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決着のゼワ

 皇帝から与えられた任務は順調に進みすぎた。

 そもそもソウザブは暗殺者としての経歴が非常に長い。反乱の扇動者達というのは格好の獲物だった。さらに帝国がある程度調べていた情報があるとなれば簡単だ。


 ゼワを名乗る者達も、故郷で殺した標的と似たりよったりで、ソウザブの過去を否が応でも浮き彫りにした。

 困窮した農場主、犯罪者達の頭目、巨大化した山賊……誰も彼もが自分の守りが疎かだった。こうした暗殺の場合、臆病な貴族の方が余程手強い。笑顔の裏で毒を盛るような剣無き戦場を彼らは知らなかったのだ。


 そこに容易くつけ込める自分に対する侮蔑だけを覚えて、ソウザブは任務の半分を達成した。今は本物の(・・・)ゼワを狙って歩んでいるところだ。



「……で、なぜ貴殿が付いてくるイチヒメ殿」

「やぁねぇ。暇つぶしにはなりそうだからに決まっているじゃない」



 辺境域にいるはずの魔人イチヒメがなぜかここにいた。元々魔人としての気配が薄い彼女は気付けばソウザブの近くにいた。妙に馴れ馴れしい魔人だと思いはしても、神として自己を確立したソウザブは無闇に敵意を抱かない。始祖神の縛りから解放されているのだ。



「まぁ、身の回りを自分でするなら構いませぬが。これから行く闘技場でも別に助けはしませぬ」

「闘技場!? 良いわね、それ。人間って本当に戦うの好きねー」

「別に好きなわけでも……」



 ソウザブはもごもごと、歯切れ悪く言った。

 確かに寿命が長い者から見れば、人間は戦いが好きに見えても可笑しくはない。反乱者達のように兵士でなくとも争いに身を投じる者もいる。話し合いだけで解決する例の方が、ずっと少ないだろう。



「あなた自身が武力で解決する側だもの。何を言っても後付よねー」

「いちいち癇に障ることばかり。へそ曲がりめ」



 ソウザブが向かった先は、最初にゼワと見えた地下闘技場だ。なぜそこにいると思うかは“勘”としか言いようが無い。

 だが、解放者という称号はゼワには似合わない。認めたくはないが、アレはアレでゼワの求道なのだ。そして彼に心酔する者達も。反乱を主導するような面倒は避け、今も殺し殺されあっているはずで、解放者というのもゼワが身分にとらわれない身内扱いをするところからである。


 考えながら入り口に入り、古い石造りの階段を降りる。時間的にはそれほど長く経ってはいないはずだが、随分と昔に思える。

 広間に出ると、あの日のような熱気が出迎えた。闘技場に立つ鉤爪の男。これは任務のはずだが、ソウザブにとっては私闘の場でもあった。向こうも予感がしていたのか、闘技場に一人待ち構えていた。



「待っていたぜぇ! ソウザブっ! さぁ二人きりのぉ! メインイベントの始まりだぁ!」

「抜かせ。不死身なぐらいでそれがしに適うものか」



 初めて嫌いになった人物。どこまでも自分のために戦える男を叩き潰そうと、ソウザブの心に火が灯る。この時だけはソウザブもまた自分のためだけに戦える。


 哄笑とともに振られた鉤爪が、ソウザブの剣と噛み合った。その瞬間、ソウザブの姿は消え去りゼワの背中に回っていた。振られる剣。わずか一秒でゼワの胴体は泣き別れした。



「ひゃははははっ! やるなぁ!」



 そして起こる奇跡。ゼワもまた神であり、ソウザブの顕現した力を目撃した一人。ならばこの男が分割されたぐらいで(・・・・・・・・)死ぬはずもない。

 ゼワの顕神は以前と同じでありながら、劇的な変化が現れている。切られた胴がまたたく間に接合し、一瞬で無傷へと戻った。瞬間再生者とでも呼ぶべきか……以前とは再生速度が比べ物にならないほど上昇している。

 

 さらにゼワ自身の技巧も上昇していた。最速の神となったソウザブに対して剣戟の体を成しているのだから、最早達人の域に達している。

 ならば取れる方法はソウザブをして、やりたくない手段に出る他はない。


 ソウザブはゼワを切り裂くと同時に、その部分に落ちていた石をねじ込む。そこを更に符呪で焼き閉じる。肉体は異物を排除しようと、更に変化していくがソウザブは繰り返しを止めない。


 石、砂、木片……あらゆる物を混ぜ合わせていく。出来上がるゼワの新しい姿はもう人間とは言えないものになっていた。

 あちらこちらが奇妙にねじれ、こぶのような腫れ上がりも無数になる。


 不死身であるということは、最初から知られていた場合、単なる藁人形にしかならない。もし仮に、ゼワの武勇が自身の再生能力に頼ったものでなければ、勝敗は逆だっただろう。



「さらばだ。ゼワ。千年かけて復活しろ」



 ソウザブは持っていた刃物を全て使ってゼワをはりつけにした。

 その後、この闘技場への入り口を封じることで、ゼワは遥かな未来まで復活を待つことになった。



「神様って残酷よね。同胞に対してこの扱いだもの」

「……違いない」



 だが、それは自分だけの残虐性だ。おぞましくも後ろめたさは無かった。

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