神話加速の前
先日の冒険者の仕事にしては大規模な動きは、豪商ガルエンからの依頼である。それも内容は“魔神教の調査”。スケープゴートとしてはうってつけである。
しかも、ソウザブとグライザルにイチヒメという存在から脅しあげられたばかりであることから、豪商にしては哀れなほどに震えながら協力を約束した。
これで残る魔神を討てという声も減るだろう。そう信じていた一行だったが、影で笑う商人に気付くことは無かった。震えていたのは真実だが、彼は商売人であり他の情報を知っていた。一行は見事に自分たちの行動の無為を知ることになる。
――誰も気付かないまま、ガルエンのような豪商達はロウタカの町から姿を消していた。
傘下の者達はそのままだったので、ソウザブですら気付いた時には手遅れになっていた。
進撃を続けるガザル帝国の足音は、既に辺境域にまで及んでいたのだ。ことが風雲急を告げるにも程がある。
笑い合っていた人々が不穏の臭いを嗅ぎ取った時には既に遅い。ガザル帝国の先鋒たる白剣騎士団と彼らに従う軍勢が、ロウタカの町を取り囲んでいた。ソウザブとグライザルはそれを門の上から眺めている。
「厄介なことになったものだ。常識など当てにはならんな」
細く、されど野獣のように鍛えられた金級冒険者のグライザルが唸る。この街が襲われないことが頭にすり込まれていたばかりに、自分たちの保身を優先した。情報を集めていれば今少し取る手もあっただろうに、そうグライザルは後悔していた。
魔人教に嘘の証言をしてもらうというソウザブの計画だが、結論からいうと非常に上手くいった。より具体的にいうと上手く行き過ぎてしまった。
万事に小器用なソウザブはここに来て初めて、策を弄しすぎた。捕らえて帰ってきた魔人教の面子の言うことが、恩恵や憎悪が得られるという部分は特に喋らせるべきでなかった。
それまで魔人などいないと思っていたロウタカの住人たちは、グライザルやソウザブの功績によってそれを知った。それまでおとぎ話だったものが実在するということを知ったが、重要なのは実際に見た者が少なすぎたところだ。
魔人教が魔人達の手引をしてロウタカの街を襲う。あるいは隣人が魔人かもしれない。
噂が噂を呼び、ロウタカの街は完全に混乱状態に陥った。
ソウザブ達の元来の目的であるアイレスを倒す必要を失くす、ということには成功した。しかし、人心は荒廃しつつあった。
そして辺境域の入り口たるこの街に、もっとも直接的な敵を呼び込んでしまう。
ガザル帝国……白剣騎士団。そして、その長であるジュリアスは、狂気じみた目で街を包囲させた。
「……最悪の時に街を混乱させてしまった。防衛も交渉も不可能にござろうな」
「そもそもロウタカの街は防衛など不可能だ。組織だった軍など無いのだ。誰のせいとも言えまい」
さて、どうなるか。ガザル帝国は冒険者という存在を許さない。もしくは冒険者ギルドを不快に思っているのか。どちらにせよ、ロウタカの街を拠点とした冒険の終わりを意味していた。
「あの……ソウザブさん」
恐る恐る声をかけて来たのは下にいるはずの門衛だった。その目には恐れの他に畏敬と期待が入り混じっていた。
「なにか?」
「その……白剣騎士団団長が決闘に応じれば、冒険者の追放に対して安全を保証すると言って、下の門前で待っておられます」
白剣騎士団団長、かつて共に戦った男がなぜか戦いを要求してきている。さらには決闘という前時代的な条件で。
ソウザブはグライザルに目で頼みを告げた後、門から飛び降りて、懐かしい人物の前に降り立った。




