神器対竜斧
そして物語は冒頭へと立ち返る。
国と反乱の軍勢がかち合った先に、ソウザブとホレスはオークの首魁へと向けて行動を開始した。彼に恨みは無いが、その黒き剣は二人が取りこぼした災禍であるために。
当然のごとく、真っ先にたどり着いたのはソウザブだ。二点間の瞬間移動を超える速度。それを出せる人間はこの世には存在しない。神々にすら存在するかも不明だ。
オークが乗る馬の後ろに、ソウザブは平然と降り立った。
「後ろから失礼する。オークの王よ」
「誰だ? 帝国の間者か?」
「いえ、この場合はどちらでも有りはしませぬ。用件は一つ。その剣を渡して頂きたい。それは我々が遺してしまった、狂気の剣ゆえに」
「は、ならば礼をくれてやろう。これを持った日から我が覇道は始まったのだ」
後ろに向けて奔る黒の剣筋。不安定な姿勢だというのに、まるでそれを感じさせない。その若さに似合わぬ修練が伺える……いや、これは本当に修練によるものか? それにしては厚みがあり過ぎる。恐らくは剣の記憶か。
考えながら曲芸師のように舞い、軽い雷撃の呪符で馬を驚かせて、敵を地面へと導いた。周囲の様子は王の指示が途切れたため、泥沼のように混乱を極めていった。
「神器と粗末な剣。過去が悔やまれますな」
「その腕でか、抜かせ」
ソウザブの剣と無垢神剣がぶつかり合う。しかし、噛み合わせるにはソウザブの剣はあまりに頼りなかった。剣の平を打つようにして剣戟を逸していく。
オークの言の通り、ソウザブは守りと回避に関しては群を抜く。全ての武器で超一流になれなかったが、同時にどの武器も一度は使ったことがある。間合いをはかり、癖を読み取り、捌いていく。
「さて、どうするか……」
だが、ソウザブの神業を用いても剣はすぐに悲鳴を上げ始めた。なにせ相手は神の剣。黒い瘴気が剣に乗っており、どれだけ的確に防御しても莫大な負荷を与えてくる。
そんじょそこらの名刀でも同じだろう。やはりホレスの竜斧を使う必要がある。もしくは相手から奪い取るかだ。責任は責任だ。いかにも理不尽に感じるが使い手であるオークの首領も倒さねばならないだろう。
ソウザブは足元の槍を蹴り上げ、粗末な剣を捨てて、相手の肉体を狙う。槍が駄目になれば、斧。斧が駄目になれば……足元の持ち主無き武器を使い捨ててソウザブは敵の哄笑に立ち向かう。
「これも剣の影響か……?」
干戈を交える敵手は武器だけに頼るものではない。当人も十二分な力を持っており、明らかに“先祖返り”と同等の基礎能力だ。
神剣によって血筋が刺激されるというのもあり得ない話ではなかった。更にその武器が記憶しているとしか思えない武技の数々はソウザブの神速にも対応し、あろうことか追い込んでいく。
「おいおい。人の相棒をそんなに虐めてくれるなよ?」
「……ホレス殿」
武具が壊れる寸前に、竜の鱗が敵の黒閃を遮った。竜殺しのホレス……人界最強と言って過言ではない男の参戦に敵は喜悦を見せている。
「おいソウ。とっととこの暑苦しい緑禿を潰して帰るぞ。こんなくせぇところからはおさらばして久々にサクの飯が食いてぇ」
「ホレス殿も髪は無いではありませんか……ですが同意しますよ。おサク殿ならまず風呂に叩き込むでしょうがね」
さて、予定通り最高の手札が舞い込んできた。それは良いが、本当に竜斧で神剣を砕けるかどうかが問題だ。もし通じなかった場合、アレを破壊する手段はもう無い。封印するにしても、どんな術なら可能なのかさえ不明だ。
そんなソウザブの内心を見透かしていたのか、ホレスが肩を強く叩いた。
「まぁ見てろ。俺も伊達にお前と肩を並べてるわけじゃあねぇ。そして、お前にならって言わせてもらおうか……顕神!」
「なんと……」
ホレスの肉体が雷撃を纏っている。光り輝く姿はまさしく英雄に相応しい。加えて、それだけではない……その衝撃に呼応するかのように竜斧が激しい炎を吹き出しているではないか。
ホレスもまた己の神力を自覚し、磨き上げていたのだろう。最上級の武具をまさに従えて、ここに最強の冒険者が復活する。
「おい、ハゲ。これ以上戦火を広げないってんなら、武器だけで済ませてやるが?」
「ハハハッ! 目の前に最強があるのだ。かつて虐げられた者が、その輝きの前に立っているのだ。これを前に退いてどうなるという。……誰でもきっかけさせあれば反撃の狼煙は上がるのだ。それを世に知らしめた。負ける気は無いが、悔いもなし!」
ここに来てソウザブは立会人となった。二人の間には流れ矢一つ通すつもりはないが、それすら無いだろう。最強の神器と最強の冒険者。その戦いが人知れず行われる。
次の瞬間、あがった咆哮は互いに人のモノとは思えなかった。黒の剣と赤き斧がぶつかり合い、衝撃で大地はめくれ、風は舞い上がる。果たして勝負を制したのは――ホレスだった。
共に神の力で強化されているとは言え、神器はかつてただの剣でしか無かった。その些細な違いが如実に現れた。剣が砕けると同時、オークの首領から血しぶきがあがり。ゆっくりと崩れ落ちた。
最後に何を言ったかは分からない。だが、その顔は満足げであった。




