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調査の依頼

 ロウタカの街にも随分と馴染んできた思いがソウザブにはあった。


 最初から勇名高い“竜殺し”と共に活動していたために、ソウザブの冒険者としての経験は一風変わった放浪の旅であった。それは冒険者というよりは旅人としての面が強い。

 辺境域を探索するためにはロウタカの街を拠点とすることが欠かせなかった。一箇所に拠点を定めて、活動するという一般的な冒険者達と同じ生活をいまさらとなって体験することになったのだ。


 冒険者というと幾多の困難に好んで立ち向かうような印象を与えるが、大多数は安定した生活を望む。そうなればひとところに留まった方が名声も高まりやすく、依頼も多くなりひいては報酬の増加につながる。


 冒険者の仕事が専ら探索と討伐に多いことがこの傾向に拍車をかける。

 未知の敵と戦うならば、どんな手を用いてくるかも分からない以上は相手が格下であろうとも危険がつきまとう。その点、対策法が確立して更に慣れも加われば格上であろうとも安定して討伐できるのだ。

 採集や探索については言うまでもなく、動植物の生息域を事前に把握すれば余裕ができる。そのあたりの知識は当然、各チームが専有して明かさない。


 ロウタカの街におけるソウザブ達一行の評価は高い。美人が多い、ということが最大ではあったがソレを抜いて考えても一風変わった集団なのだ。

 有力者に肩入れしない。報酬よりも依頼内容で仕事を選ぶ。それでいて率いているのは金級の冒険者となれば、非常に目立つ。辺境域での活動を好んで行う冒険者が意外に少ないことを考えれば尚更だ。

 辺境域への玄関口として名高い…名前だけは有名だ…ロウタカの街にも金の腕輪持ちはソウザブを含めて二人しかいない。金級自体が100名そこそこなところを考えれば多い方かもしれないが。


 そんな一行を率いるソウザブはそれなりの調度品が揃った一室で、もう一人の金級冒険者と顔を突き合わせていた。


/


「はぁ…魔人教の調査で……?」

「……」



 故郷風に曖昧な聞き返しをするソウザブ。

 ロウタカの街でも最も大きい屋敷の応接間には5人しかいない。屋敷の主とソウザブにお付きのエツィオ。金級冒険者のグライザルとそのお付きであった。

 生き人形から脱出して数年しかないソウザブは、正直なところこうした交渉事は不得手だ。しかし、対面のグライザルが寡黙を通り越して終始無言なために会話をせざるを得なかった。

 


「ええ、ええ。最近になってこの街の拡張計画が持ち上がっておりまして……となれば未開の地であることが売りのこの地とて周辺勢力の調査は済ませておきたい。ところが彼の教団だけはどうにも分からない。そこでこの街でも名高いお二方のチームにご参加願いたいと、まぁそういうわけでして」

「魔人教は噂程度しかそれがしも聞いたことがござらぬが…実在しておるので?」

「そこは確かでございます、はい。他の勢力とはある程度交渉が進んでいるのですが……この連中だけは閉鎖的というか敵対的でして」



 一応話の筋は通っていた。

 ロウタカの街の拡張は度々持ち上がっていたとソウザブも聞いてはいた。しかし、街が興りつつあった時代に魔獣などの襲撃で幾度か壊滅した経緯から無駄な投資になるのではないかという根強い疑いがあったために事実上頓挫していたはずである。

 その目処がついたということだろうか。



「場所などの特定は? 今まで見たことすら無いのでござるが……」

「そこはもう、済ませております。はい」



 魔人教……その名の通り、魔人を信奉する教団だ。血なまぐさい生贄のことも囁かれ、一種の邪宗門と考えられている。

 こうした宗教は多い。全ての者が神の血を引いていても、加護や恩恵は一個人には明確には感じられない。“先祖返り”という特別な存在も見方を変えれば祖神による一種の差別だ。

 生に絶望した者達は目に見えない祖先よりも現存する超常の存在を信奉するようになる。魔獣や先祖返りした獣を崇めたりだとか、古代の異物を信仰したりと様々な形で現れていた。最も一般的な例を上げるならば竜信仰などが該当する。


 魔人の実在を信じる者はこのロウタカの街においても驚くほど少ない。いや、冒険者にさえ知らぬ者も多い。実際に対峙したことなければ、あのような生物達は疑わしいものだった。

 とはいえ、依頼人は街においても中々の豪商だった。真贋を見極める目は開けていると考えて良い。魔人自体を脅威と見ているか、信者達を恐ろしく思っているかは別であるにしても依頼をしてくるに当たって何の不思議もない。


 ソウザブはこの依頼を受けてもいい気分になっていた。

 様々な思惑があるにせよ、大まかには善事だ。報酬に依頼人の態度も充分で問題はない。

 そんな時、横の椅子に座るエツィオが肘で軽く突いてきた。答えを促しているのではない。むしろその逆で……



「……何にせよ急な依頼。持ち帰って検討したいのですが、よろしいか?」

「え? あ、ああ、はい。良いお返事をお待ちしております。はい」

「……」



 ソウザブが席を立つのと同時、グライザルもまた席を立った。

 何かを言いたげな主を残して冒険者達は席を離れていった。


/



「エツィオ。なにか不審な点があったか? ごく真っ当な依頼に思えたが……」



 ソウザブの疑問にエツィオは首をふりふり答えた。手に入れたばかりの神秘の甲冑が僅かに音を立てる。



「だから妙だったんですよ旦那。調査だとかなら銀に相応しいのがいる。言っちゃあ何ですが俺っち達も、そっちの旦那方だって探索だの調査だので名を上げたって訳じゃねぇでしょう?」



 水を向けられたグライザルは小さく頷く。

 見上げるような長身だが、細身で灰色の髪をしている。どこか孤高の肉食獣を思わせる男だった。



「こちらから依頼を受ける、という形ならばともかく……金を二人名指しで雇うとなれば相当な出費になります。どんな皮算用であるかは知りませんが、足が出る」



 グライザルの付き人である冒険者もエツィオに同意した。こちらは赤目が印象に残る女性で、主と同じ灰色の髪をしていた。兄妹なのかもしれない、とソウザブはぼんやりと考えた。



「そうそう。金様ってのは大体が荒事で有名になった手合だ……おっと馬鹿にしてる訳じゃねぇですよ? それを二人も雇うってなるならもうドンパチが待っているって分かっているか……」

「……罠にかけるつもりか」



 グライザルが初めて口を開いた。

 全く話さないというわけでもないらしい。しかし、口から出たのは随分と剣呑な話だった。



「そこまで恨まれるような覚えは……まぁ世間には意外とあるやもしれませぬが、少なくともあの富豪殿とは面識もろくにござらん。グライザル殿は?」



 グライザルもまた首を振った。

 ソウザブも剣で世の中を渡ってきたために、どうしても恨み辛みは買ってしまう。エルミーヌを妻としていることもあり、しがらみも多い。

 だが、グライザルも同時にとなればソウザブにまつわる因縁絡みという線は薄くなってしまう。グライザルの側からも同様だろう。



「考えすぎですかね?」

「なにか裏があるのは確かでしょうが……金級冒険者を的にかける意味がわかりませんね」

「それがしとグライザル殿に何か共通点がありますかな?」

「……“先祖返り”」



 ボソリとグライザルは告げた。

 それは確かに共通点ではあった。ソウザブもそうであるように、グライザルもまた先祖返りである。金級であることと同様に、先祖返りであると隠してもいないのもまたソウザブとグライザルぐらいのものだった。

 問題は先祖返りを引き離して街を狙うのか、先祖返り達を狙うのか。

 前者であることは考え難い。わざわざ策をもて遊ぶまでもなく二人が同時に街にいないことなど良くあることだ。

 理由はさっぱり不明だが、狙いはソウザブかグライザルと見て間違いはない。



「旦那方が“先祖返り”だから同時に? 世の中には“先祖返り”に色々思う所がある奴がいるのは確かですがね…」

「あるいは宗教的な問題? ……あの依頼人はそこまで何かへの信仰心が厚いようには見えませんでしたが……」



 エツィオと女副官はううむ、と考え込む。


 大体、相手取るのならば個別に対処した方が話が早い。

 ホレスとソウザブがそうであったように、先祖返りが複数組み合わさった時の戦闘能力は足し算で終わらずに跳ね上がる。圧倒的な身体能力は連携が不慣れとかいった問題すら些細なことへと変化させるのだ。



「……依頼人にどういった思いがあるのかは知らないが、真っ当な頭が付いていれば考えそうもないことだな」



 グライザルの発言に皆が内心で頷いた。

 コレを何かの罠だと仮定したのならば頭が悪いとかではなく、常識がズレた……それこそ人以外が立てた策のように思える。


 乗るか反るか。それを考えなければならない――

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