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アイレス

 気合と共に魔人アイレスへと跳び、一閃を叩き込もうとする。しかし、世界の法則を無視する権能による接近は妨害されずとも、剣を振る腕は確実に重りがかかる。

 哀れで凡庸になった一撃をアイレスは悠々と回避して、徒手空拳による反撃を行うが、その時には己もそこにはいない。


 ソウザブとアイレスの一対一はひどく不毛な争いだった。“重さ”を操る魔人は敏捷神に致命打を食らわすことはできず、逆もまたしかり。



「化け物め……!」

「お前もだろう」



 先に戦ったイレバーケのように技術に長けているわけではなく、どちらかと言えばエタイロスの多腕に近い。底知れない余力はつまり、製造時点であらかじめ設計されていた能力だからだ。

 かつての神々の最高傑作。魔人アイレスはまさに神域に到達しているという点において、覚醒を果たした先祖返りたちと同じように権能を存分に操っている。そこに消耗は一切ない。


 一方のソウザブは神になったとはいえ、未だ肉体を保っている。飯も食えば水も飲む。このまま無限の消耗戦になった場合、先に倒れるのはソウザブだ。

 かといって無理に一撃を通そうとすれば、一点に集中された“重さ”によって腕が破壊されるだろう。


 万事休すか。そう思いながら剣を振るったのだが……アイロスは避けた先で赤い液体を流していた。それはジュリオスが設置した槍だった。



「その服……お前が身代わりになったか」

「ええ……おかげで慣れない騎士なぞやらされて、このざまです。今からでも復帰されては?」

「抜かせ。アレを倒して、お前も再び叩きのめす」



 不器用な共闘宣言だが仕方がない。実際に二人は殺し合うしかなく、それは魔人を倒した後で行われなければならない。良いタイミングで脱落してくれるのが一番ありがたいが、一対一では魔人を倒せないのだ。



「槍の設置はほどほどにお願いしますよ」

「勢い余って刺さるなよ?」



 まず、先程までと同様にソウザブが顕神で相手に肉薄する。そして剣の一撃を今度は縦斬りで食らわす。動作が緩慢化したことを相手の力を利用して補うのだ。勢いを取り戻した剣をアイレスはやはり躱す。速度が改善された分、ソウザブ達の剣さばきは極めて単調になっている。いくら鋭かろうと、直線的に下へ振り抜くことしかできない。

 やはり繰り返しに……なることはない。今度はジュリオスがいるのだ。眷属がいないため、前回のように無数の槍をとはいかないが、不可知の刺突は健在である。本来ならば敵であるという関係性も、思い切った行動に出れるという機転につながる。


 だが、いや、やはり……アイレスには届かない。万物に降りかかる重さを制御する魔人からすれば、倒しにくくなっただけであり、最終的な勝ちは揺るがない。



「鬱陶しい。騒がしいのは嫌いだ」



 ソウザブとジュリオスがこれまで最も警戒していた事態が起きる。簡単に言って本気を出された場合だ。なにせアイレスはこれまで無造作に重力を操ることと雑な攻撃しかしていなかった。

 だが、先祖返りにはそれが致命傷にならないと知った以上は……動いてくる。



「やはり、こうなるかっ……!」

「槍衾で……!」



 かつての神々の最高傑作は、それまでとは違う精密な動作を開始した。

 注意の割り振りを変えたのだろうが、ソウザブ達にかかっていた重圧が緩んだ。そう認識した瞬間に繰り出される拳打。

 ジュリオスの槍は軽々と超えられて、鎧すら貫く蹴撃と意識を刈り取る顎打ちを食らう。



「不可知の槍とて、罠のために長く留まらせれば簡単に感じられる。そしてお前は……」



 次の獲物へと意識が向く。続けてきた流麗な拳打を受け流す。幾重ものフェイントを含んだ蹴りを、剣を盾に何とか耐える。そこからはもう止められなかった。



「早いだけだ。人間としては優れているのだろうが、私が何年生きていると思う?」



 神世の時代の殺戮兵器は最効率の動きが徹底していた。現在では先祖返り同士の戦い自体が稀だが、アイレスの時代ではそれが当たり前だった。ソウザブ自身が素手での戦いについても学んでいるためなんとか防げているに過ぎない。

 さらには……



「グライザル殿っ!」



 気付かれないように後ろへと回り込んでいたグライザルが、回し蹴りの一撃で壁に叩きつけられた。重圧が緩んだといっても、解除されたわけではない。その力はこちらへの妨害に加えて探知としても機能していた。

 これで残るは自分ひとり。劣化した状態で最強の魔人を相手取らなければならない。決着は見えている。善戦して終わりだ。


 そう、いつものように善戦して終わりだ。

 だから――



「おっらあああぁああ!」



 だからソウザブに救いは現れる。この地を踏んで、最初に結んだ絆。最強の魔人に対抗するなら、この人物しかいないだろうと誰もが納得する男。最強の冒険者“竜殺し”ホレスが壁を突き破って雄々しく登場した。



「おい、ソウ! らしくねぇぞ! なぁに諦めた感出してやがる!」

「はは……諦めたのではなく、呆れているだけにて」



 本当は諦めていたけれど、自分がグライザルを救いに来たように、己を待っている人がいると思い起こさせるものだから……涙を拭って横に並び立つ。



「相手は重さを操りもうす、戦闘方法はソレに合わせた拳技」

「りょーかい。今日の飯はお前のオゴリだ」

「一体、何人現れるのだ」



 最初に立ち返り、並の眷属なら潰れる重力を新しい侵入者へと向けると……アイレスは後方へと吹き飛ばされた。

 その事実に驚く間もなく、既に待っていたソウザブの剣が振るわれる。アイレスはぎりぎりのところでそれをかわした。



「何を……」



 したのか、という問いにホレスは豪放に笑い返した。



「バカが! 俺様が大岩乗せられた程度で止まると思ったのか? 日頃からこんなもん振り回してんだぞ」

「それは竜の鱗……!」



 ホレスが斧を床につけると、重力が合わさって陥没穴を作り出した。

 何のことはない。ホレスは重力を単純に筋肉で突破したのだ。人間が圧死する程度の重さはホレスにとって、何らの妨げにもならなかった。



「行くぞ、ソウ!」

「心得ました」



 巨漢を覆う電光の加護と竜の炎。今度は体当たりではすまないと、見るだけで分かる。そして、ソウザブもまた、顕神に集中していた。

 巨体が振るう竜斧は止まらない、敏捷神の位置は目まぐるしく動いている。そして……斧が、剣が、アイレスに触れる。



「ああ……本当の静寂……こんなところに……」



 神世の遺物にして最後の魔人アイレスは、ようやく望んだ地へとたどり着くのだった。



 

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