第七話 ノーマル>イージー>ベリーイージー
「まず、君はリヴァーナの異世界交流者三人目だ。異世界交流は、同じ世界から四人まで交換することが出来るんだよ。しかし、前の二人が予想外に早く亡くなってしまってね。君には、なんとしてでも生き残って欲しいのさ」
「ちなみに、二人の死因を聞いても宜しいでしょうか?」
「一人目は、アルフレッドという十代の青年でね。彼は、こちらに来たとき歓喜していたよ。真っ先にゾンビはこの世界に居るかと、聞いてきたのには驚いたが……」
それからアルフレッドについての説明が続いた。アルフレッドは剣術と魔術の力を貰い、襲いかかるモンスターを次々と倒し弱きを助け強きをくじくという、ヒーローの様な日々を送っていたらしい。しかし、ある日彼は無謀にも己の力を過信し、ドラゴンに挑み力尽きてしまったという。
「二人目は、タカシという二十代の青年だ。彼はこちらに来た瞬間、望んだ展開だと非常に喜んでいたよ。元の世界の知識を活かして、色々取り組んでいたね。沢山の女性に好かれたいという、夢もあったようだ……」
そして、タカシについての説明をまとめると、タカシは異世界転移を心から待ち望んでいたらしい。しかし、最初は張り切っていた彼は、次第に元気を無くしていったという。どうやら、理想と現実がかけ離れていたらしい。いわゆる、知識チートで一攫千金を狙っていたようだが、この世界にはトランプやリバーシーに似たゲームが既にあり、彼の思惑が外れたようだ。しかも、武力も既に勇者と呼ばれる存在が居て、足下にも及ばなかったと。
更に、日本食が食べられないことが予想以上のストレスだったらしく、彼は自殺してしまった。遺書には、この世界に対する恨み言と、ご飯や味噌汁にカレー等、日本で当たり前のように食べていた品物が食べたいと、ビッシリと書いてあったらしい。
「いやぁ、タカシ君については驚かされたよ。日本人は食について妥協しないと聞いてはいたが、日本食を食べられないのが相当辛かったらしい。この世界にも米はあるのだが、合わなかったようだ。あまりのショックで寝込んでしまったからね」
「だから、スーパーも一緒に転移させたと?」
確かに、スーパーには色々な食材が揃っている。在庫も時期が時期なだけに通常より多くある。しかし、わざわざスーパーごと移転させなくても、他に手立てはあった気がするのだが。
「私には、もう後が無いのだよ。交流者を招いて数年で二人も失っているからね。向こうの神々と交渉して、許可を貰ったんだ。そして、スーパーの敷地丸ごと転移したわけさ。それなりの敷地だし、食材も豊富だったからね」
「しかし、商品は劣化していきます。生鮮食品はすぐに駄目になってしまいますが……」
鮮度問題は深刻だ。腐ってしまったら処理も大変面倒だ。冷凍食品はもう溶けて駄目になっているだろう。しかし、それを見越したかのように満面の笑みでディル神は頷いた。
「そこは心配いらないよ。この敷地内なら、私の加護の力で劣化しないようになる。鮮度は、ここに来たときと変わらない。ただし商品の封を開けたり、この敷地内から出てしまうと効力が切れてしまう。持ち出す際は注意するように」
未開封の商品なら鮮度劣化しない。賞味期限を気にしなくても良いなんて、非常に素晴らしいではないか。
食品のパッケージに書いてあるような説明をすると、保存方法は敷地内なら何処でも。開封後は、敷地内にかかわらずお早めにお召し上がりください。賞味期限は、敷地内なら長期保存可能食品の為、記載はありません。と言ったところだろうか。
しかし、鮮度劣化がないとは恐ろしいことをさらっとディル神は言う。この世界は鮮度劣化は深刻な問題ではないのだろうか? やはり、加護あってこそだろう。そうで無ければ氷袋と呼ばれていた保存袋は必要ないのだから。
「ゴミや、生活排水はどうすれば宜しいでしょうか? ゴミはこの世界にない物もあるかと思いますが……」
僅かな時間で、ゴミと生活排水問題は深刻だと感じてしまった。ライフラインは整えたい。
「それはゴミ袋とやらがあっただろう。それに分かるようにしておいてくれれば、こちらが定期的に回収しよう。排水は川に流しても構わないと思うが?」
「いえいえ、こちらの環境を汚染する可能性が非常に高いです。私達の世界は、ある程度の浄化処理を行ってから自然に還しています。それに生態にどう影響が出るか分かりません」
俺は、地球で起きた環境問題を色々説明する。スーパーにある在庫で、ここまでのことは起こらないだろう。それでも、見過ごすのは心苦しいのだ。処理が面倒とか思っているわけではない。
ディル神も別の世界の問題に関心があるのか、色々と質問された。答えられる質問は返したが、何故そういったことを神が許すのかと聞かれて返答に困ってしまった。人間の自業自得ですと答えておいたが……。
環境問題については、処理施設を建物の中に用意してくれることになった。そのことに安心しつつ、俺はディル神に他の質問を続けた。
言語は、異世界交流委員会の規定で全て翻訳されるという。なんとも素晴らしい仕様だ。
この世界の言語なら理解することが可能で、暗号化されたものや動物や植物等は不可能らしい。後、聞きたくない場合はオンオフが出来る優れものだそうだ。過去に別の世界で色々あったらしいが、俺はそうはなりたくないのでこのことは他者には秘密にしよう。
「日本語の同音異義語についても問題ない。下記、夏期、柿、火器、牡蠣ほらばっちりだろ?頭に思い描いたものが翻訳されるから、君が意図して間違えない限り翻訳される。もっともこちらの世界にないものはそのままの言葉になるから注意するように。インターネットと言っても通じないから気をつけること」
と、少し得意げに翻訳について話していたから問題は無いだろう。
その他の、規定で決められていることも教えてもらった。
まず、身体は強化されほぼ病気にかからない。体力の回復速度も上がり、その辺の魔物に襲われても怪我すら負うことがない位、丈夫な身体だという。どこぞのスーパーマンもビックリだ。ただし、自らの意思で受け入れたり油断した場合は怪我もするし、風邪も引くので注意が必要だという。
「あまり過信はしないように。その辺にいる低級の魔物なら問題ないが、ドラゴンや魔人族には歯が立たないから。君が強くなれば、いつかは勝てるようになるかもしれないけどね」
と釘を刺された。俺も昔ゲームを色々やっていた時期があるので、勇者や冒険者には憧れる。しかし、この建物があるかぎり遠出をすることはあっても、移住することはないだろう。商品全部無くなったら考えるかもしれないが。
後は、異世界転移者特典で元の世界の物をこちらに持ってこれるようだが、俺の場合はこのマルセンマート多鳴店になる。普通ならその時の手持ちになることが多いので、鞄や住んでいた家だったりするのだが、今回は店長だから特別にスーパーごと転移できたみたいだ。尤も、俺は雇われ店長だからこじつけて転移したと思うが……。まぁ、責任者なのは間違いないからな。役得と思ってありがたく頂戴しておこう。店長で良かったと初めて感じた瞬間だ。これで衣食住はある程度安心して過ごせる。
「そう言えば、建物の傷等が無くなっていますが――」
「それはここにある建物が、元の建物の複製だからだね。流石に向こうの建物を運ぶのは大変だから。一部だけ運んで、こちらで増幅して再構築ししたんだよ。ここにある物全部ね。だから建物の傷等は再現されていない。全て新品扱いになる。食品はその時の状態だから、腐敗している物があれば腐敗したままだ。ちなみに君も再構築されているから。向こうでは出来なかったことが、出来るようになるよ」
この世界に適応したと、そういうことか。建物丸ごと持ってきた訳ではないようだ。敷地内が綺麗にくり抜かれていたら連日報道され、未知の生物の陰謀ではないかと騒がれていることだろう。そうなれば近隣住民にも迷惑が掛かっていたに違いない。そうなっていないのは一安心である。
「他の人が、敷地内に入れなかったのですが」
「何かあっては困るからね。一定の条件を満たさないと、入ることが出来ないようになっている。信頼出来る関係とお互いが認めるか、相手に悪意がないかが条件だ。もし無断でこの中に入れるとしたら、私同等の力を持った人物だな」
防犯は万全だ。万全すぎて入れる人が殆ど居ないかもしれない。もし突然の来客が会った場合は、一大事だろう。……そんなことは無いことを願いたいが。
「俺は、この世界でどういう扱いになりますか? 住民票等はあるのでしょうか」
「それは問題ないよ。私の良き友人に頼んだからね。君の書類も作成したから、近いうちに係の者が届けに来るだろう」
どうやら、身分も保障されるらしい。この世界の戸籍やら住民票等を持って無いので、ありがたい話である。ただし、選ぶことは出来ないようだ。
ディル神教の信徒として扱われ、教会が身分の保障をしてくれるとのこと。今まで宗教なんて無縁だったので不安だったりするが、不自由はないそうだ。申請もやってくれるので何もしなくて良いらしい。後日確認に来るので、その時に身分証明書をもらえば良いという。




