朱白
地面に降り立つ敏捷神。それを待っていたのは真白の鎧に身を包んだ騎士。白剣騎士団団長ジュリアスその人だが、様子がおかしい。
彼にとってソウザブはそれほど重要な人物だっただろうか? 以前はただ共闘したという間柄だったが……その目は血走り白剣という名を裏切っていた。
「一瞥以来。久しゅうございまするな。それにしても決闘に応じるだけで、それがし達の退去を認めるとは剛毅なこと」
「ああ。お前との戦いにはそれだけの価値はある。練磨した我が力、試すには同格の者でなくてはならない……付き合ってもらうぞソウザブ・ジビキ」
「……随分と調べられたご様子」
「東方のいわば大公家だ。国家として知らぬ訳はあるまい……こんな話をしている時間が惜しい。始めるぞ」
始めると言った瞬間にソウザブはジュリアスの背後を取っていた。敏捷神の持つ権能である2点間移動は速度などという枠に収まらない。速いのではなく早い。ゆえにジュリアスには何もできないはずであったが……ソウザブの粗末な剣は何かに弾かれた。
「ククッ。なるほど、それがお前の顕神か。私でなければ死んでいただろうな」
悪寒と共に後方へと退避したソウザブ。その脇腹には赤い点が滲んでいた。ロウタカの街にいる仲間たちから悲嘆の呻きが聞こえたが、彼らも何が起きたかは理解していまい。
「続けて行くぞ!」
「ぬぅっ!」
ジュリアスの剣とソウザブの剣が激しく打ち合わされる。ソウザブはあらゆる武器に通じる反面、抜き出て得意と言える武器が無い。ソウザブは押される一方に見える。
「流石だな。もうからくりに気付きつつある。お前の逃げに対して私は追う手段が無く、お前の剣腕は私には届かない。困ったな?」
「猿でも分かろう……不可視、いや無形の刺突。この感触は槍か……!」
「明察だ。もっともお前のものと同様に、理解されたところで痒くもないが」
しかし、いくら相手の方が技量が優れていても補う方法はあった。それを封じられている。その原因は神としての力の相性が悪いことにある。
ジュリアスの顕神は刺突の発現。どこから来るか分からないため、ソウザブの剣はどうしても浅くなる。真っ向からの打ち合いで、周囲の気配と空気から透明の攻撃を見切れること自体は見事だが、防戦一方になる。
迂闊な瞬間移動を行った場合、最悪そこに刺突が設置されていれば勝手に串刺しになる。ゆえにソウザブは相手の能力範囲を把握しなければ互角へと持ってはいけないのだ。
「是非も無し……!」
選ぶは敏捷神としての通常速度。これだけでも剣神を置いてけぼりにすることが可能な速度なのだ。有用な手札は現在これしかない。
一撃打てば離脱、それを繰り返す。
「なぜ、決闘などと?」
「貴様が無垢神との戦いで見せた現象。それで我らも神としてのあり方に気付けた」
かつて見せつけた霊剣などの技巧は使わない気なのか、奇妙な剣戟は続く。
「そこで思い違いしていたことを知った。ガザル帝国は正しいが、間違っていることにな」
「実力主義では不満と……?」
「それ自体は良いことだ。ただし、特権階級の選び方を間違えていると言いたいのだ」
ソウザブは内心に冷や汗をかくのを感じた。この男が目指そうとしている世界。そのあり方はまさか。いやあり得ない。しかし、前例が存在するのだ。限定的ではあるものの狼が統べる、己も親しい狼王国という前例。
「勿論、学問や芸術の価値は下げない。だが……武と魔においては、“先祖返り”こそが優遇されるべき。そう思わないか? 貴族が生まれの良い血統というのならコレ以上の証明があるはず無かろうからな」
「馬鹿な……それで生まれるのは能力の優劣だけで位が決まる国になってしまう。誰がなるか分からない。誰がどんな力を持つか分からない。目まぐるしく地位が入れ替わればただの混沌ではござらんか!」
狂気の沙汰だが、それを目覚めさせたのがソウザブというのは皮肉だった。
“先祖返り”に主導される国は眷属まで含めれば、自国内で延々と内乱を繰り返しかねない。
「それのどこが問題だ。生まれだけで安穏とする方が間違い。だからこそガザル帝国は実力主義になった。しかし、親の資産などで生まれる優劣は絶対に避けようが無い。ゆえに“先祖返り”が頂点に立ち、頂点同士で争い合う国が良い」
「お主……自国を割る気か!」
「そのとおりだ。手始めに先駆者たるお前に挑んだのはある種のけじめだな。感謝の表明だ」
ソウザブは周囲を見渡した。ガザル帝国白剣騎士団……彼らは誰も団長に異を唱えない。それどころか、ジュリアスの狂気が伝染したような目つきであった。
「まさか……自分の部下全員を……」
「そうだ。必勝を期して戦うのは当然。我が騎士団は全員が我の眷属だ。そして……」
眷属へと分けた力より、捧げられる祈りの力が強い。まさしく神のあり方だった。
ソウザブの体を無数の赤が貫いた。




