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第九話 ホットケーキは分厚いのに憧れます

「朝食はホットケーキにしよう」


 悩んだ結果、ホットケーキに決まった。ご飯に味噌汁も捨てがたいが、二人の口に合うかが分からないので却下だ。食パンにしようかと思ったが、在庫を考えると悩ましい。閉店後の在庫はがら空きとまで言わないが、商品はあまり残っていない。

 肉や魚に野菜は、冷蔵庫に在庫がそれなりに残っている。しかし、パンや日配は賞味期限が短い商品が多いので、売り場に並んでいるだけの在庫がほとんどだ。夜までに売り切る量しか仕入れていない商品も多い。パンは早朝の一便と昼前の二便と二回納品される商品がある。そのため食パンの在庫は多少あるが、菓子や総菜パン等の売れ筋商品はほとんど売れ切れだ。

 二度と食べられないと思うと、在庫に余裕がある物を使うのは自然な流れだろう。


 売り場からホットケーキミックス、卵、牛乳、イチゴジャム、ブルーベリージャム。休憩室からフライ返しを取ってくる。

 レジから持ってきたポリ袋に、ホットケーキミックスと卵。それに牛乳を入れる。次に、袋を揉んで混ぜ合わせる。混ぜ合わしたら袋の先を切り、熱したフライパンに流し込む。分厚くて大きいホットケーキは魅力的だ。だが今回は、食べやすさと手軽さ重視の手のひらサイズにする。三つ分流し込み、頃合いを見て裏返す。

 出来上がったホットケーキは、皿に並べていく。湯気でふやけないように、ずらして並べる。多少焦がしたが、十四枚のミニサイズのホットケーキの出来上がりだ。少し焦げたのを味見したが、問題なさそうだ。表面がパリッとしているが、これはこれで美味しかった。

 そして、同じ作業をもう一度繰り返す。二回目になるとコツを掴み、きつね色の丸いホットケーキを作ることが出来た。これなら人前に出しても問題ないだろう。

 カゴに、皿とジャム二種類とスプーンを入れる。出来上がったホットケーキを持ち、外へ向かう。



「へぇ、これ兄ちゃんが焼いたのかい」

「ほんのり甘くて美味しいです。この果実のジャムと一緒に食べると、甘酸っぱくてこれも美味しいです」

「不格好なのもありますが、そこはご愛嬌ということで」


 ホットケーキは好評だ。特に、リコラは嬉しそうに食べている。イチゴジャムと一緒に食べるのが気に入った様子だ。


「なぁ、兄ちゃん。これまだあるかい」

「お代わりならまだありますよ。今持ってきます」


 持ってきたホットケーキは、綺麗に無くなった。後は最初に焼いたのが風除室に置いてあるので持ってこようと、立ち上がる。


「あー、お代わりじゃないんだ。兄ちゃんの食料に余裕があるなら、少し売って欲しいんだ。携帯食に向いてそうだからな」

「えっ。このホットケーキですか?」

「無理にとは言わない。兄ちゃんに任せるぜ」

「うーん」


 このホットケーキを売って欲しいと言われるなんて思わなかった。素人が作った物に、値段が付くとは思っていなかったからだ。

 在庫に余裕はある。お金は稼げるなら欲しい。しかし、売値が分からない。果たして幾らで売れば良いのだろうか……。ここは、お土産として渡した方が良いのかもしれない。この二人に出会わなかったら、ディル神から色々聞くことが出来なかっただろうし。


「差し上げます」

「いやいや。兄ちゃん流石にもらいすぎだ。昨日の食事で礼は済んだだろ」

「そうですよクロサワさん。流石にこれ以上は……」

「いえ、お二人のお陰で神様から色々話も聞けたので。そうそう、これからクロウと名乗ることになりましたので、クロウと呼んでください」

「まさか兄ちゃん、神様から名前を頂いたのかっ」


 勢いよくバールさんが立ち上がり、こちらに近づいてきた。その迫力に思わず一歩下がってしまう。


「ええ、色々とありまして……」

「兄ちゃん、神様から話聞くってのは普通ないんだぞ。高位神官でもお告げを聞くのがやっとだ。名前だってそう易々ともらえるものじゃない」

「凄いですよっ。話すだけでも神様のご加護があるのに、名前まで頂けるなんて」


 どうやら凄いことらしい。神様と言われてもあまり実感が湧かなかったせいか、苦労しそうで嫌だなとか思ってました……。こうやって第三者の意見を聞いて初めて、夜の出来事の実感が湧く。


「……どの神様だった? いや、止めておこう。首を突っ込むわけにはいかないからな。すまない、忘れてくれ」

「いえ、お気になさらずに」

「クロウさんなら、勇者になれるかもしれませんね」


 ディル神です。と素直に答えても良かったのだが、下手に巻き込むわけにもいかないので言わないことにする。しかし、俺が勇者か。

 どうもゲームやアニメのイメージが強い為、しっくりこない。浮かぶのは紫色のターバンを巻いた姿や、青い鎧や金色の鎧に身を包んだ姿だ。想像しても似合わない。

 それに勇者という柄でもない。若かりし頃なら少しは様になるのかもしれないが、三十過ぎたおじさんだ。リコラの倍は生きている。そんな人物が勇者なりたてなんておかしな話だ。


「俺は勇者じゃないよ。それに剣術や魔術も使ったことがない、ただの商人さ。俺には、リコラの方が勇者に見えるよ」

「そうですか。そう言って頂けると嬉しいです」

「と言うわけで、急いでホットケーキ焼いてきます。受け取ってくださいね」


 ニコリと笑いつつ、二人に念を押す。その表情を見たバールさんも諦めた様子だ。


「……分かったよ兄ちゃん。身支度しながら待ってるぜ」


 その一言を聞くと、急いでホットケーキを作りに戻った。



「よし、美味く焼けたな。後はこれを袋に入れれば終わりだ」


 焼けたホットケーキを、総菜室から持ってきた白い紙袋に入れる。マチ付きの少し大きめのサイズの袋だ。これなら外に出しても問題ないだろう。

 急いで二人が待つ外に向かう。


「お待たせしました。受け取ってください」

「クロウさん、ありがとうございます」

「兄ちゃん、ありがとな。それと、食器洗っといたぜ」


 袋をバールさんに渡し、白い皿二枚をリコラからもらう。


「こちらこそ、ありがとうございました。短い時間でしたが楽しかったです」


 二人は手を振って別れを、告げると森の中に消えていった。短い時間だったが出会えて、良かったとつくづく思う。一段落付いた安心感からか大きなあくびをし、両腕を上げ背伸びをする。


「さてと、後片付けしますか」


 風除室に、戻り後片付けをすることにした。

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