっきり揺さぶられて意識が無理矢理覚醒させられる。

「ん……あ?」

目を開けると大柄な男性。誰だこの人。盛り上がった筋肉を惜しげもなく晒している。それ、公然猥褻罪とかで訴えられたりしない?

名前を聞いたら大丈夫かーーーー!!?と脳みそをシェイクされた。死ぬかと思った。

状況を整理するとどうやら夢を見ているらしい。目の前の人は背中に大剣を背負っている。それこそRPGで出てくる剣士のようだ。

どうやら俺はこの人ーガルボさんというらしいーと共にギルドでパーティを結成したところらしい。どうしてこうなったかは知らん。夢だから。

よろしくなあああ!!と抱きついてくるのを必死に回避する。この熱血漢、誰かとは言わないが、似てるなあ。遠い目をした。



俺は魔法使いとしてそこそこ有能らしく、ガルボと二人で様々なクエストをこなした。主にガルボが攻撃し俺はその補助、回復に努めた。少々危険なクエストにも付き合わされた。


「あの……なんでそんなに冒険するんですか?適当に稼いで、生きるのに困らない生活が出来ればそれで良くないですか?」

気になって聞いてみた言葉。俺のこの言葉はまさに冒険者らしからぬものだっただろう。ガルボはきょとんとした後、大笑いした。

「お前はつくづく冒険者らしくねえ奴だな!そんなの、つまんなくねえか?」

つまらない。その言葉に衝撃を受け、微かに苛立ちさえ感じている自分が衝撃だった。

「オレはな、色んな世界を見てみてえんだ。ドラゴンはでっけえ宝を隠してるかもしれねえし、人魚の臍には不老不死の薬が詰まってるかもしれねえ。考えただけでワクワクして、堪んねえだろ!!」

馬鹿じゃないか、そんなの。誰か見たことある人がいるのか?何か証拠があるのか?そう思いながらも俺は何故かガルボが眩しく感じた。



B級クエストの帰り、物凄い地響きに足を止める。姿を現したのは巨大な黒いドラゴン。

いつものように斬撃威力を俺が補助魔法で3倍にし、ガルボが斬りかかる。しかしその攻撃は通らない。

「ガルボ!そいつに物理攻撃は効きません!」

解析魔法で情報を読み取る。

ガルボに攻撃魔法は使えない。

「お前、攻撃魔法は使えるか!?」

「無理です!俺が使えるのはファイヤーボールだけです!!」

ファイヤーボールとは火属性の初級魔法。

「それでいい!思いっきりぶちかませ!!無理じゃねえ!無茶してでもやれ!」

俺はヤケクソで全力のファイヤーボールをぶちかました。


「倒し……た?」

ドラゴンが勢いよく燃え盛る様子を呆然と見ていた。ガルボが笑顔で駆け寄ってくる。


魔力切れを起こした俺は倒れ込んだ。

このほっとする様な充足感は達成感か。

ぼんやりと薄れていく意識に夢が終わるのを感じる。夢がまだ続いて欲しいと思っていることに驚く。

凶暴なチョーダの卵を獲りに行って孵ってしまった雛。極寒の平原の中から取り出した魔石の美しさ。腹を空かせた後にブルスキーの肉を食ったとき、美味くて食事が身体に染み渡る感じが新鮮だった。

嗚呼、俺は楽しかったんだ。


ーーそんなの、つまんなくねえか?


その言葉が刺さったのは、俺がどこかで人生をつまらないもので終わらせたくないと思っていたからなのか。

勝手につまらなくしていたのは俺だったのか。



香ばしい匂いが漂ってくる。段々と意識が覚醒する。

「お帰り。いい夢が見れたかい?」

緩やかに微笑む店主。

ほうじ茶はいつの間にかなくなっている。

「ほうじ茶にはリラックス効果があるんだ。眠気覚ましのコーヒーもいいけど、たまにはほうじ茶もいいだろう?」



朝眠気と闘いながらよたよたと用意をし、人混みに揉まれながら生気を半分吸い取られたような面持ちで出勤。残業なんてしないで済むように仕事をこなし、終わったらダッシュで帰宅。

基本的には変わらない。

変わったことといえば、強いて言うなら眠気覚ましにコーヒーを飲んでいたのがたまにほうじ茶になること。そしてその日は先輩に飯を奢ってもらって少しだけ帰りが遅くなることだ。


読んで頂き、ありがとうございました!

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