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王太子の帰還  作者: しのいあきら
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1


青年は、とある山の中でその知らせを受け取った。

風は絶え間なく吹きつけ、少し長めに伸ばされた茶色の髪を激しく揺らす。その風にも負けることなく、力強い羽ばたきとともにその知らせは青年の元へとやってきた。


「ファル、お疲れ。いつも悪いな」


青年の言葉にその大きな鳥は力強く羽を広げてみせる。大人が両腕をいっぱい広げたよりもなお大きな翼に、なるほどこの強風の中でも彼の元へと羽ばたいてきたことにも納得がいく。

ファルと呼んだその鳥の足にくくりつけられた手紙を青年は外し、風に飛ばされないよう注意しながら、さっと目を通す。

そうしている間に、鳥は目的を終えたとばかりに飛び立っていく。


「マジか」


思わず…と言ったように青年はつぶやき、もう一度食い入るように手紙の内容を確認する。

それは、主人からの帰還命令であった。しかも、重大な内容がともにしたためられており、急ぎの帰還をうながしている。

手紙の最後には、直筆で宛名が書かれていた。


我が翼、乃威へ。


青年は、乃威のいという。茶色の髪に、薄い緑の瞳。切れ長の瞳はその芯の強さを示すかのよう。


「仕方ない、戻るか」


乃威は、ひとり呟くとこれまで進んできた道を戻っていこうとする。

この国はファルファラードといった。

世界の中では、風の王国として知られている。

風の精霊に守護され、1年中風の吹きすさぶ国。

その中でも、極めて訪れることが困難な西の辺境を乃威は目指している最中であった。

この先には西の果ての街、々(る)しか存在しない。最寄りの街である都張つばりからでも、いくつもの山を越え1週間以上かかる辺境の地。主人からとある命令を受け、国中を旅している乃威ですら、10年ほど前に一度訪れたきりの街であった。

あてもない旅の中、久しぶりにその留々風を訪れようという気になり、山中を旅して3日目に彼は引き返すことになったのだった。


(さて…と、ん?あれはなんだ?)


元来た道とも言えぬ道を引き返そうとしたところで、視界の端に何かが引っかかる。そして、見間違いか?と自分を納得させようとした。それほど、ここで見てはならない光景を乃威は目にした。

やや離れたところの木の下に座っているのは、少年だ。遠目に見ても年は10を少し越えたところか、少なくとも15まではいかないだろうと知れる。

ここは、最果ての街に至る山中だ。道などない。乃威は旅慣れているから必要としないが、留々風を目指す、あるいは離れる者は、専門の案内人を雇う必要がある。道案内兼護衛としてだ。

道という道はないため、馬車も使えず、その険しさのために馬ですらゆくことができず、徒歩が唯一の交通手段。その辺鄙さゆえに盗賊すら現れないが、獰猛な獣や時に魔物も現れるという。そのような行程が1週間も続くとなると、とてもではないが進むことができない。

そんな山中に、少年がひとりきりでいる。

驚かずにはいられなかった。


(もしかして、あれは魔物か?オレを騙そうとしているんじゃないか)


そんな疑問が浮かび、ヒヤリとする。ただの獣相手なら問題ないが、魔物はヤバイ。

思わず上着の内側に右手を差し込む。そして、気づかれないようにそっと距離をとる。

幸いまだあちらは気付いていない。怪しいものに関わらないに越したことはない。

ジッと少年を見つめながら、とてつもない緊張感に神経が研ぎ澄まされていくのが分かる。その神経の端に何がが触れた。

と、同時に、考えるよりも先に乃威は動いた。

上着の内側からナイフを取り、少年の方に向けてすばやく投げつける。その動作をとっさに繰り返しながら、少年が信じられないものを見る目で、乃威を見つめていることを認める。


「伏せろっ」


乃威の言葉に少年は瞬時に体を屈ませる。いや、乃威の言葉よりやや速く、不自然に少年の身体が倒れ込んでいた。

乃威は再びナイフを投げつつ、少年の方に走る。

投げたナイフは狙った獲物にすべて命中していたが、その獣はまだ動きを止めずに、少年が寄りかかっていた木の幹に爪をめり込ませていたのだ。

ナイフが突き刺さった獣は痛みに半狂乱となり、むちゃくちゃに暴れる。このままでは少年が危険と判断し、腰に帯びた剣を抜いて躍り掛かる。

一気に距離をつめて、獣の喉元を突いた。なおも暴れようとした獣であったが、やがてその動きを止め、ズドンと倒れ込んだ。その瞬間には乃威は剣を引き抜き、獣の体を躱す。

注意深く獣を確認し、安全と判断すると獣の血を剣からぬぐい、鞘におさめた。

ふうと息をつき、少年に向きなおる。少年は顔を上げ、乃威を見つめていた。


「お前、魔物か?」

「はあ?」


緊迫した現場に少年の素っ頓狂な声がやけに大きく響いた。

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