救援へと
ソウザブは帝国の傘下に入ってから実に多くの任務をこなした。そして、その大半が暗殺者まがいの仕事ばかりだった。彼の能力は大軍相手に真っ向から勝負するような任には向いていない。無論、やれと言われれば戦果はあげられるだろうが、もっと良い使い道に回されるのだ。
過去に境遇が逆戻りして、苦しくないかといえば嘘になるだろう。だが、今のソウザブには帰る場所と待っている人がおり、折れることは無かった。どちらかと言えば待たせている方が心苦しいのだが、そんな心配は無用な程、彼女たちは強くなっていた。
「ねー、師匠ー、次の任務オレも連れて行ってよ」
「活かせる仕事ならそうする。だが、善人を殺すような仕事の場合は連れて行かない」
「ちぇー、その場合ならちゃんと呼んでよ?」
サフィラは能天気で変わらないように見えるが、いつの間にか戦士としての覚悟が備わっていた。いくら師とはいえ、四六時中見ているわけではない。これは彼女が一人で考え、一人でたどり着いた境地だろう。
眷属化もそうだが、弟子が師とは別の境地を見出すのは嬉しくもあり、寂しくもあることをソウザブは初めて知った。嫌な仮定だがサフィラは例え己が死んでも、いずれ立ち上がり歩みだすだろう。
「エル殿とサライネがああいうふうになるとは思ってもいなかった」
「二人共引け目? みたいなのあったのにね」
ガザル帝国は一代で築かれた国家だ。画一された規律によって強国となり、覇を唱えるにまで至ったのだが……貴族の文化面では占領してきた国々に頼るしかなかった。
しかし、元々が国によって違うのだ。固有の貴族社会が上手く進まないのも当然だった。
そこで登場したのがエルミーヌだった。かつて傾国の姫とまで言われた女と、それに付き従う凛々しい女騎士はあっという間にサロンを席巻した。
今や貴族的流行はこの二人が作っているようなものだった。
気がつけば皆がある程度ガザル帝国に馴染んでいる。
一人の男が夢見た理想郷は、本当に人々の価値観を統一するかもしれない。
一方で完成させた後に崩れるのも予感させる国ではあったが…人は規則の隙間を縫うのが上手い。初代皇帝という傑物に支えられているようにも見える。
それは同盟国として復興したアークラにまで飛び火するのではないか、という懸念も生まれる。
そんなことに思いを馳せていれば、兵士が小走りに近づいてきた。
「ソウザブ卿、陛下がお呼びです」
「分かり申した」
「師匠って何か卿って柄じゃないよね」
「奇遇だな。それがしもそう思う」
サフィラの頭に手を置いてから、踵を返す。サフィラの顔は赤くなっていた。
城内は相変わらずの静けさで、召使達も物音を立てない。黒一色の壁には時折金糸が織り込まれ、嫌味にならない程度の豪華さを演出していた。
そして相変わらずの効率を重視したやり方で、皇帝の間にあっさりと通された。皇帝は丁度、手紙と書類を文官に渡し終わったところのようだ。
「陛下」
「よく来た。活躍ぶりは聞いている。ジュリオスが抜けた穴を埋めてくれる働きには満足している……そこでだ、卿にはしばらく休暇を取ってもらいたい」
「はぁ……? その心は?」
「聞いてくれて嬉しいよ。ホレスから連絡があったのだ。以前に貴公らが関わった事件の後始末というべきか、オーク族の動きが極めて活発化し南の国々では本格的な争いになっているようだ」
以前関わったと言われても、ソウザブにはオークという種族自体にあまり縁が無かった。内心で首を傾げていると、皇帝は助け船を出す。
「これは星読みの警告とも合致している。以前、貴公らに凶星の解決を依頼したことがあっただろう。ジュリオスから報告だけは受けていたが、どうもソレに絡んだ出来事らしい」
「無垢神クラヴィ……」
かつて“先祖返り”6名がかりでようやく一時の死を与えた神。“先祖返り”が新しい神だとすれば古い神というべき存在。
ならばある程度の納得はいった。神としての力を模索している自分たちと違い、完全に使いこなしていた存在だ。それが何かの置き土産をしていったのであろう。性質も享楽的であったため、印象とも食い違わない。
「これは私からの頼みでもある。ホレスには疎まれているが、このまま戦火が広まればサクの住んでいる国にも飛び火するだろう。内々ではあるが報酬も用意した」
「それはなんとも意外ですな。おサク殿とホレス殿のために駒を用意するとは」
ソウザブの言葉にガザル皇帝は苦笑した。自分の行動が他人から見てどれほどおかしいか、自嘲の苦笑だった。
「そう言われても仕方がないが、私とて人間味は残しているつもりだ。このような身分になっても、かつての青春は確かな土台になっている。だが、休暇だ。ホレスに対する行動は貴公に任せる……ああ、しかし、制服は脱いでいった方が良かろうな」
それは勿論のことであった。あくまで私人として行動せよ、ということであり一切異論は無い。ソウザブにとってホレスは帝国より重いのは当然なのだから。
そして、戦火に他国が巻き込まれているというのは帝国にとって好都合だ。そのために送り出す打算もあっただろう。
自分の状況も、世界の情勢も随分と複雑になってしまったと、ソウザブはため息をついた。




