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王太子の帰還  作者: しのいあきら
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「親に内緒?なぜだ?」


乃威に問われた流風は、しばし考え込む様子を見せた。そして、外の世界が見たいと思って…と力なく言う。

乃威はなぜか意外に思ったが、流風の、先ほどまでの活き活きとした勢いのある様子とはうって変わった曖昧な理由に、怒りとも呆れともいえない気持ちに落ち着く。


「よせよせ、帰れ帰れ」


そのバカにしたような言葉に流風はかっと顔を赤らめた。腹が立ったが、自分の背丈は乃威の胸にも届かず、その剣の腕前からいっても敵いそうにない。グッと唇を噛んで黙り込むしかなかった。


「ここらはな、留々風ののんびり屋が簡単に抜けられるようなところじゃないんだよ。商人たちだって専門の案内人を雇うんだぞ?これまでは運良く無事に来たかもしれないが、子どもがひとりで越えていくなんてムリだ。帰ってママに甘えてな」


辛辣な言葉。でも、図星だ。留々風を離れる決意を固める前から貯めてきた路銀はあるが、案内人を雇うには足りなさすぎた。そして、この険しい道のりを越えていくのに金は意味がない。

流風は自分の甘さにとっくに気付いている。でも、それでも…。


「知ってるよ!そんなこと!」

「ほぅ」

「友だちの兄さんがその仕事をしてて、話はたくさん聞いたんだ。果てしなく深いのに底まで見えるっていう不思議な海のこと。海って川の大きいヤツでしょ?あとは終わりのない草原でとびまわる翼の生えたウサギとか!真っ白の冷たい大地とか…!」

「お前」

「留々風に生まれて育ったみんな、外へ行こうなんて考えもしない。案内人をするのだってお金のためだって言う。僕は、おかしいのかもしれない。見たことのないものを見たい。行ったことのないところに行きたい。そんなことをずっと前から思ってるんだから…」

「………」

「これだけは言える。軽い気持ちなんかじゃない!軽い気持ちなら、誰よりも何よりも大切な母さまたちを置いて出てくるわけないじゃないか!」


流風の言葉は嵐のように乃威の胸に届く。

流風は言っているうちに泣きたい気持ちになったのだろう。もう言葉の半分以上が涙声に近かった。うつむく。

とにかく気持ちを軽く見られたことが悔しくてたまらないのだ。

それが分かって乃威は、バツが悪そうな顔をした。


「……すまん。バカにしたつもりは、まぁ、ないとは言えない。少しはあった」

「やっぱり…」

「…でもまぁ、そりゃそうだよな。誰だって、そう、オレだって、いちばん初めの旅の時には初心者なんだし、それこそ今から見たらバカみたいな理想を掲げてたもんな…。悪かったよ。人間ってのはどうも、自分のことは棚にあげる生き物だよなぁ」


乃威はうつむく流風の頭を乱暴な仕草でなで、その紺色の髪をクシャクシャとかき回した。嫌がる素振りすら見せずなすがままになっている流風は、浮かべた涙をひっこめて乃威の動向を見守る。


「でもな」


髪をかき回すのをやめると、今度は真剣なまなざしを向ける。目線が合うように膝をついて流風の肩に手を置いた。


「そんなに母親や家族が大事なら、心配かけちゃダメだろ?今頃必死に探してるんじゃないか?」

「………」

「母親を泣かせるようなことしちゃダメだ。オレの母親はもう亡くなって、いない。亡くなったときは生きているうちにたくさん泣かせたことを後悔した。お前は素直ないいヤツだと思う。お前はオレみたいなことしちゃダメだわ」


流風は言われたことに重みを感じる。はじめはただのふざけた人かと思ったが、どうも違うようだ。

…あの母のことだ。乃威の言う通り、今ごろきっと泣いている。そして、母にはとことん弱い父は母を励ましながら流風を探すために動き出すはずだ。まだ幼い弟は、よく分からないけど泣いているだろうか。

自分の気持ちと葛藤し、押し黙っていると、乃威は真剣モードが突然切れたかのようにガラリと様子を変えた。

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