一時の同行者達
ソウザブとホレスはあれこれと留守番組のために気を遣った後、慌ただしくララタイ国に向かった。緊急と付くのだから急がなければならない。招集を受けると受付に返答した時も馬車の手配がされていると言われたが、ソウザブ達はこれを断った。最速の手段は別にある。
「速いのは確かだが、端から見ると最悪だなコレ」
「分かっているので言わないで頂きたい。それがしとて本当はエルミーヌ殿やサフィラにする方が好みにて……!」
現状とり得る移動方法ではこれが確かに最も速い。そう、ソウザブがホレスを抱えて走ることだ。
背負うか抱えるかで迷ったのだが結局はこうなった。時折肩に持ち抱えることもあるが頭に血が上るためにやり過ぎるとよくない。ソウザブは速度偏重の先祖返りとは言え膂力もそれなりにある。重さは問題にならない。ならないが心理的には辛いものがある。
酒臭い筋骨たくましい漢と密着したいとはソウザブにも思えなかった。花のような香りのエルミーヌや爽やかなサフィラの方が良い。出発してから数時間で二人が恋しくなるソウザブだった。
休憩を挟みつつではあったが景色は流れるように過ぎ去っていく。木陰に見えた鹿も「なんだあいつら?」というような顔で見送る。
遠目に見えた花畑も月光に輝く泉もゆっくりと見れたならばどんなにかよかったことだろう?このような忙しない移動は全く好みではない。一刻も早くホレスの汗臭さから逃れたい。追い立てられるようにしてソウザブは駆けて駆けて駆け抜けた。
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ララタイ国への関所は流石に面倒だった。話が通っていれば簡単に通れるというものではない。身分を証明し、多くの決まりを宣誓した後にようやく監視つきの馬車で輸送されることを許される。
タユイ国衛視からは疑念の目を、傭兵や冒険者たちからは「なぜ、お前たちだけ入国を許可されるのか」という妬みにも似た視線を受けながら運ばれていく。
ホレスは不快な状況と未知を望んだ自分とで板挟みになっているらしく、終始苛立たしげであった。大人しく飾り気のない馬車の席に腰掛けてはいるものの、組んだ腕の先で指を動かしている。
ソウザブはそんな相棒の感情に寄り添うことはせず、格子窓の外を眺めるのに熱心だった。なにせ今回限りでもはや訪れることのできなくなるかもしれない国の景色である。目に焼き付けておいても悪いことはない。エルミーヌとサフィラへ土産話すらできない、というのも避けたい。名所でもない景色にソウザブは視線を注ぎ続けた。
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やがて訪れたカアオの町。人材について言えばガザル帝国は従順であれば優遇すると聞いてはいたが、どうにもそれは街や国にも適用されると見えて事実上の占領下にあるとは思えないほど穏やかだった。常識で言えば考え難いことではあるが、なるほどガザル帝国の支配力恐るべしといったところだろう。
とはいえそれは町の住人達に限ってのことでガザル帝国の装備を着た兵士達は落ち着かない様子だった。ソウザブはそこに漠然とした不安を読み取った。つまりはソウザブ達への招集と同様。何かに対して備えるよう言われてはいるが、その何かが分からないという状態に他ならない。
通されたのは一際大きな建物。軍事や宗教の施設の類ではなく単純に大きいだけの家…この町の有力者の所有している家屋と思われた。警備は門衛が二人立っているのみだが、その軍装はガザル帝国の正式装備。装飾付きの外套を羽織っていることからそれなりの階級にあるものだと知れる。
門衛は揃って無言のまま。近付いてきた馬車にも降りてきたソウザブとホレスにも眉1つとして動かさない。その様子は完全に統率された者のそれであり、そうした人選をしたのか、あるいは末端までこうなのか。後者だとすれば恐ろしいなどというものではない。
この大陸……いや、世界中には戦火が絶えない。そうした中で兵士というものは自然と荒っぽくなっていくものだ。無論のこと個々人の気性も大分に関係してくることではあるが、そこまで意思を統一できた勢力など強国の中にも稀だ。
そのようなことを考えつつ、開けた部屋に入ったソウザブは眉を顰めた。横を見ればホレスも同じような顔をしているが対象は別だろう。
「……ゼワ。貴殿がなぜここにいる」
「おう久しいな! ソウザブ。理由はあんたと同じだろうよ。いきなり来て何かと戦ってくれってんで興が乗ってな。だが、ここであんたと会えるとはな! どうだ? いっちょここらで前回の続きを……!」
赤銅色の髪にはだけた格好。かつてベネシュの国で出会った先祖返りとしての自分を更なる高みへと押し上げようとしていた元農奴、ゼワに他ならなかった。
ソウザブはこの男が嫌いだ。成長のためと言っては争いを作るゼワに嫌悪の念を催す。共に武で口を糊する者であり、所詮は同じ穴の狢……いや、だからこそか?
ソウザブは人間らしくなるにつれて感情の制御が上手く行かなくなってきていた。故にソウザブらしからぬことに再会早々、一触即発の空気を自ら創り出す。いつもの通りに粗末な剣の柄を握ろうとしたその時、止める者があった。
「止めんか馬鹿者ども。騒がしくてかなわん! これだから武人は!」
一喝の声の主……よれによれた長衣。曲がった背骨。携えた杖は先で捻れて何らかの像を挟み込んでいた。誰が見ても彼の職業を言い当てる事ができたであろう、そう魔術師だ。ソウザブのように手管の1つとして習得しているのではなく、魔術に人生を捧げている者。
部屋に集った面子が今回の協力者達というわけだろう。ホレスが睨んでいるのはガザル帝国の騎士風……白色の鎧は様々な貴金属で彩られている。金の髪を後ろに撫で付けた白皙の貴公子といった印象であった。しかし武を修めた者ならば騎士が飾り以上に凄まじい腕の持ち主だと分かるはずだ。
壁に背を凭れさせて立つ鎖帷子に身を包んだ女性は驚くほど背丈が高い。ソウザブと比してみれば頭4つ分は上である。褐色の肌にすらりとした体つきと合わせてみれば、南国の肉食動物のよう。腰に吊るした二刀で敵を切り刻む様を想像するのは容易い。
技量の程も地上において卓絶した腕前の面々であるのに疑いはないが、それ以上に瞠目すべきは部屋に満ち満ちた尋常ならざる圧力……この場にいるもの全員が先祖返りなのだ。
ただ一人の例外は客をもてなすべく配置された家の主と思しき太った男性だが、憐れなこの男は一同の気配に白蝋めいた顔色になってしまっていた。そんな家主を無視するかのように騎士が中央に立ち、口火を切った。
「揃ったようだな。この場に集った者は全員、今回の作戦に参加するということでよいな? ……異論は無いようだな。では話を始めるとしよう。私の名はジュリオス。誉れ高きガザル帝国の騎士だ」
騎士が今回の指揮官ということになるのか、仕切り始める。ジュリオス……その名はソウザブにも聞いた覚えがあった。
ガザル帝国に籍を置く4人の先祖返りの一人にして騎士団長。白剣騎士団の団長として戦場でその名を高めている騎士。曰く一軍を一人で葬り去った。曰く城壁を剣で両断した。その武勇伝は荒唐無稽なモノばかりだが先祖返りならばさもありなん。
ソウザブとて英雄の相棒たる戦士であり一角の武人。相対してみれば白騎士の勇名が決して誇張ではないとさえ思ってしまうほどの剣気を感じ取れた。少なくとも剣同士で戦ったのならばソウザブは勝つことができないだろう。順当に敗北する。
「ふん。ガザル帝国の騎士様は随分とおエライらしいな。阿呆の手下の癖にいっちょ前の指揮官気取りで俺たちを率いるつもりか?」
「そういう貴様は“竜殺し”か。陛下のお慈悲に感謝するのだな……貴様のような哀れな宿無しに仕事を恵んでくださるのだから」
常人ならば腰を抜かす竜殺しの喧嘩腰にも白騎士は表情を崩さない。不敵と言っていい表情のままに目を動かし、ソウザブに目を向ける。
「それに“銀”を連れているとは。冒険者組合もとうとう人材が枯渇したと見える。“装飾付き”どころか、ただの“金”ですらない男が最高戦力の一人など。まともに剣が握れるのか?その小僧は」
明らかな侮蔑に不思議とソウザブは不快感を覚えなかった。白騎士はこの厭味ったらしい様が常態なのだ。とはいえ、何か言い返さなければ仲間達の価値まで下がってしまう。さてどう言ったものかと考えていると、白騎士の言葉に先に応えたのは長身の女戦士だった。
「白騎士。本気で言っているなら、その目玉は硝子玉だね。感じているのを無視して言ってるなら、頭に藁か何かが詰まっている。見れば分かるだろう? その子は使えるよ」
聞き惚れてしまうような堂々とした声音。この女戦士に付き従う者達はきっと勝利を疑わないだろう。そう思わせるような風格が彼女にはあった。
豹を思わせる戦士はソウザブの方を見据えて白い歯を見せた。親しみを覚えて笑いかけてくれているのだろうが、食い千切られる様を想像してしまう。ソウザブもまた、軽く頭を下げて礼をしたが、手をひらひらとさせることで気にしないよう促される。
「名乗り遅れたね。あたしは戦士ギルドから派遣されてきたサイーネ。よろしく、“竜殺し”とその相方。仕事が終わったら手合わせしよう」
名乗りにホレスが今までの剣幕はどこへやら、口笛を吹いて囃し立てた。
「戦士ギルドのサイーネ? 第2位のか? 事実上の長じゃねぇか!」
実だけでなく名まで併せ持った人物のようだった。確かにこれまた同じ武器ならば自分よりも上だとソウザブも感じている。先の白騎士にせよ、戦うのならば馬鹿正直に同じ武器を使ったりはしないものの、それでも勝てるかは分からない。
「ふむ? 自己紹介の流れか。若者にしては賢明だな、名乗り合うことは人間関係を円滑にする。儂は“神秘の学び舎”の学徒、ラクサスよ。学長命令で来た」
戦士ギルド、神秘の学び舎、騎士、冒険者。事前に予想して打ち消した名前の釣瓶撃ちにソウザブはまだまだ想像力が不足しているなと反省しつつ名乗りを返すことにした。
「銀級冒険者、ジビキ家のソウザブと申す。よろしく願う」
「そんでもって俺はベネシュのゼワだ! ソウザブ共々よろしく頼むぜぇ」
「……なぜ貴殿が乗っかる」
肩を組んで来ようとするゼワを鬱陶しげに払いのけつつ、ソウザブは相棒の声を待った。
ホレスは禿頭をなで上げつつ他に倣った。
「あー、装飾付きの金級冒険者ホレス様だ。竜殺しなんて呼ばれることもあるな。まぁその何だ……よろしくな?」
改めて自己紹介をするなどホレスには久しぶりのはずだ。年甲斐も無く照れたホレスを見てソウザブは愉快な気分になった。いつもと立場が逆になったようで微笑ましい気持ちが湧いてくるのだ。
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しかし皆の素性が分かってくれば錚々たる顔ぶれである。これだけいれば国すら落とせてしまいかねない。一体、正体不明の脅威とは何なのか?
その時、扉が開かれた。鈴の音と共に聞き覚えのある声が耳に飛び込んでくる。
「お集まり頂き感謝しますわ。近隣で確認されている“先祖返り”のほぼ全員が参戦してくれたことを冥神もお喜びでしょう……狼王様が居られないのが残念ではありますが」
声の主と出会ったのはつい先日のこと。艶のある声に黒いドレス。ベールから突き出して見える長耳。狼王国で出会った冥神の使徒だった。