罠へと
グライザルとソウザブの二枚看板による共同作戦は、ロウタカの町ではちょっとした話題の種となった。辺境にあるがゆえに毎日何かと騒がしいこの街だからこそこの程度の盛り上がりだったが、華の中央諸国ならば連鎖して何某かのお祭りにでもなっていただろうか?
「聞いたかよ、金級二人をあのガルエンのジジィが雇ったって」
道行く労働者達が、酒場で管を巻く男達が、仕事の合間の職人たちが、話し合うには格好の話題だった。別に話の真偽はどうでもよいものだ。
「聞いた聞いた。金があるやつぁいいねぇ…そりゃ失敗なんざしないわな」
地面に腰を降ろした男は日陰で涼みながら、呟いた。彼らだって懐が豪商ほどに暖かければ冒険者に依頼したいことなど腐るほどある。実際にそれほど裕福ならば抱えている悩み事態の大半が無くなっているだろうが、想像は自由だ。
「でもよぉ…街の拡張のための依頼って聞いたぜ?」
裕福な者達への愚痴になりそうだったのを別の男が方向を変えた。
街の拡張…それが叶えばロウタカの街は確かに栄えるだろう。少なくとも職人たちは仕事にあぶれることはなくなり、道端で絶望している者達からも拾われる連中も出て来る。
「何度も話だけはあがってたけどよぉ、最後まで行った試しなんざ無いじゃねぇか。人気取りで最初だけ金出して終わりだろうよ」
「そうそう。大体辺境側はマトモな道すらないじゃないさ。まず道を舗装するところからしなきゃあ」
男達は鼻を鳴らしながら、自分達ならああする。いやいやこうする。と話し合った。
ロウタカの町の住人達は口さがない。そもそもからしてどの国にも所属していないために遠慮というものを知らないのだ。町を牛耳る有力者相手であろうとも何のその。真っ昼間の道なかで大声で話し合っていた。
内容自体はどこでもあるものだろうが、他所ならば少しは声を潜めたりなりするものだ。それを含めて噂話というものの楽しみである。だが、ロウタカの町の人々にとってはそうではない。そうしたモノは陰口に分類されるものであり、大声で交わし合ってこそだ。ソウザブの故郷風に言えば“粋”ではないのだ。こうした美意識が案外、ソウザブがこの場所に腰を落ち着けている理由かもしれなかった。
「しかし“魔人教”とはな!魔人が本当にいると思ってるのか?信じてる連中も依頼した金持ちも馬鹿ばかりだぜ!」
魔人の存在を一般の人間たちは知らない。というよりは冒険者であろうとも殆どは知らないのが普通である。実際に魔人と対峙しようとも怪物や先祖返りとどう区別をつければ良いのか曖昧だった。冒険者の中には低位の魔人をそうと知らぬまま倒した者も多いだろう。
例外があるとすれば先祖返りが魔人と出会ったときである。強力な能力と同時に神としての血に引き摺られる先祖返り達は魔人と相対すれば、神代の時代の衝動にかられる傾向があった。
それとて、“この敵は何か違うな”とかそういったものであるが。
「ソウザブとグライザルは?」
「止せよ、首が飛んじまう!」
金級冒険者は人気が集まりやすく、分かりやすく尊敬の対象だった。しかし同時に畏怖されてもいた。その域に達したものは良かれ悪しかれ突出した能力を持つ。個人の人格がどうであれ、一般の兵はおろか怪物達をも容易く殺せる存在は遠くから眺めているのに限る。
それはロウタカの住人であっても変わりは無いようで…なるほどソウザブもグライザルも最早人というよりは怪物と言ったほうが良い存在であった。彼らが気まぐれを起こしただけで只人は蹂躙され、街さえも滅ぶだろう。
「魔人ならいるじゃねぇか、お前の家によ。今度浮気したら生贄にされるだろうから、拝みにいってやるよ」
噂話から離れて男達は身近な話題へと移っていった。
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辺境域の旅は…別にこの地だけでもないが、大部分は退屈である。
依頼の目的地に向かう一行も自然と会話が多くなった。
「…というわけで、街の拡張計画というのはあまり現実的ではないんですね。できる出来ないというよりは、拡張してしまえば近隣の国家を刺激する。そうなればまぁ取り囲まれて終わり。何らかの選択肢が突きつけられることになるでしょう」
グライザルのサポートの女性が語る。
ロウタカの街はどの国にも所属していない。…がそれはロウタカの街が独歩できるほどに強力だからではなくむしろ逆。食ですら辺境域の珍品で儲ける商人たちがいなければままならない程に貧弱だからである。
開拓が順調に進み、雑穀以外が手に入るような肥沃な農地でも見つかれば、隣国はそれこそ収穫にかかるだろう。街の雰囲気を保ちたいのなら現状を続ける綱渡りしかない。
「選択肢があるだけマシなのかねぇ」
彼女の話の聞き手は専らエツィオだった。
流れの傭兵として頭が回るのも理由だろうが、それだけではないだろう。純粋に人間として馬が合うようだった。案外、さらに仲が進展するかもしれなかった。
「どこの国もそんなに領地を広げてどうしたいのだ?」
ロバが口を挟む。彼からすれば人間の営みなど不思議でしかない。
それとも案外にロバの世界にも複雑な政治闘争があるのか…だとすれば滑稽な話だった。人もロバも同じ大地を巡って覇権争いをしながらも全く衝突していないことになる。
「無闇に広げるのではなく、豊かな地帯がほしいのですよ。現状、ロウタカの街が放って置かれているのはすぐ横に危険な地域が広がっているのと、農作による定期的な収入が無いからに過ぎません。防備も自警団の域を出ていませんから戦争をしても大した苦労なく食べられてしまうでしょう」
最初こそこの珍奇なロバに驚いたグライザル達も流石に慣れてきていた。先祖返りが所属するチームは状況への適応性が高かった。人間離れした存在に驚かされ過ぎて麻痺が進むのだ。
「冒険者は基本的に関わらないからなぁ、そのあたり。本部はどう考えてるんだろう?」
「何も考えていないでしょうね。大体冒険者が加わっても国相手にはどうしようも無いでしょう。ソウザブさんやグライザル兄様がダース単位でいれば別でしょうが」
どうにもサポートの女性は本当にグライザルの妹であるようだ。
それはさておき、冒険者組合は支部を置いた都市が侵略されようとも特にすることがない。むしろ、冒険者達が介入しないよう警告して回る立場で、組織としては当然のことでも過去に苦い顔をしたことのある者も多いようだった。
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「先祖返りがそんなにいたら理不尽過ぎるよ…敵が可哀想になる」
サフィラがボヤいた。
先祖返りが戦場に複数いることは稀である。単純に数が少ないということもあるが、強大な力を持っているために誰かに仕えるという意識が薄い。
「それをやっているのがガザル帝国。どの国も国で抱え込んでいる先祖返りはせいぜいが一人。そこをあの帝国は4人揃えているわけだから…皇帝本人が先祖返りという噂すらあるよ」
「向かう所敵なし、だね。あーやだやだ冒険者どんどん生きづらくなる!」
グライザルチームのサーリャとユイナがうめき合う。
確かにガザル帝国がこのまま版図を広げれば、いずれは冒険者という職自体が消えて失せることになるだろう。彼の国は冒険者を認めてはいないのだから。
「まぁ先祖返りであっても、対先祖返りの経験を積ませた精兵が相手となれば鎧袖一触とは行き申さぬ。人工先祖返りの失敗作とされる強化兵も数を揃えれば中々に厄介。英雄達の時代もいずれは終わりが来もうす」
「あー、こんな話題やだー!」
ソウザブの言は帝国の侵攻もそう簡単にはいかないだろう、ということを伝えたかったのだが、実際に言ってみればさらに夢の無いことになってしまうのだった。
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夜になった。
現在、歩みは遅いながらも着実に目的地に近付きつつあった。あと2日ほどで何者かの罠に踏み込むことになる。
皆が静かになった後の僅かな時間、二人の先祖返りは少しだけ真面目な話をする。それがここ最近の習慣となっていた。
「…ソウザブ、魔人と戦った経験は?」
「今思えばああ、と思い当たるのが2度ほど。一体はそう大したモノではありませんでしたが…もう一体は先祖返りもかくや、というぐらいには恐るべき存在でござった」
「…そうか、ならば感じたか?あの身を縛る衝動…因縁にも似た敵愾心を」
寡黙なグライザルが言葉を紡げば、そこに込められた要素は必要以上に重くなる。だが、この話題に関してはしっくりと来る声音だった。自分達の根っ子にある部分のことであるからだ、とソウザブも気付いている。
「ええ…本能に振り回されるような感覚。自分以外の記憶が流れ込んで来るような…そして」
「「相手もそれを感じているようだった」」
それは“神”としての自分達の声なのだ。
神としての力を振るえるようになったことによる恩恵は大きい。同時に神としての性質に自我が大きく影響される。そのうち人格にも変化が表れかねないのだ。
「アレらと我々は不倶戴天。決して共存できぬ。いずれ人間が魔獣や獣達と肩を並べる日も来るやも知れぬ。だが魔人と先祖返りはそうできぬ。我々はともにそれを感じたわけだ」
グライザルは珍しく饒舌だった。彼は幾度、魔人と見えたのだろうか?ソウザブが来る前は彼がロウタカの街を拠点とする唯一の金級冒険者だったのだ。
「虚しい話にござるな。恨みも何も無くとも、何かがそれがし達を縛る」
先祖返りだけでなく、魔人達もそうだ。
魔人達も先祖返りに対する敵意を強く感じているのだ。因縁ではなく、生来のものとして。
そして既に戦い、ソウザブ自身が二体…いや二人の魔人を切り捨てている。最早因縁が無いなどとは言えなかった。
「…あるいは、それをこそ運命と呼ぶのかも知れない」
グライザルが最後に呟いた言葉は妙に場へと響いた。




