華が来たりて
ソウザブとイレバーケが戦闘を展開してる間にも、他の冒険者達に苦難が押し寄せてきていた。
「生贄だぁ! 魔人様へと捧げれば、望みが叶うぞぉ!」
「あの子に会うのよぉ!」
押し寄せる人の群れ。
しかし、覚悟さえ決まっていれば冒険者達にとっては何ほどのこともない。冒険者達は丘の上に陣取っており、狂信の軍隊は押し寄せれば押し寄せるほどに勢いが減じていく。
「ああっ! くそっ! 気色悪い! あっちいけ!」
銀級冒険者が長い戦棍を振り回す。
まさに振り回す、と言った感じだがそれだけで狂信の群れは面白いように吹き飛ぶ。まるで自身が先祖返りになったような気分になり、強いて引き締める。
人との戦いは良心との戦いでもある。が、逆に言えばそれだけである。
暴徒の群れと銀級冒険者の間にはそれほどの技量差が存在する。
数の差という点でも魔神教徒達はあまり優位に立っていない。この地に集った冒険者達、三十名ほどに対して暴徒たちは三倍程度である。
これが十倍や百倍といった数ならば、滝のように押し流すことも可能だが…この現状では不可能だろう。
加えて言えば魔神教徒には無く、冒険者たちにある絶対的な差が遠距離攻撃の有無。射程の差である。
小気味良い音と共に、狂信の男の頭に矢が突き立つ。
冒険者達には弓矢、魔法、スリングによる投石などと言った遠距離攻撃の手段がある。対して信者達に可能なのは投石ぐらいだ。訓練を経ていれば投石もあるいは届いたかも知れないが、彼らは只人である。
どこを見ても狂信者達に勝ち目は無い。
最も無常なのは元々彼らが脅威と最初から認識されていないところにあるが…
/
今のところ、この集団戦で最も戦果を上げているのはサライネだった。
見た目にも重量のある剛弓を引き絞り、放つ。高所であることも加わり、恐るべき威力で確実に狂信者を狩っていく。
「……凄いですね。この距離で的中させることもそうですが……」
グライザルの妹が呆れたように述べる。
「その弓をいくら引いても尽きぬ、体力腕力。実は貴方も先祖返りですか? サライネさん」
「まさか。鍛えただけだ。家が没落して弓騎士の道に縋り付いた、果ての結果だ」
それを支えるのはようやく得た忠誠を捧げられる相手。
しかし、まだ足りない。足りない。
サライネは人を狩る現状すら鍛錬の材料にして練り上げていく。
弓を捧げた姫は優秀な魔術師に育つと見込まれている。その伴侶たる王に至っては次元が違う強さを持つ。主君より劣る騎士…珍しくも無いだろうが、絵物語の騎士を目指すサライネにとっては冗談ではない。
この地で最も高所に陣取り、目立つ胆力もそこから来ている。
だから見つけたのは彼女が最も早かった。
「! 来たぞ! 魔人だ! 注意せよ!」
叫びが谺する。
射手が持つ鷹の目が捉えたのは異形。怪物と区別無き低級な魔人ども。
しかし、超越者ならぬ身である多くの冒険者達にとっては決死の相手である。
/
多腕型、隠密型、性能重視、獣型……
イレバーケが父母の後を追うために作り出した、異形の群れ。彼らが子を成せば、それらも魔人と称されるが、ここにいるのはイレバーケの研究室から連れ出された者達であり、それゆえに見た目に一貫性が無い。
知能を高めた個体は少なく、ただひたすらに化け物の群れだった。
「くそっ! こいつと戦ったことあるぞ!? 魔人倒したって自慢しときゃよかったぜ!」
「てめぇグラッホ! あん時はトドメさしたの俺だろ!」
多腕型を相手にした冒険者チーム“ざわめく小鳥”は自身達が小鳥になったように軽口を叩き合う。
「軽口は良いが、集中はしろ。……今回は二体相手なんだからよ」
リーダーであるサメルスが流石に集中を促した。
魔人の性能は高い。人よりも上の獣よりもさらに上だ。
「全く気味の悪い! 合わせろウレイザ!」
「よしきた! 遅れるんじゃねぇぞグラッホ!」
“ざわめく小鳥”は全員が大剣使いという一風変わった銀級チームだ。
背中の瘤から六本の腕を生やして、繰り出す多腕型。それを息のあった剣撃で迎え撃つ。それはハサミのように作用して、魔人の肉を見事に断ち切った。
「よっしゃ!」
快哉を叫ぶグラッホの後ろから影が迫る。
「……二体いるって言っただろ、アホが!」
危うく伸びた腕に捕獲されるところだったグラッホをサメルスが救う。横合いからの大剣の縦斬りで、触手を両断した。
グラッホとウレイザが合わせてしたことを、1人でやってのけるサメルスはリーダーに相応しい人物だった。……グラッホとウレイザの息があったチームプレイ。それの尻拭いをするのがサメルスであり、3人編成のチームは最小限の人数だからこそ、強力な連携が可能だった。
「っておい! そんなの有りかよ!」
もう一体の奇襲に対処している間に、最初に切られた魔人の腕は再生が完了していた。
「前みたいに相手が1人なら押し切れるんだが……」
相手は二体。時間をかければさらに後ろから別の個体も来るだろう。
退くしか無いか? 迷ったその時だった。
「では人数を増やせば良いでしょう?」
花の香りに涼やかな声。この場に似つかわしく無い、一輪の花が降り立った。
「……」
誰かは三人も知っている。だが、これほど間近に見たことは無かった。
修羅場であることも忘れ果て、呆けたように見惚れる。
温室で完成された美には欲も沸かず、ただ魅了されるのみ。
「もう一度」
「……へ?」
「もう一度、あの腕を切って下さい」
「お、おう! やるぞグラッホ!」
何か静かな迫力に押されて、2人は再びハサミの剣技を披露することになった。
……なぜ我々は従っているのか?
彼女は命令もせず、頼んだだけだ。頭も下げて、真摯に頼まれた。それにも関わらず、気圧された。しかも不快感が全くない。
再び、迫り来る腕。
再生が可能な多腕型は学習能力に欠けているところがあるのは、見る側にも明らかだった。
ゆえに結果も繰り返し。
両断されて、時間を稼がれては再生。
そうなるはずだった。
「緩やかな霜。舞い降りる氷精が冬の訪れを告げる――〈氷結〉」
中位の中でも消費の少ない魔術。剣撃と同時に構成されたソレが触腕の傷をふさいだ。
彼らなりの言語でもあるのか。耳障りな声をあげて不快を示す魔人とは対照的に、アークラの華は告げた。
「このような感じでいかがでしょう?」
「はっ! 旦那に浮気と思われなきゃいいがな! いくぞ! 即席4人編成!」
金級冒険者の恨みなど買いたくは無いし、なぜだか傷付けるわけにも行かない気がする。
奇妙な気分を持て余しながら、サメルスが指示を飛ばす。
「凍らせても、剥がされちゃ意味ねぇ。次の魔人も来るだろうし、さっさと片付けるぞ! 後アンタも俺の指示に従え」
ロウタカの街にこれほどに輝いている女は1人しかいない。他の国にもいるかどうか?
敏捷神の妻にして、冒険者。
「華のエルミーヌさんよ! 頼りにしてんぜ!」
「ソウ様は浮気とか疑うような方ではありませんよ?」
「そこかよ」
「ははっ。この顔で姫様を守る騎士とは俺達も出世したもんだ」
先は分からないが、今この時だけは怖れるものは何もなくなった。
あとは剣を振るうのみ。