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死を弄ぶ・中編

「エルフが冥神の使徒? 珍しいな、おい」



 ホレスの疑問にも女性は答えない。ベールの向こうからは微笑の気配が感じられた。それは歓迎というよりは柔らかな拒絶の雰囲気を備えていて、個人的な事情など話す気は無い。そう言っているようだった。


 投げかけたホレスにしてからが本当に事情に興味を持っているわけでもない。単なる挨拶代わりだ。サフィラやエルミーヌのように深入りしてしまうことが最近は多いが、基本的に冒険者というのは過去に不干渉だ。

 とはいえ、状況に関しては聞いておきたいというのも本当である。会話の口火を切ったホレスに続いて他の面子も疑問を投げかける。



「先に向かったっていう人? なんでこんな入口にいるのさ。もう終わっちゃった?」



 存外に鋭いのがサフィラの疑問だった。狼王の“嗅覚”とて全てを知覚できるわけでもない。彼が冥神の使徒の動きを知ってからかなりの時間が経過している筈だ。ならばサフィラの疑問もまた当然と言えるだろう。冥神の使徒はまだ生きており、アンデッド達もまた動いているのだから。



「恥ずかしながら待っておりましたのよ、貴方達を」



 エルミーヌの口調と似てはいるが、声には艶然とした響きがあり聞くものを落ち着かなくさせる。突き出した長耳を見れば森の妖精族……エルフであることは間違い無いだろうが、伝え聞くかの種族の印象を大きく裏切る。エルフは尊大で排他的な種族だ。彼女が一般的なエルフであるならば別の勢力を当てにする前に独力での解決を望むだろう。

 そのあたりにこの冥神の使徒の私的な事情があるのかもしれない。誰にでも触れられたくない部分は持っている。ソウザブがそうであるように。



「なぜ、我々が来ると?」

「この国の王、狼王様はマトモな(・・・)為政者。何も手を打たずに領内の苦難を見過ごすことなどありませんでしょうから」



 狼王は意外と宗教組織とは上手くやれているのだろうか? 人間の国の中には狼王を畜生と見下し、それに従う国民は畜生以下と断じているところも少なくない。旅の最中にそうした話が耳に入る度に気分を害することもあったのだ。



「……見たところかなりの腕みてぇだが。そんなおまえさんが何に困っている?」

「死んでおりませんの」

「はい?」



 エルミーヌが首をかしげる。冥神の使徒の返答は唐突に過ぎた。一拍置いてから何を言わんとしたのかに理解が及び、一団は慄然とした。

 死んでいない(・・・・・・)。それはつまり、この町に蔓延る異形。かつての住人たちが未だに生者であるということなのだ。



「先程はそちらの剣士様が首を刎ねてくださったので〈冥葬〉の術が効果を表したに過ぎません。冥界の力は生者に効果を及ぼす術はほとんど無いのです」



 故に異形を屠れる存在の到着を待っていたのだ。そう冥神の使徒は言っていた。つまりは介錯役か、とソウザブは故郷の文化を思い出した。

 あの姿で生きているということが信じられない。背中に頭が付いた少年の姿を思い起こす。ああなってしまっては元に戻る手段など存在しないだろう。仮に正気が戻ってきたとしたら、そちらの方が地獄である。独善的な考えではあるかもしれないが狂ったまま終わらせたほうが幸せである。



「少し誇張が過ぎましたか? 生きている者も中にはいる、という程度にお考えになって。どういった方法なのかは存じませんが、生きている間は異形として機能、死した後はアンデッドになるという最悪の手合。このような存在を生み出す術者はなんとしてでも打ち取り、冥神の裁きに引き渡さなければ。……力をお貸しくださいな」



 ソウザブ達とて武で口を糊する者達。他者を殺めて生きている。死霊術師を非難する資格など持ち合わせていはいないのかもしれない。

 だがそんな理屈とは関係なしにこの異変の元凶は生かしてはおけない気持ちになり、ソウザブ達は共同戦線を張ることに同意した。



 異形達が未だ生者かもしれない、と聞いては出発前とは別の理由でサフィラとエルミーヌは前には出さない。彼女たちの手を汚させないというような考えではない。狂気の産物をせめて苦痛なく送るためだ。異臭が立ち込める町を縦横無尽に立ち回りつつ源泉を探し求める。

 生物を一撃で殺めるのには高い技量を必要とする。処刑人が武の達人でもあることが多いのと同じ理由である。ソウザブの一刀が正確に首の骨の隙間を縫う。ホレスの豪腕は文字通り異形を原型すら留めることを許さない。異形の生命活動が停止すると同時に〈冥葬〉の光が輝く。再動を開始していた異形は蘇ることなく息絶えていく。



「ママがおいしい?」

「酒が飴玉で子供にお土産」

「孫が来るのが馬屋で藁かき」



 もはや町にまともな住人を期待することは無駄であるかのように、元人間達は次から次へと湧き出してくる。この町の住人は何人いたのか。千か? 二千か? それら全てが異形と化したというのなら、この術は感染するのか?

 疑問は敵と同様に尽きない。足が8本ある中年女の跳躍を躱しつつホレスが叫んだ。



「おい使徒さんよ!これをどう見る!?」

「死霊術師は皆殺しです」

「……ソウ!」

「奇妙です。この術に利点があるようには見えない」

「はぁ!?」



 一行の中で魔術についての知識があるのは使徒とソウザブだが、使徒がこの調子ではソウザブに投げかける他はない。

 人倫の問題を別にすれば死霊術はきちんと体系化された魔術である。東方では死者の技量を活かすべく、西方では単純な戦力あるいは労働力として、南方では祖霊との対話を求めて、北方においては単なる死体保存の技術として。求めるものは異なり、優劣もあるわけではない。



「見かけに騙されがちですが……“彼ら”の身体能力も人間であった頃より落ちているでしょう。何より効率が悪すぎかと」

「ソウ様! この数の人々を狂気に陥らせるのは十分脅威です。軍事目的では?」



 ソウザブは首を振った。落ち着いて観察してみれば異形達は互いに争ってもいる。戦場に投入すれば味方にも襲いかかる。敵地でばら撒くにしても後で占領するのが面倒だ。ならば単に敵国を疲弊させるだけが目的か? それならば確かに効果はあるだろうが、やはり効率が悪い。それぞれ違う形にする意味もわからないし、もっとマトモな方法があるだろう。最悪、宗教組織全てを敵に回しかねない。



「……実験か」



 ホレスが斧を振るいつつ、小さく呟いた。

 その一撃でいびつに捻れた手足が先にもぎ取れて落ちてくる。後から手を加えたために、他よりも早く脱落したのだ。



「恐らくは。最終的に何がしたいかは分かりかねますが」



 既存の死霊術とは異なる術の実験材料にして副産物。それがこの町の異形の正体だとソウザブは見ていた。肉体を継ぎ接ぎして得るものがあるのだろうか?


 疑問と推測を重ねつつもソウザブとホレスは今や戦場と化した町を死体置き場へと変貌させる。“先祖返り”であり、熟達の士でもある二人は正しく一騎当千。闇雲に暴れまわるだけの存在など敵というには値しない。

 無人の荒野を行くがごとく、二人は蔓延る異形を全てなぎ倒していった。その速度は〈冥葬〉が追いつかない程であり、冥神の使徒も驚愕を禁じ得ない。こうでなくては、と使徒は考えつつも死者の魂を冥神の御下に送り続けた。


/



「なぁ、師匠?ちょっと気になってることがあるんだけど…」



 サフィラの息は上がっている。超絶の戦士二人の戦闘はただ追いかけるだけでもかなりの体力を消耗していた。青い髪からは汗が滴っている。瘴気の臭いと血肉に塗れた戦場でも彼女の涼やかさは失われないようだった。



「町にいるはずの兵士とか、そういう死体を見ない気がするんだけど…」



 む、とソウザブは呻いた。盲点だった。これまでになぎ倒した敵は全て徒手平服。鎧姿も得物を持った個体も見かけてはいない。



「その答えがありそうな場所に来ましたわよ」



 使徒の言葉に前を見てみれば、祠にも似た建物が建っている。ここには異形の姿も見えない。台風の目というわけだ。石畳の上には所々に装備が落ちている。篭手のみであったり、サバトンだけが転がっているのが不安を煽る。

 祠の前まで来てみれば…



「何かすげぇ嫌な予感がするな」

「ええ、予感というよりこれは……気配?」



 仲間たちを見渡したが感じているのはソウザブとホレスのみのようだった。

 こうした時、直感というのは馬鹿にならない。一見理屈に合わないことこそが正解だと、経験が告げていた。ホレスが自身の禿頭を撫でた。汗一つかいていない。



「前言を撤回するようだが……嬢ちゃん達にも手伝ってもらうことになりそうだ」

「すみませんが、使徒殿と共にここを守ってください。最悪、我々の側に逃げてきて構いませんが」

「え、師匠たちは?」

「「中に入る」」



/



 町並みと同様に古い祠だった。神を祀る祠というよりは墓地のような趣がある。共同墓地のような場所ではなく偉人などが葬られているのだろう。

 祠には地下がありその入口は開け放たれたままだった。外よりもさらに古い石材の階をソウザブとホレスは下っていく。


 腕が無い鎧姿の死体が目に入った。この町の兵士と思われる装束。彼は侵入者を追ってここに入りこんだのだろうか。

 足がない死体とすれ違う。先程の死体と同じ鎧を着ている。

 腹に穴が開いた死体が階段に引っかかっている。鎧を脱がせてから切り開いたらしく、鎧はすぐ横に転がっている。

 四肢が揃った死体が壁にもたれ掛かっている。ただし、眼球が無い。

 階段が終わる。山積みになった死体は全てどこかしらかが欠けている。


 暗がりの中に光が見える。音も聞こえてきた。“誰か”が先にいて何かをしている。当たりだ。そう考えた二人は強まる圧迫感を感じつつ先に進んだ。

 燭台の横に一人の男がいた。年寄りのようだが背筋も伸びている。白髪も綺麗に撫で付けてあり品が良さそうだ。手元で人間の部位をさらに分解しているのでなければ。

 二人が近付いて来たのに気付いた老人は微笑んだ。



「すまないが、耳をくれないかね? 私としたことが取ってくるのを忘れてしまってね。いや恥ずかしいものだ、若い頃はこうでは無かったのだが。いや、なに片耳だけでいい。二人合わせれば両耳になるからね」


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