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お姫様冒険者に

 公爵に啖呵を切ったソウザブだったが、彼にせよホレスにせよ別に刺客を片っ端から返り討ちにしたいわけでもない。一行はトランタラ王国から南へと河岸を変えていた。

 訪れたのはベネシュ国。農業を主体としたどこにでもある国だ。内輪の結束が強いのが強みで、軍事より農に重点を置いている。このレッサリの街はベネシュの中でも3番目ぐらいには大きな街で活気もある。



「ソウ様! ソウ様! あれは何でしょうか?」



 波打つ長い亜麻色の髪。その身を包むのはドレスではなく、ゆったりとしたローブだ。目立ちすぎないようとの配慮で選ばれたのだが、全身を包む長衣でも彼女の肢体の豊かさは隠しきれておらず時折道行く人にも振り返る者があった。

 そもそもエルミーヌは顔立ちが美しすぎて目立つな、というのは非常に難しかった。ただ立っているだけでも気配が違う。訓練を受けた立ち姿というのもそれだけで人目を引いた。ソウザブとホレスは当初の考えを諦める他なかった。



「会ったばかりの頃のお前を思い出すぜソウ。まぁお前は口には出さなかったが」

「馬鹿な。あそこまでお上りさんじみた姿ではなかった。そうでしょう?」

「ガラクタ売りに半日は齧りついてた男が言うな。カモの食いつきが良すぎて引く露店売りなんて初めて見たぞあん時は」



 何もかもが懐かしい。彼らはエルミーヌを通してかつての光景を楽しんでいた。期せずして道連れにエルミーヌという新参が加わったが雰囲気は悪くなるどころか良くなっていた。エルミーヌが傲慢さとは無縁であることと、足手まといが増えたところで痛くもないだけの実力が二人にあるためでもあった。



「で? どうよ? 初めての恋人は。焚き付けたはしたがあんな上玉を初っ端から引っ掛けるとは思いもしなかったぜ」

「うーむ……悪くは無いですが……何とも慣れませぬな。世の中の大半はこうして唐突にできあがるものとはいえ……」

「そりゃ世間一般のしがらみとかはそうだがな。あの嬢ちゃんは本気だ」



 ソウザブの欠点は自己評価が低いところにあった。

 元々が一族の汚れ仕事で日の目を見ず、兄達の影に隠れていた。冒険者となってからは人間らしくはなれたものの、相方であるホレスが初めて見た自身を上回る戦士であったため取り柄の戦闘能力についても自惚れる気にはなれなかった。

 それが影響してまるで子犬のように自分を慕う姫には戸惑いを隠せないソウザブだった。



「ソウ様ー! 焼き菓子が売ってますわ!」

「おら行って来い行って来い」

「はい。……今行きますよエル殿!」



 エルというのはエルミーヌがソウザブをソウと呼ぶことから付いた名だ。あまりあだ名で呼ばれる経験の無いお姫様はこれに素早く適応していた。


 相棒が新しい仲間に駆け寄っていく。それをホレスは慈父のごとき顔で見送る。息子のように思っていた男に春が訪れようとしている……齢を重ねて良かったとホレスは初めて思う。自分以外の時が進んでいくのは素晴らしいことだと素直に感じられるようになったのだ。

 長く続いた相棒との旅で成長したのはソウザブだけでなくホレス自身もそうだと言うことに気づくのはもう少し先のこととなる。



「良い光景じゃねぇか……ってそうじゃねぇ。今日は姫さ…嬢ちゃんの装備を見繕いに来たんだろうがよ。まぁ良いかたまにゃ」



 子供じみた二人が好奇心を満足させた頃には既に日が傾きはじめていた。

 生まれを考えればエルミーヌは良く環境に適応していると言える。ベネシュに辿り着くまでの道程でも弱音は決して吐かなかった。少なくとも精神的には合格点と言っていいだろうが、戦闘能力については失格どころではない。それこそ一から教える必要があった。



「結局、装備どうするんだよ? お前あれだけ色々使えるんだから、こう……何か初心者向けの武芸とか知ってるんじゃねぇの?」

「比較的……ならありますが、エル殿はそもそも最低限の体力しか無いですからそれ以前の問題なので。無難に棒にしようかと」

「ああ……刃がないから空振ってもそこまで怪我しないもんな。防具はローブの下に軽い布鎧か?」



 布鎧は布の下に綿が詰められた鎧で見た目に反して中々に侮れないため愛用する戦士も多い。鎧下として金属鎧の下に着る者もいる。



「ええ。あとは読み書きができるので初歩的な魔法をいくつか教えてみようかと」

「あん?お前“巻物使い”だろ…あの訳の分からない文字が書かれた。こっちの魔法使えんのか?」

「下位程度までなら。中位、上位が使えないのも“先祖返り”の肉体が干渉するからですので、知識だけはあり申す」

「お前の器用っぷりには今更だがちょっと引くぜ」



 “先祖返り”は神の係累としての力を発現するため肉体そのものが神秘と化す。そのためか現れ方によっては魔術や技術を阻害することがあった。勿論大抵はメリットと比較すれば取るに足らないが。

 ソウザブはその典型で、高位の術を使おうとすれば反発を起こしてしまう。それを補うための選択が呪符だった。



「あと“巻物使い”でなく“符呪使い”です」

「何がどう違うんだよ。紙に入った魔術を起動させるんだから一緒だろ」



 “巻物使い”と“符呪使い”の境目は確かに曖昧だ。傾向としては巻物には強大な魔術が込められていることが多く、符呪には符自体を飛ばすなどの一風変わった効果が多い。それはそれとして使い手達には明確に別の職だという認識があるのもまた事実だ。



「……相変わらず魔術に興味が無いですなホレス殿」

「戦闘中にブツブツ呟くのは趣味じゃねぇんだよ。炎よ~とか恥ずかしくねえのかアレ」

「まぁ…ソウ様は魔法使いでもあるのですね。教えていただけるということはわたくしも空を飛んだりできるようになるのでしょうか?」



 エルミーヌの魔術に対する印象はおとぎ話における魔法使いのそれとほぼ同じであるようだった。ちなみに空を飛ぶ術は洋の東西を問わず、凄まじい難易度の魔術であったりする。



「まぁ……エル殿が大魔術師とかになれば飛べるかと。最初は水を出したりとか……火花を出したりとかからですな」

「何事も地道に。……なんだかワクワクして参りました!」



 多少は空元気もあるのだろうがやる気に満ち溢れるエルミーヌとは対照的にソウザブはやや落ち着かない様子が見えた。ソウザブは人に物事を教えた経験が無かった。幼少期は有無を言わさず知識と技術を詰め込まれ、長じてからは経験を積んだ。そしてこの大陸に渡ってきてからは世間知らずが祟って教えられるばかりであった。

 ならばエルミーヌに自分の技能を教えることで、ホレスやその妻への恩返しとなるかもしれない。ソウザブはそう考えていた。



 次の日……装備を商う店のみならず古着屋や質屋を巡った後でエルミーヌは冒険者の組合での登録を行った。



「身元引受人と指導者までちゃんと書かれた書類なんて久しぶりに見たよ。それにしても綺麗な字だね」



 受付の中年女性はそう言ったものの、特に詮索もせず木の腕輪を渡してくる。なろうとする者も再び会うことの無いものも多い。いちいち関心を寄せていては身が持たないので、どの町の組合であろうとも受付はこのような性格の人間が配置されている。



「貴族出身者は意外といるもんだが……王族出身者は初じゃねぇかな……」



 ある意味では“先祖返り”たる自分とソウザブよりも希少な存在かもしれないとホレスは言っている。いずれ本当にアークラ王国が再興したならば流浪の姫の冒険譚の序章となるのかもしれない。そう見ればむしろ添え物はホレスの方だ。ソウザブの方は運命の夫として出番があるだろうが。



「コレが冒険者の証なのですね……!思っていたよりも無骨でまるで手枷のよう……」

「へぇ流石に目端が利くな嬢ちゃん。それは確かに手枷だよ」

「各国の法をできるだけ尊重する。組合支部の意向をできるだけ尊重する。そうした無言の意味合いが込められているそうです、とこれはホレス殿からの受け売りではござるが」



 冒険者が単なる流れ者とは異なり、独自の社会的地位を築いているのも無法を行わないという規則が形だけとは言えあるためだ。遵守でなく尊重なのは組合を設立した初代冒険者の交渉の結果でありその偉業の1つに数えられている。首枷や足かせでないのは我々は家畜でも無ければ奴隷でもないという無言の圧力だとも。



「ではまず……この掲示板に貼られている依頼を受けていくんですの?」



 エルミーヌの前にある掲示板には様々な紙が貼られていた。依頼主の裕福さに合わせてか粗雑な紙もあれば上質な紙も、公文書めいた羊皮紙さえあった。

 書かれている内容は商人や貴族の護衛や魔物の討伐といった内容が多く、冒険者と傭兵の境目が曖昧なことを示すかのようだった。



「さて? 今回はどうっすかなぁ……嬢ちゃんの初仕事だし。適当に村々を練り歩いても良いかもなぁ」



 ホレスやソウザブは生活に困っているわけでも無いので、時折気ままにさまようことがあった。そもそも緊急性の高い依頼はこんな掲示板に貼っている余裕が無いので、辺境の貧しい村の危機には対応できない。根っこが善人であるホレスはそうした直接見聞きした依頼を格安で請け負うということをしていた。最上位の冒険者としては奇特な行動と言っていい。



「そうした方がよろしいかと。歩けば体力もつき、魔術を教える時間も取れ申す。そもそも……ホレス殿もそうしたいのでは?」



 周りを見渡せばソウザブ達一行に熱い視線を送っている者がある。別に好意や害意があるわけでなく、懐の温かい依頼人の使いがホレスに直接依頼する機会を狙っているのだろう。前回公爵からの使いに捕まったばかりのホレスはあまり組合に長居したくないに違いない、ソウザブはそう考えていた。大きな街の組合なので酒場と併設でないことも大きく関係している。



「だな……。固っ苦しいのやら面倒なのはしばらくゴメンだ。行くぞ嬢ちゃん。ソウ」

「あのぅわたくしは祖国再興に向けてお金を溜めたいのですが…」

「心配召されるなエル殿。エル殿が着ておられたドレスは汚れを差し引いても相当の金額になりました故。……正直な所、最下位の冒険者が受けれる依頼の報酬100回分でも届くかどうかぐらいの値段で。それはエル殿の物ですからしばらくはゆるりとでき申す」



 普通の駆け出しが聞いたら歯噛みして羨ましがりそうな現状だった。しかし全員が世間一般からズレているソウザブ達はそれに思いが至ることはない。

 まぁそうなんですの、というエルミーヌの声を機に和やかに一行は組合支部から出て行く。物資を補給した後、出発するために。


/


 ホレスとソウザブが行う旅は旅の良いところだけを煮詰めたようなものだ。旅人を脅かす追い剥ぎや盗賊の類は襲いかかろうものなら逆に剥かれる立場となる。

 物資についても気にかけるのは食料や薬品程度だ。常識はずれの怪力を誇るホレスは一行の荷物を平然と担いでいる。何よりも重要な水は例え泥水であろうとも、ある程度濾してしまえば後はソウザブの作った浄化の符を浸せば普通に飲めてしまう。


 とはいえ、お嬢様育ちどころかお姫様育ちであるエルミーヌにとっては難行である。長距離を歩くというだけで足は痛み、汲む水は持ったことがない程重く、土の上で眠っても疲れは取れない。

 それでもエルミーヌは幸福だった。家族を思えば生きているだけでも信じられないほどで、慰み者となっていないのも先祖の神が幸運をもたらしてくれたとしか思えない。庇護者たる冒険者の巨漢は不器用に優しく、何より運命の出会いを果たした伴侶が共にいる。いかな痛みももはやエルミーヌという花の微笑みを壊すには足りなかった。


「わ! バチッとしました! 見ましてソウ様!」

「……感覚を掴むのがお上手ですなエル殿は。それがしは確か10日ほどかかった覚えがあるのですが……」



 それとて早い方だということをソウザブは知らなかった。初級の魔術は理屈で言えば全ての人間が使用可能である。ただし自己に内奥する魔力の存在を認識する必要があり、それはどこまでも感覚によるものでしかないため現実では使える者が限られていた。

そこから更に進んで実用的な下位に入れる者はわずかにしかおらず、中位上位と進むごとにふるい落とされていく。才能が無いなら背骨と手と体力を使って行ったほうが楽なのだ。

 今、エルミーヌの指先からは火花が散っている。文字通り火花という魔術であるが、方法と呪文を教えてわずか2日でエルミーヌは発動に成功していた。



「ローブに飛ばさないようにして、火花をこのほくちに向けて飛ばして下さい」

「分かりました! そーっと、そーっと。……火が付きましたわソウ様! お当番達成です……!」



 子供のようにはしゃぐエルミーヌ。子供のように拍手を送るソウザブ。奇妙に似たところのある二人だった。


/


「……で?どうだ嬢ちゃんは。やっていけそうか?」



 エルミーヌが疲れて寝入ってしまってからホレスはソウザブに問いかけた。魔術のことだけでない。冒険者として生きていけるのかとホレスは問いかけたのだ。



「恐らくは。……やっていけるというよりはやれてしまう、という性質の方かと。生来の気質か教育の結果なのかは分かりませぬが…。魔術の才も上々で、少なくとも下位魔術は使えるようになるでしょう」



 ソウザブはホレスの質問の意図をほぼ正確に察していた。冒険者は他の生命を殺める機会も多い。蝶よ花よと育てられる一国の姫君であったエルミーヌが適応できるのか?という疑念は二人とも抱いていた。

 だがここまでの道中を共にしてソウザブは認識を改めていた。エルミーヌの芯は強く、例え同じ人間種の戦闘となっても折れることは無いだろうと。

 ソウザブは心地良くも未だ慣れていないが、エルミーヌはソウザブを伴侶と既に決めている。そして彼女は身内のためであるならば困難が苦とならない類の人物であるようだった。この場合の身内とは既に亡い家族ではなく、共に旅をする仲間となる。



「良いのか悪いのか分かんねぇなそりゃ……、何かお前に似てるな。あのお嬢ちゃん」

「笑顔があるだけ、それがしよりは手がかからないかと」



 確かに、とホレスは苦笑した。

 翌日には最初の村に着くだろう。新たな仲間を加えたことで何か変化があるのだろうか?

 ホレスがわざわざ担いできた樽から酒を汲み、二人は杯を交わした。どうなろうと、今過ぎ去っていく夜空が美しいことだけは確かだった。

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