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調査の前に

 ロウタカの街は新しい街である。その発展も、住人達が好き勝手にやった結果でしかない。人であれ勢力であれ、主導していくような存在が誕生したのはごく最近のことだった。

 結果として、街並みは歪で統一感がない。商業区画だの居住区画だのといった分け方がされていない。

 

 それが最も現れるのは夜だ。

 他の街のように夜でも明るい区画が存在するわけではない。しかし、そういった需要はあったし供給する者も足りている。暗く静まり帰った通りで一軒だけ煌々と灯りが点っていたりすることになる。

 他国からやってきた者が思ういかがわしいという評価はここからも来ていた。慣れない者にとってこうした光景はどことなく不安に思えてくる。通りを抜ければ空気が違う…ではなく、店や家一つ通り過ぎる事に雰囲気が違う。

 気分の切り替えが上手く行かずに気色が悪くなって来るというわけだった。


 ソウザブとグライザルが辞した後の屋敷。そこは豪商の家のはずが灯りが消えたままだった。


/


 ロウタカの街が誇るものの一つに“冒険者”というものがある。

 組織自体は各国にあるものとほとんど変わりがないが…この街に集う冒険者達は未踏の地への焦がれを持つ者が多い。なにせすぐ横に未だ手付かずの地が残っているのだ。

 強力な魔が潜み、誰も入ったことの無い遺跡に溢れている。それだけに危険は多い。この街に居つくの安寧の中では満たされない冒険者。だからこそロウタカの街の住人は言う。



「冒険者ってのはこの街にいるようなのが本物さ。他所の国の冒険者? あんなのはまがい物だよ。傭兵とさして変わりがないじゃないか」



/


 ロウタカの街で数少ない夜でも明るい店。“林檎を齧る鼠亭”は活気に満ちていた。

 “林檎を齧る鼠亭”は木製の良くある酒場兼仕事斡旋場である。室内は毎日の清掃でそれなりに清潔ではあったが、質の良い店だとはいえない趣だ。調度品等は質素の感が強い。いざという時に店を捨てることも考慮しているのだろう。

 高級酒場もこの街にあるにはあるが、そうした場で楽しめる者ばかりではない。結果として冒険者の多くがこの店に集まっていた。



「はい! じゃあーグライザル一行とソウザブ一行の依頼達成を願ってー!かんぱーい」



 グライザルの側の席から明るい女の声が上がる。

 冒険者らしく短い髪に鍛え上げられた肉体だが、それが実に似合っている。自然体な雰囲気をまとっており、膨れ上がっているというよりは締まっていると表現した方が的確だろう。

 

 かんぱーい、と唱和する一同。とはいっても2パーティ以外の物好きも大分混ざっていた。むしろこちらのほうが多いくらいだった。

 ロウタカの街が誇る2大看板が同時に行動するのだ。今まで無かったことが不思議だが、金級が率いる一行というものはほとんど我が強いため必然でもあった。ともあれ、目立つことに変わりはなく、酒場は大賑わいである。

 野次馬めいた冒険者達は単に騒ぐ理由としているだけのようで、好き勝手に盛り上がっているためにソウザブ達は上手くグライザル達と親交を深めていられた。



「しかし、アレだなどっちもチーム名無いのか。こういう時締まらない気がするぜ旦那。俺っち達も何か名乗るとかするかい?」

「しかし、名乗るほどの特徴は無いからなあ」

「いやいや、あんた達で特徴無いなら大抵のチームは特徴無いから。…え?本気で言ってるのそっちのリーダー」



 エツィオとソウザブの会話に割り込んできたのも女性だ。

 僧侶めいた長い純白のローブに身を包んでいるが、遠慮の無い性格であるらしかった。ズバズバとソウザブにも口を利いてくる。最もソウザブには金級による特権意識など無いが。



「我らが王は困ったことに常に本気だ」



 サライネがため息混じりに応じる。常に決定に従うサライネだったが、全く思う所が無いというわけでもなかった。騎士という立場に寄って立つサライネだからこそ、むしろ主達には高いところに立っていて欲しいのだ。



「まぁチーム名って言うなら、チームグライザルの方は決まってるだろう」

「お? なになに?」

「「「グライザルハーレム」」」



 そう。グライザル一行はグライザル以外が全員女性で構成されている。本人が寡黙なのもあってどうにも「むっつりスケベ」的な印象が拭えなかった。



「……心外だ」



 宴が始まってからようやくグライザルが声を発した。


/



「大体、女性の人数ならそっちも一緒でしょうが」

「まぁ確かに」



 チーム・グライザルは女性3人。ソウザブ達も3人だ。

 加えて言えば実際にリーダーと結婚してる人数も考えれば、むしろソウザブの方が変であった。とはいえ男の人数がある以上、印象は異なってしまう。



「俺っち達もチーム・むっつりか……旦那以外得して無いけど。どうだいサライネ。俺っち達も…」

「ふざけろ。ポリカの方がマシだ」

「マシって……」



 無視されるよりはそれこそマシだろうが、なんとも言えない表現である。ポリカは落ちこめばいいのか、喜べばいいのか分からない。



「アンタ達で変わってるところって言えば、まぁ後は私兵が多めってことぐらいね。でもそれも特徴っていうほどじゃ無いわね」



 音頭を取った女戦士サーリャが言うと、僧侶姿のユイナも答えた。



「金級冒険者の中には100人近いチームもいるからね。数で押すタイプってやつ」

「なんか冒険者って感じしないですね、それ」

「それだけの人数での行動をやりくりできるのは、偉大ではありますわ」

「そりゃお姫さんは旦那以外見てないじゃないスか…」



 酒が入ったことにより、雑談は続く。

 その陰でソウザブとグライザルは向かい合ったまま、会話への参加には消極的だ。コレは双方の性格というよりこれからの状況に思いを馳せているからだ。

 ……依頼は受けた。罠にかけられる際に街の人々が巻き込まれることは避けなければならない。だが罠をくぐり抜けられるかどうかは完全に別の話である。仲間を置いて二人のみで行くことも考えたが……それこそ怪しさが過ぎる。

 そのような思考自体が既に罠にかかっていると気付きながらも止まれない。勿論、多少の小細工はこちらもしたが……


 そんな二人をグライザルの妹グラネルとソウザブの弟子サフィラは黙って見ていた。サフィラはある意味ではエルミーヌよりもソウザブに近い。何かがあると気付いている。

 事情を知るエツィオが宴に乗り気なのも付け焼き刃ながら連帯感を増すためだ。本気で楽しんでもいるだろうが。



「……そろそろか」

「そうにござるなぁ」



 地酒を傾けつつ、二人の金級冒険者は目線を交わした。


/


 件の依頼主の屋敷。

 灯りも消された一室。

 そこに依頼人の他にもうひとつ人影があった。



「ご指示通りに“先祖返り”達をおびき寄せる依頼を出しました。なにやら感づいてはいたようではございますが……依頼を受けることにはしたようです」

「結構よ、人間。芥にしてはお使いができて偉いわ。お母様もお喜びになるでしょう」

「ははぁ!」



 そこに不安定な地域で財を成した豪商の姿は無い。椅子に腰掛ける誰かの前で地に這いつくばり、頭をこすり付けている。

 声は少女といってもいいものであり、影が織りなす一幕は倒錯的な雰囲気があった。実際にはそのような関係に無いが、使用人達にはあえて「主人の奇矯な趣味」と思わせているので間違いでもない。


 あらゆる闇と壁を超えて見ることができるものがいたのなら、少しだけ違和感を覚えたことだろう。会話からすれば少女めいた影が魔人ないしそれに類する存在であることは分かる。だが影は上位魔人イレバーケではなかった。

 かの女魔人は妖艶な妙齢の姿をしており、このように小さい影ではない。



「生まれてからはや幾星霜……これでようやくお母様の期待に応えられる。褒めてもらえる。ああ……使命とはなんて素晴らしいの!」



 うっとりとした熱を帯びる声。子供のように無邪気で無垢な願いだが、担いでいる片棒は人の命を狙うものだ。強大な力を付与されて製造される魔人は生まれつきの“先祖返り”よりも歪みが大きかった。

 その特異性を見て豪商はおもねりの表情を濃くした。これほど人間を上回る存在達ならばきっと至上の利益をもたらしてくれる。それならば自分の見栄や意地などごみ箱にでも放り投げようと、さらに卑屈な態度を取る。


 そしてその光景を屋敷の外から静かに眺める目。

 この気配を断った存在に少女魔人は経験不足から、豪商は熱を入れすぎて気付くことがなかった。

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