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初戦

 スールト、ディス、アイレス、イレバーケ、ウクイヌ、エタイロス!

 スールト、ディス、アイレス、イレバーケ、ウクイヌ、エタイロス!


 奇妙な叫びが山間にこだまする。

 山というよりは四方を丘に囲まれたために窪地となっているような場所だったが。

 そこでは火が炊かれ、何事かの呪いを唱えながら人々が火の周りを狂ったように舞う。


「こりゃまた…狂信の見本みたいな光景だな」

「祭りのようにござるな」


 実際に祭りなのだろう。魔人達を招来し、願いを訴える祭りだ。

 こうした宗教はまれにだが発生する。一般的な祖神信仰や光神や冥神に対する祈りは恩恵が薄いからだ。

先祖返りという特別な存在が実際にいるために、自分が選ばれなかったという気にもなるのも元々の信仰を捨てるのに拍車をかける。そして、実在する人物を祭り上げる行為が始まるのだ。

 常ならば王や先祖返りした獣などを祭るのだが、魔人を信奉するのはこの地ならではといったところか。


「そんな可愛げのあるようには思えないけどねー、数は大体百かな?武器の類は見えないけど…衣類は着たままだから短剣ぐらいはありそう」

「服を着る理性ぐらいは残っていて良かったよ」


 サーリャとユイナはさすがの冷静ぶりだった。仮に人が相手となっても容赦なく戦うだろう。非情なようだが、訓練を積んだ戦士とはそういうものだ。武によって口を糊する以上はまず、他を害する切り替えは必須である。そこに矜持などを持ち込むのは後になってからだ。


「辺境域にこれだけの人間が集まる余裕があったなど驚きにござるな」

「…いや、よく見れば身なりの良い者もいる。辺境域の人間だけではないのだろうよ」


 グライザルの言に目を眇めて見れば、確かに質の良い布地の衣装を着込んだ者もいた。そういった人物ほどおどろおどろしい紋様を身につけている傾向もあった。自分が邪教徒だと主張するような格好。…それこそ、仮装のように正道を外れる感覚を楽しんでいるのだ。

 目的がある人間ばかりではないということであり、ソウザブには理解し辛い感覚だった。気ままに旅をしているように見えてソウザブは目的が無ければ動けない(・・・・)たぐいの人間だった。


/


「というかあの人ら、なに叫んでるのか全然わからないんだけど」

「古代語ですよサフィラさん。でも、意味がある言葉ではなく名前を叫んでいるのに近いですわ。「スールトの子、アイレス、イレバーケ、ウクイヌ、エタイロス」と繰り返しているだけです」


 エルミーヌの言葉になぜだか懐かしい記憶…というよりは知識…が蘇るソウザブ。

 神々が同じ神に対抗するための兵器。使い捨ての歩兵達。神々にも通じる能力を持ちながら、アレらの本質はひどく脆い。

 それは敏捷神の祖神である馳走法神の記憶。

 潰さねばならぬ、アレは覚者の邪魔立てをする者達であり、愛を求める行為を阻害する者達。いいや、物である――


「…言っておくけど、これ以上勉強の時間は増やさないからねエルミーヌ。魔人教っていうぐらいだし、魔人の名前なのかな?」


 ソウザブは弟子の声で現実へと帰還した。遠い夢を見ていた。いやアレは…。


「その可能性が高そう。でも、調査って言ったってなぁ…なんか仲良くできそうな雰囲気ではありませんでした、で納得してくれないかな」


 サーリャの言葉に事実を話す時が来たのだ、とソウザブとグライザルは同時に考えた。


//


「さて…ここまで隠してきたが、これは罠だ」

「あ、やっぱりそうなんだ。でも師匠達がいればあんな人達は余裕じゃない?」


 意外に薄い仲間たちの反応に少し困惑しながら続けた。


「恐らく、先日出会したいわば上位の魔人が複数出て来るだろう。敵…あえて敵というが、も馬鹿ではない。価値観が違うなりに頭は使ってくる。前回単独で破れている以上は複数で来るはずだ」


 武人の業だ。

 命のやり取りをする以上はどうしても因縁が生まれてしまう。知らなかったとはいえ魔人を殺害してソウザブは自身と魔人達の間に繋がりを作ってしまったのだ。


「…どうにも街を巻き込んで乱戦に持ち込みたがっているようだったので、ここまで黙っていた。すまなかったな」


 ソウザブの慚愧を感じ取ったのか、グライザルが引き取った。

 …未だ未熟。幸福への道のりは愚か、人としての成長も遠い。ソウザブはややズレた感想を抱いた。


///


「これは流石に気付かれていない…と思いたいが、ロウタカの街の冒険者。その中で銀のチームが協力してくれている。ああ…他の丘にいるのがそうだ。勿論、念のため街に残っている者もいるが」


 寡黙ながらグライザルはロウタカの街に根ざして長い。

 彼の伝手は強固でありながら広かった。鉄や木ならばともかく、銀を動員しての体制はソウザブには不可能なことだ。実力云々ではなく、築き上げた地盤が新参とは違うのだ。

 ここまで僅かながら相手を知ることが出来たのもグライザルに協力したチーム“フクロウの立ち木”が依頼人を監視していたからだ。偵察専門の銀、という彼らは根気強く豪商の家を監視し、話を盗み聞いていた。

 ソウザブがやろうとしたことだったが、先祖返りでは感づかれる恐れが大きかったのだ。

 豪商が何者かに指示されていること、狙いがやはりソウザブとグライザルであること。そして屋敷を訪れた少女風の魔人以外にも“お母様”という存在がいることから複数で来ると予測ができたのだ。


「我々は彼らと共同して、信者を初めとした敵をまず討ちます。ソウザブさんとグライザル兄様が上位魔人に対処。敵が魔人で無いのならこのまま丘の上で待ち構えます」


 信者達が敵に回るのならば、酔いに任せた突撃だ。駆け下って突撃するよりも、坂を活かして勢いをくじくことを選択した。

 上位の魔人を相手取るのならばソウザブとグライザルは恐らく仲間の助けに向かえない。


「お前たちには人間を相手にしてもらうことになるだろう。嫌な役回りではあるが…頼んだ」

 

 仲間たちに独力での対処を頼む。自身が戦士として突出しているという傲慢な自覚と、助けられない不甲斐なさと…あらゆる感情が混ざり合ってソウザブは思わず頭を下げた。顔からは火が出そうだ。

 そんなリーダーに仲間たちは「本当に仕方の無い人だなぁ」と、苦笑を浮かべた。仲間なのだからそうしたことは気にしなくてもいいのに、と思いはする。

 同時にソウザブに他の面子が全くついて行けていないのも事実なのだ。もう笑う他はない。


////

 祭りを監視しているのは他の丘に陣取る冒険者達もだ。

 遠く離れていても、狂信の熱気に当てられてしまいそうな感覚を抑えながらじっと身を地に伏せていた。耐えることどれくらいか、場に変化が現れた。


「おいおい、ありゃ生贄か…いよいよもってシャレにならなくなってきたな。ああいう連中はなんだってこういう時に見目麗しい女の子を使うかね?」


 煌々と燃える篝火に一人の少女が引き出される。粗末な衣服に、粗雑な扱い。

 どう見ても歓迎会には見えなかった。


「勿体無い、と自分達が思うほど効果があると思っているのだろうよ。ソウザブさんに合図を出せ。あの人なら丘からでも間に合う。噂の上位魔人とやらが見えないのは気になるが、放っておくわけにもいかないな」


 魔人に遭遇した経験を持つ者は少ない。

 下位ならば幾らか出会した者はいるだろうが、下位ではそこらの怪物とあまり区別がつかないのだ。

 目の前で起こる惨劇を回避しようとした良心が戦いの口火を切る。


/////


合図は〈火球〉を応用したもので、小さな灯りが宙に浮かんだ。術者とはズレた位置から浮かび上がる術は独自の工夫が凝らされており、流石に銀級の冒険者達だった。

 同時にソウザブが疾走の体勢を取り、後背に声をかける。


「エル殿。…頼み申した」


 すまない。すまない。あなたをいかなる危険からも守ると言ったのに…


「お気になさらないで、ソウ様。あなたの敵は私の敵。この愛と恋のために、全てを打ち倒して見せましょう」


 いつも通りの微笑みが返る。エルミーヌは花だが、儚げなどではなく力強く陽を目指す花だ。何かを害することも好きではないが、それはそれとして譲れないモノのためならば嘆きごと潰してしまう。


「さらっとエルミーヌが怖い…師匠、オレには何か無いの?」

「お前はそれがしの弟子だからな」

「へへー、いいよ。それで十分」


 いつも明るいサフィラは子犬のようだ。こうまで慕われたことなど今までには無かった。歩く度に大事な物が増えていく。


「他の者らはそれがしの兵だ。付き合ってもらうぞ」

「いよぉっし!俺っちの魔剣が初活躍するぜぇ!」

「…効果は分かったのか?」

「突っ込まないであげようよ…」


 剣を無闇に振り回すエツィオに苦笑した後、ソウザブは風となった。…そういえば、あの魔剣はどんな代物なのか。先祖返りである自分には知ることができないが…それが有用なものであれば良い。


 地を蹴る。

 下りという地形に乗りながらも、危なげなく跳ねる脚は体術の賜物だ。そこから得られた速力を跳躍へと変化させて、あらゆる狂信者達の意識を置き去りにしてソウザブは祭壇へと到達した。


 少女の黒髪を引っ張っていた巨漢の首筋に剣を差し込む。

 完璧な手応えが過去の記憶を呼び起こすが、仲間だけにさせて自分はしないということなどはしな…待て、黒髪?


「神と聞いていたけれど、愚かな人間共とさして変わりは無いようね。こんな小細工に引っかかってくれるなんて」

「ぬぅっ…」


 生贄の少女(・・・・・)からの一撃をすんでのところで受け止めた。サフィラよりも華奢な体躯でありながら膂力は完全にソウザブを上回っている。速度偏重型の先祖返りであっても、常人の数倍はあるソウザブを完全に力負けさせていた。

 あろうことか剣と生身の手爪が鍔競りあっていた。そして、会話ができるほどに高度な知性。人を見下ろす発言。


「影から出てくるとばかり思っていたが…貴方が上位魔人か…!」


 依頼人の屋敷に出入りしていた黒髪の少女。使い走りなどではなかったのか?予定が変わるとまでは行かないがやや意表を突かれた。

 力強い手を絡めて弾き、幾らかの間を作り出してソウザブは仕切り直した。

 すぐに終わらせる。

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