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荷物はなるたけ少なくね


 二人はそれぞれ、リュックサック一つを背負って。

二〇一七年八月一八日の昼前、私と小森は成田国際空港にいた。この空港は父親が海外出張にしばしば用いたために送り、迎えと、何度も訪れたことがあった。ので、普段のことであるならば別段構えることもないが、今回は事が事である。それなりに緊張し、私は航空券の入ったクリアファイルを豪快に握りつぶした。

 目的地はまず北京国際空港。空港内で一泊し、最終的に目指すの

はチンギスハン国際空港。つまり、モンゴル国である。

失意の淵から舞い戻って、草原への止まらない渇望は、その矛先を草原の代名詞(?)とも言える場所へと向けた。結局旅の形態に関しては出発までに時間がなかったのでツアーを採ることにした。ただしこれでも足掻きに足掻き、その内容はよく言うツアーとはちょっとばかし特異なものになった。

まず本日一八日、昼少し前に中国国際航空の旅客機に搭乗する私たちは、北京へと向かう。その日は空港内のベンチで一夜を明かし、翌朝の飛行機でウランバートルへ。その後、ツアー会社の方と落ち合い、車で一時間半ほどのナライハという町、その近郊のゲル(遊牧民の伝統的なテント式住居)にむかい、一泊する。翌日から馬で草原をただただ移動し、三日の間テント泊を続ける。そして四日目にはゲルに戻り、一泊してからその翌日、モンゴルを発つ。後は初日と同じように、北京空港内で一泊して日本へと戻る。異なるのは終着駅が羽田空港だということぐらいである。

この旅程は、ツアーを委託した「ツォクト・モンゴル乗馬ツアー」さんが予め用意されているプランの一つで、【星空満喫ツアー】と題されていたものだ。五泊六日、食事、乗馬レクチャー、あらゆる親切サポートの施しや、なんと日本語が堪能なガイドさんがほぼ常に随伴して下さり、そんなのお高いんでしょう?と思ったらツアー代金七百十ドル。日本円にしてだいたい八万五千円。航空機代は往復で十万近くかかってしまうが、それを加えても二十万で草原を、そしてどうやら星空をも満喫できてしまう、らしい。この時気がかりだったのはこの会社がほんの数年前にできた現地のツアー会社であり、レビューやらなにやらがほぼ無く、その信用はホームページに載ったスタッフたちの笑顔だけだったことだ。海外だから何が起こるかわからない…と、初めて東京に行ったいつかの少年の初心を思い出し、車から転がり出るイメージトレーニングを何度もしていたのは搭乗の少し前。小森は隣で眼鏡をはずし、スマートフォンで、自分ではなく眼鏡の動画を撮っていた。

ガチガチの私たちが並んで座っている四十四番ゲートは、中国人がとにかく多い。旅行先からの帰宅の時期としては早いようにも思えたが、何か大きな袋を引きずるようにして持っている人々はおそらくそれにあたる人たちだろう。日本語がほとんど耳に入ってこず、これから異国に行くのだなあと、耳で実感した。眼鏡をかけた細身の若い男性職員が、目の前のカウンターでアナウンスをかける。流暢な英語のそれはしばらく続いたが、不意になんらかのミスを犯したらしく途中乱れがあって、すぐに立て直すとややあって終わった。彼は傍らの同僚に茶化されながら少し照れくさそうにしていた。それを目にしたこちらも、肩の力が抜ける。それから間もなく、日本語のアナウンスがかかった。お決まりの文句の後、ちょっとカウンターに来てくれという内容で数人の中国人名らしき呼びかけがあった。さっぱりわからんなあと、二人の中国語履修中の大学生が言い合っていると、何の前触れもなく私たち二人の名前が読み上げられた。何事かと互いに顔を見合わせ、せっかくのリラックスもどこへやら、ガチガチに緊張してカウンターへ向かう。実は席が取れていませんでしたとか、こちらの都合であなたたちを乗せることはできませんだとか言われるんじゃないか。猛犬を前にしたチワワのように怯え切ったか弱い男子大学生二人がカウンターにたどり着く。

「あ、さっきのお兄さんだ」

「ほんとだ」

すると、先ほどの男性がにこやかにパスポートと航空券の提出を求めてきた。お尻を地面につけられた、体毛を刈り取られる寸前の羊のように思考を止めていた私たちは、素直に黒い手帳のようなものを差し出す。隣で不意に、小森が口元を隠しつつ小さく笑い出した。どこからどう見ても思い出し笑いだった。

「あの、なにかおかしいことありました…?」

怪訝そうな表情を浮かべて、お兄さんも苦笑気味の表情を浮かべる。「なんでもないです、すいません…」と謝りつつ、小森の頭を小突いた。

カウンターの見えないところで判子やボールペンが目まぐるしく駆ける。ややあって、例の男性が「どうぞ」と差し出してきたのは、二枚の航空券。渡したのは一枚だった。

「北京経由のウランバートルでしたら、乗り換え後の航空券をこちらでご用意することができるんです。お待たせいたしました」


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