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エタイロス

 今一人の“先祖返り”、グライザルは異形の出現とともに動き出した。

 まさに満を持しての登場。ソウザブが神速で敵を穿つ槍ならば、彼は全体を支える盾だ。

 異形の性能は全体として高く、如何に冒険者としては強い部類の銀級チームを取り揃えても遅れを取りかねない。それを補うのがグライザルの仕事。


「来い」


 短く告げた言葉は、数に劣る側のものではない。自分はお前たちより遥かに上だという自負を下地に、経験が言わせる覇者の言。

 突きつけられた死の宣告に、異形の魔人達が群れを成して襲いかかる。明らかなる過剰戦力。それは魔人達の恐れを示すものでもあった。

 対する魔人達は魔人としての要素が薄く、“先祖返り”にとっては隠形としても機能する恐るべき怪物達。魔人として欠けた部分があるために、権能じみた異能は行使できないが…その性能は人間を遥かに置き去りにしている。


 製造された時から強者であった者達が怯えていた。


「シャァアっ!」


 言語を解さない個体が、グライザルに鋭い鉤爪を突き立てる。それを合図にしたように、他腕型の触腕が、獣型の角が、昆虫型の牙が突き立てられる。

 相手は一切、反応も出来ずにただそれを受けた。その事実を認識して魔人もどき達はほくそ笑んだが、伝わった感触を反芻するとその喜びは霧散した。


「終わりか。死ね」


 …人どころか獣を凌駕する筋力から放たれた攻撃の数々。それらが一切、敵の肌を傷付けるに至っていない。そして高まる神威。ああ、この人間は人間ではない。

 隠形型であるがゆえに、相手が神である事実に気付くのが遅れた魔人どもはグライザルの刃圏に立ち入ったままだ。


 グライザルは先祖返りの中でも、よく例えに挙げられる能力を備えている。つまりは鋼を超える硬さ。柔らかいはずの肌がどんな鎧よりも強固。それがグライザルの権能の一端ではあるのだろう。最もグライザル自身は権能の存在を知らないが。

 どちらが怪物か分からぬ筋骨皮の硬さに加えて、グライザルの身体能力は全てが総合的に優秀である。一点突破した特性を均衡が支えて、まがい物の魔では比べるのもおこがましい完成度を誇っていた。



 グライザルの背中から引き抜かれる剣は無骨な拵え。剣というよりは鉈というべきだったが、長大さが加わってまるで首を切るための処刑器具であった。

 事実としてそうだった。グライザルの戦闘は処刑と何も変わりがない。振るう側に危険はなく、無慈悲に相手へと執行される死の塊なのだ。


 打撃と斬撃。無骨であるために両方の性質を持った剣が振るわれる。その一閃は、魔人を上回る膂力を持ちながら、一振りで全ての敵を逃さなかった。ある者は切断され、ある者は強かに打ち据えられてもはや動けない。異形の群れがうずくまって痛みに呻く様は、皮肉にも人間とよく似ていた。



 そんな相手達を無視して、グライザルは進む。トドメは他の者たちの仕事である。その歩みに惑いは一切なし。ソウザブが見ていれば羨むほどの自立ぶりだ。

 それも当然。グライザルはソウザブとは違い、生まれながらの“先祖返り”。己の存在意義など疑ったこともなく、引きずられる衝動すら飲み下して突き進める。なぜなら己の内の祖神からの干渉など彼にとっては日常事である。

 グライザルは神であることに慣れているのだ。


 だからこそ、運命は彼の下に敵を導く。

 

 歩くごとに強くなっていく衝動。殺意という名のソレは、次第にグライザルでも抑えるのが難しくなるほど高まっていく。

 ゆえにこそ行かねばならないのだ。

 向かう先に待つは、魔人の中の魔人。原初の個体が一人。

 放っておけば、彼の下に集う者達を根こそぎ殺しかねないのだ。


「臆せず、怒らず、焦らず…歩みを止めぬか。流石に神。我が存在意義(討伐対象)。お前を殺し、今一人も我が手にかけよう。その時こそ…」


 待ち受けるは黒緑の肌。巨大な体躯は厚さも有り、決して枯れぬ悍ましい大樹のようだ。

 魔人エタイロスがそこにいた。

 

/


 イレバーケが逝った。

 それを感知しながらもエタイロスは悲しむことも、嘆くこともしない。ただ羨ましく思う。


 神との争い。その果が勝利であろうと、敗北であろうと瑣末事だ。

 道具として作られた自分たちが道具からかけ離れていくことこそ、エタイロスにとっては恐ろしいのだ。

 

 残された正真の魔人達は皆、自死する術を持たない。己を製造した神々が命じない限りは、道具にそんな贅沢が許されるはずもない。

 だから全員が暇つぶしへと傾倒した。ある者は研究を。ある者は人と交わり、ある者は静寂を友とした。エタイロス自身も、野に生きる生命と武人じみたごっこ遊び(・・・・・)に耽った。


 しかし、道具である彼らがその代償行為で満たされるなどあるはずもない。本来の用途ではないのだから、むしろ虚しくなるばかりだ。長過ぎる時が流れ…真なる魔神たちは壊れ始めていた。

 

 だが、そんな苦難も終わる。

 ひょんなことから現れた…いや、知ることになったのは新興の神々という存在。今は半人半神に近いが、それでもいずれは天上へと至る者たち。神と戦うために、神によって作られたエタイロスは原点へと回帰する機会を与えられたのだ。


 前に立つは自分よりも小さな戦士。しかしその存在感は魔人を凌駕する。

 迷いはなく、そして言葉を話すことすら最早不要。


 ただの道具に戻れる喜びにエタイロスは打ち震えていた。それがどれだけ矛盾した願望なのかすら判断できない程に、エタイロスもまた既に壊れていたのだ。


 機械的に行われる死闘が幕を開ける。

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