偽装計画
祖神達が住んでいた“神々の城塞”。そこに普通の人間は入ることができないとはどういうことだろうか? それを素直に問われると、イチヒメは意地の悪い顔つきのまま、高価な茶を口に含んだ。
「それがし達にしか挑むことができない……と言っているように感じるが?」
「まぁ概ね正解ね。あなた達がアイレス様より強いかどうかは、さっきも言ったように知らない。けれど、あの場所に立ち入ることができるのはあなた達だけなのよ」
例えば最後の魔人を相手に勝てない、という話なら分かる。“先祖返り”は強大ではあるが、無敵ではない。そこを履き違える者から脱落していくのは世の常と変わりない。只人が上手く“先祖返り”を倒すこともある。
そうした大物食いが発生する余地が無いと言っている風でもない。
ソウザブにしろグライザルにしろ……あるいはホレスのような男でさえ、自分が世界で敵なしの最高位であると信じているわけではないのだ。大成する“先祖返り”はむしろ、自分よりも上がいると想定している場合がほとんどだ。魔人の存在と権能の実在が判明した現在では、ソウザブ達はそれが事実だと確信していた。
イチヒメの話しぶりにはそういった強弱の桁を語るという感じが無い。可能性ではなく、資格の有無を語っている。
「……入り口に人種を識別するような何かでもあるのか? そうしたものが稀に出土すると聞いたこともあるが……」
「いえ、単純にあそこは神と魔人しか生きていけないのよ。そうね、例えると……」
イチヒメはぐるりと周りを見渡して、湯を沸かすための小さな火を見つけて指差した。
「火の神がいたとしましょう。その神様はどんな部屋に住んでいると思う?」
「そりゃ、暑い部屋じゃねぇの?」
「あら、意外に賢い人間ね。よく出来ました」
イチヒメが送ったぞんざいな賞賛にエツィオが憤慨しようとするが、自分をまじまじと見つめる視線に気づいて地団太は止まった。イチヒメはエツィオを見ていた。正確に言えば、エツィオが手に入れた武具を見ていた。
「……ひょっとしたらアナタも入れるかもね。話を戻すと、火の神が住処を作るなら当然に灼熱の環境となる。あなた達があの城に入れば、そうした環境にさらされることになる。だから神と眷属しか入れないというわけ」
「想像するに、それがしも入れないように思えるが……?」
「そのあたりは込み入ってるから割愛するけれど、多分大丈夫よ。お母様が作った魔人……あなた達が低位と呼ぶものの中には清掃をするための個体もいたから。今の例えで言えばその熱はただの熱ではなく、神の熱なのよ」
「どちらにせよ、わざわざ攻め込む動機が足りんな。出てこないのでは悪人とも言えん」
魔人と呼ばれているから悪。そう決めつけるには皆、現実を知りすぎている。しかし街の者達はそうではない。当事者ではない彼らからすれば、最強の冒険者が魔人を倒す方が面白い。
一部の者などは逆の展開を期待してさえいるだろう。調子に乗った高位冒険者が無残に敗れて全てを失うというシナリオを望んでいる。
良識がそれなりにあるソウザブとグライザルはまだそちらの方がマシのように思えてしまう。
「連中は我々を見て、精神的に豹変した。破綻を来したと言っても良いだろう。ならば会ってしまえばそのアイレスという魔人を刺激してしまう可能性の方が大きいぐらいは、それがしにも想像がつく」
「盛り上がりに欠ける……というのも分かるがな。自分で命を天秤に置くのとは違う、他人によって載せられるのはまったくもって面白くない。ましてアイレスという魔人は悪事すら働かんのだからな」
そこを襲うのは道としてどうか。人の道というよりは強者の道だ。繰り返しになるが、ソウザブとグライザルは良識がある。逆に言えばその良識が鎖となって動きを阻害する。
これが己の力に溺れる者や、自分の益のためなら論理などクソくらえ、という手合ならあっさりと乗り越えられるだろうが……
「で、どうする敏捷の」
「どうするとは、これまた……」
表情の変化に乏しいソウザブは不格好な苦笑を作った。これではまるでソウザブのチームとグライザルのチームが一蓮托生のようだ。置かれた情勢では間違ってもいないが。
「そうでござるなぁ……静観を決め込みましょう」
その言葉に場にいた全員がずるっと滑った。ソウザブの性格からすればそれなりの理由があり、そこを省いた結果なのだろうがそこは説明して欲しい。
全員の視線で気づいたのか、ソウザブも解説を始める。視線で気付けるようになっただけ随分とマシになったほうと言える。
「正確にはアイレスという魔人に対して静観を決め込むのです。そうなると、ロウタカの住人達はそれがし達を臆病者という風評を流して楽しむでしょう」
「それは勘弁して欲しいかなー。言うまでもなく、冒険者は面子第一だよ」
女戦士サーリャの言に頷くソウザブ。
チームグライザルはこの業界における先輩であり、冒険者の浮沈についてはソウザブ達より遥かに詳しい。実力と風評の両輪が揃っていなければ大成はできない。そのことを知っている。
それに対するソウザブの答えは……
「ですので、アイレス以外に対する行動は起こすことが肝要。具体的な攻撃目標があることも幸いにて、さして不審に思われないでしょう」
「その心は?」
「魔人教。明確に害をなす彼らを徹底的に叩き、行動していることを見せつける。そして、彼ら自身に魔人アイレスなど存在しないと口を開いて貰えば万事上手くいくことかと」
……作戦や策略というよりは陰謀の類だった。