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東方戦士の冒険譚-顕現するは敏捷神- 作者:松脂松明

第2章

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帰路の途上で

 燃えている。木々と共に生きた精霊の森が無残にも灰燼に帰す。神々から与えられた加護“精霊との共存”を持つエルフ種にとって、自身と深く繋がった木の死は…そのまま己へと影響を及ぼす。

「キャハっキャハハハ」

 狂ったように泣き笑うエルフ姫はその光景を膝をついたままに眺めている。
 個体としての能力が人間種よりも優れているエルフ種は、人間達の繁栄など知ったことではないと関わってこなかったのだ。一部の物好きが外に出たのに留まる。
 だというのに、これはなんだ?
 我らが何をしたというのだ。野蛮なる人間どもめ…呪いあれ。
 ありったけの呪詛を込めて願う姫の前に人影が立った。
 ガザル帝国の軍装…隆盛著しい人間種を主体とした国家。恥知らずな種族の悪癖をかき集めたような国の騎士。せめてこの者だけでも道連れにしてやろうと顔を上げた姫の目に

「私のことを覚えているか?いいや知るはずもないか」
「…え?」

 緑の髪に長い耳…同族が映った。
 ああ、なんてことだ。…恨むことさえ奪われるのか。絶望に染まる姫の体を炎が包む、いや待て、この炎は…聞いたことがある。
 一族に生まれた忌むべき者。集落ごと消えたとばかり…

「このっ呪われし子め!やはりお前は…」
「覚えていてくれて嬉しいよ。もっと言えば死んでくれて嬉しいのだがな」

 こうして長い歴史を誇るエルフ種の国家はガザル帝国、炎弓騎士団の手によって終焉を迎えた。地盤を失った種族は他種と交わって薄まり、次第に忘れられていくのみだ。

 心残りは済んだ。後は皇帝陛下の覇道を前に立ちふさがらんとする愚か者だけを焼くのみだ。ようやく大儀に生きることができる…その事実に炎弓騎士団長エスレインは安堵の息をついた。

「それで?後詰めはありがたかったが、何故お前が着いてきていたのか…説明してくれても良いのではないか?」
「同僚の救援をするのがそんなにおかしいかね?…冗談だ、陛下のご意向だよ。炎弓騎士団…ひいては貴様の実力は知っているが、一国を一軍で潰そうとするのは少々無理が過ぎるのではないかね?」

 志願したのは事実だが。そこだけは隠して白剣騎士団長ジュリオスはそうとは知られぬよう、同僚を仔細に観察する。炎を放てる…なるほど、エルフから見ればさぞ不快な存在だっただろう。
 とはいえ制御しているわけではない。戦において単身で行動するのはそのためだ。
 いいぞ、コイツはまだ下だ。それでありながら神秘を分かりやすく体現している。良い教材だった。
 間近で見ていてもエスレインの炎は魔力を伴っていない。かつての神との戦いで新しい神が使った神速と同じ理屈だ。
 始祖であるという神、ロンゴミアの調査も順調だ。静かな飛翔の時が近付いて来ている。その感覚にジュリオスは静かに笑った。

 

 枯れ木に向かい意識を凝らす。足に込める力は不可視の神秘であり、疾風すら超える速度を主にもたらすのだ。全ての生命が持つ逞しい生命力ではない、世界に満ちて法則を操るための燃料となる魔力でもない。
 手繰り寄せるは自身の内から湧き出る光の泉。さぁ――

「顕神行使――〈一気呵成〉」

 音すら置き去りにして敏捷神は一本の矢となり…

「ぬぐぉ!」

 木に激突した。

「…なにやってんだ?旦那は」
「先祖返りとしての鍛錬だってさ。毎日ああやって失敗してるけど」

 エツィオとサフィラに情けない所を見られたな。ソウザブは地面に大の字で倒れたまま、己の力について思索に耽った。現在ソウザブが行っているのは急停止の訓練だ。
 確かに“権能”は凄まじい力だった。あまりに都合のいい力とさえ言えて、光と化すような速さをソウザブにもたらした。だが、優れた宝剣を手に入れても使い手が剣を知らないのならなまくらと変わらない。
 通常の先祖返りとしての速さのみで並の敵は蹴散らすことが可能であり、その域の相手に“権能”を用いるのは無駄でしか無い。相手が三の力しか持たないのならば、繰り出すのは安定を願って六でいい。十の力を出す者もいるかもしれない。しかし、三の相手に百や千の力を使ってどうするというのだ。

 そして、相手が同格ならば?ソウザブは英雄の域に足を踏み入れた者であるが…どんな武器でも戦えるように作られたために、一流ではあるがその中の一流と言える域の技を持たない。英雄対英雄となれば常の力では遅れを取る。粘った挙句の敗死だ。
 あるいは“無垢神”のような圧倒的な格上が相手ならば?それは当然蹴散らされて終わりだ。
 故に権能を使いこなすのはこれからの戦いにおいて必須ではあるのだが…上手く行った試しがない。

 膂力と同じく、速さとは単純に強さだ。対手との速さが隔絶していれば一方的に相手を攻撃し、かつ相手の攻撃は喉元にすら迫らない。ソウザブが持っていない抜きん出た強さを求めるのならやはり速さを希求するのが最短である。
 魔術と同じように、「これから行うぞ」という詠唱を加えたりと工夫を凝らしてはみても、速さに振り回されているのが現状だった。

「師匠のその力ってどうなってるんだろうね」
「さてな?使っている側としてもよく分からな過ぎてな」

 “権能”に目覚める前からソウザブを見ているサフィラには行使される力が普通ではないと分かっている。対して加わったばかりのエツィオにはその違いは分からない。次元が違う世界を興味深げに眺めるだけだ。
 そう、当のソウザブにすら敏捷神としての神速は理解ができないものだ。この速さであれば勢いを載せた剣は当然、威力も増すはずだがそちらについてはそれほど上昇していない。大体、こんな速力を出せば足の骨など砕けるはずが…それも起こらない。
 自分にできたことである。他者にもできるはずだ。そう信じて疑わない。
 ならばせめて停止は思うように。可能ならば緩急は付けたい。戦闘者としてソウザブはそう思い、鍛錬を積み続けるのだ。

「結局、あれ以降出会わなかったねぇ魔獣」
「いや、そんなにポンポンいたら世界終わるわ。旦那ならともかく、俺っちらには一匹でもキツい」

 手持ちの物資ではそろそろ戻りの限界が来ている。収穫は魔犬の皮のみ。

「こうなれば一旦村の跡に戻って牙と骨も拾ってくるか。戻ろうエル殿達が待っている」


 ポリカが道を先導する。この青年は生まれも育ちもこの辺境域。迷わずに一行が進めるのは彼の力によるところが大きい。一見するとただひたすらに広がる貧弱な土地にしか見えないのだが、ポリカには別の姿と映っているようだった。
 土地勘というものは旅に旅を重ねる者にとっては縁のない言葉だ。

「やっぱこう…地元の人間の協力があると楽だな…」
「そうですわね。ポリカさんが加わってくれて辺境域の探索も進みそうです」

 ポリカは褒められ慣れていないと見えて、顔を真っ赤にしたまま無言だ。そうした幼さはソウザブが置き去りにして成長してしまったものであり、羨ましく思う。

「おば様の村か…建設途中の姿しか見ていなかったが、こうなると無残なものだな」

 サライネとの縁ができた村は焼け落ちたままの無残な姿だ。魔犬と怪人の遺骸はすぐに見つかった。ハエがたかり、辺りには異常な臭気が立ち込めている。

「ポリカ、エツィオ。行くぞ」

 ソウザブは指示を出して骨と牙を取る作業に取り掛かる。流石に一行の華をこの場に放り込みたくはないのだ。
 不快な作業である。既に腐った肉をかき分けて骨を取り外し、牙を抜く。頭骨は嵩張るが…一番評価が高そうな部位だ。

「ポリカ、君は実に熱心に働くな」
「ええ、まぁ。除け者に回ってくるのは汚い仕事でしたしね。流石にこんなのは初めてですが…」

 似たようなものです。そう青年は肩をすくめた。
 エツィオは口にハエが入るのを嫌って口を開かない。それでも加わっているのは雇い主の意向だからだろう。意外に職業意識が高いのかもしれない。

「これで得た報酬で君の武具を揃えようポリカ。あまり、良いものは買えんだろうが…槍の訓練はどうだい?」

 腑分けじみた作業をしながらの世間話は端から見れば異常だろう。事実、エツィオは作業の当事者でありながら信じられない顔で二人を見やっていた。
 ポリカは粗末な棒にナイフを付けた槍を触ってから口を開く。

「いや、その何というか…」

 あまり上手くは行ってないらしい。頷いてソウザブは作業に戻った。
 自覚があるのかも怪しいが、ソウザブは技術において伸び悩む者の気持ちをあまり理解できていなかった。精神的な成長が遅れているために理解は示すが共感が無い。使いこなせていないのは“権能”
ぐらいのものであり、武芸百般にそれなりの技量があるためだ。
 こうした技術と内面の不一致がソウザブの歪みではあるのだが…戦闘という華々しい分野においての活躍が多いために目立たない。
 ソウザブ自身、戦闘に対する忌避感を覚えだしたのはつい最近のことであり、それもまた武門の家に生まれたことによる教えが封じ込めている。だから、戦いに向かないという当たり前の性質を持った人間がいるということを分かっていない。嫌なんだろう、とは思うがそこで感想が止まる。
 それを理由に他者を見下すことすらなく、ひたすらにそういった人間であるのがソウザブという男だった。

 腑分けを終えて、骨と牙を洗うために麻袋に詰め込んでいると強烈な気配を感じた。
 エルミーヌ達が駆け寄ってくる。

「ソウ様!西の方に襲われている方が!」
「魔獣の群れに追われているようだ…どうする?」

 作業を終えた途端に魔獣が出るとは…
 思いはしたものの、放っておけば後味が悪い。ソウザブは駆けた。
 しかし、人影を見た途端に足を止める。

「助けてくれぇ!」

 助けを求める叫びが聞こえる。
 魔獣は牛に近い外見のようで、牛と違うのは角の先から霧のようなものを噴出させているところにある。
 男性が近付いてくる。その形相も必死そのものにしか見えない。だからこそ、怪しい。
 …なぜ、追われている側の方が気配が強いのだ?
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