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第四十九話 急な売り込み

「……話とは?」


 ダンジョンから戻って早々、俺はある客を招き入れていた。ログハウスの目の前に一人で待っていて「重要な話がしたいので、中に入れて欲しい」と言ってきたのだ。

 俺は渋々受け入れ、入ってすぐの部屋に案内し向かい合って座っている。


「それはもちろん、売りに来たんですよ。私を雇いませんか? クロウ殿」


 灰色の癖のある髪をかき上げながら、男は堂々と言い放つ。

 これでもかというドヤ顔で目の前の男、ルミンサスはとんでもないことを言った。


「……はぁっ?」


 思わず声が出てしまう。それは、怒りや呆れが混じったものだ。俺は、この男達が何をしようとしたか知っている。





「では、クロウの店とやらに向かうぞ」


 王が目をキラキラと輝かせて俺の服の裾を引っ張る。その姿は、おもちゃ売り場に行きたいとせがむ子供だ。


「おい。ルミなんとかはどうすんだ」


 ルミンサスが何かをしようとしているのは間違いない。まずは、目の前の問題を解決するのが先だろう。


「ふむ、其奴が十六層に居るか確認してみるか。それが終わったら、予を店に案内するのだぞ?」


 王がパチッと指を鳴らすと、何もない場所にモニターの様な物が出現し何やら操作をしている。


「凄い。こんなこともできるのか……」

「ふむ、流石にもう居らんか。少し前の時間に戻してみよう」


 映し出された映像は、九等分に分けられていて様々な角度を映し出している。

 恐らくさっきまでいた十六層の入り口付近だろう。そのいくつもの映像が早く動いていた。


「防犯カメラの巻き戻し映像を見てる気分だ……」


 今は早戻しだったか。慌てて二人を見るが気にもとめていない様子で映像を見ている。

 そう、ここにはジェネレーションギャップは存在しない。

 ああ、そうか。そうだよな……。あの時のバイト君すぐ辞めたっけ。何しているんだろうな今。


「む、この男か?」


 バイト君が万引き犯を見つけたときのことを思い出していると、王が人影を発見した。

 一人は灰色の髪に赤い槍を持った人物で、間違いなくルミンサスだった。


「この人です」

「そいつだな。てか、こいつ複数連れてるぞ」


 映像にはルミンサス以外にも二人の人物が映っている。その二人は黒のローブを被り、いかにも怪しい。

 大柄な人物と子供のように小柄な人物の二人だ。


「明らかに怪しい……」

「全員、十五層の転移陣を使っておるな」


 王は十五層の転移陣を映し、入ってくる瞬間をバッチリと押さえていた。


「ちなみに、音声とか聞き取れます?」

「……。『エルフを伯父上の元に届けるチャンスだ、何としてでも探し出せ。そう遠くには行っていないはずだ』と言っているな。クロウは一緒に居たら分断して、居なかったら放置しろとまで言っておるぞ。クロウのことをかなり警戒しておるようだ」


 ルミンサスの狙いはジーナさんの誘拐のようだ。二人に指示して手分けして探している姿がバッチリと映っている。

 ロレッツさんは、ここに居るのは信頼できる人物と言っていた気がしたが――。


「身元の分かる信頼できる人物って何だろうなー」

「そいつの行動とかじゃねぇの? 身元を偽ってる奴なんて、世の中沢山居るぞ。……俺もそうだしな。横の繋がりなんてそこまで気にしねぇんだろ。余所は余所だ。何かあれば切って捨てる奴も多い。王族や大貴族とかなら別かもしれねぇが」

「クロウ、予のことは信頼して構わんぞ。少なくとも、そこの食事優先の馬鹿に頼るよりは利口だ」

「何だとっ――」


 二人は何度目かの言い争いをしている。きっとこの二人は、こうしないと会話が成立しないのだろう。

 俺は、二人のやり取りが終わるまでぼんやりと眺めていた。


「ジーナさんに執着するのってあの人か?」


 言い争いが一区切りしたところで考えていたことを話す。


「あの商人だな。クロウに執着するなら、あの時警告しに来た奴だろう。それか、アレの価値を知った奴か」

「なんか戻りたくないんですけど……」


 ここを出たら何か事件が起こるのは間違いないだろう。せめて狙われているジーナさんの安全だけは確保したい。


「そうだ、安全が確認できるまでジーナさんを匿ってもらいたいのですが――」





「クロウ殿のお役に立つことをお約束いたしましょう」

「ほぉ」


 隣に座るエネルドが、面白そうな様子でルミンサスの話を聞いている。

 ジーナさんはこの場に居ない。あの後ジーナさんにも事情を説明し、ダンジョンで匿ってもらっているのだ。


「で、何故そう思ったのですか? 貴方は、既にダンジョンの調査隊員として仕事をしていますよね?」


 店長という立場上、面接は何度も行なったことがある。色々な人物を見てきたが、面接の場でここまでの自信ありげな人物は中々いない。しかも、この男は自分の所行を棚に置き、雇えと言っているのだ。厚かましいにもほどがある。

 例えるなら、万引き未遂だがその一部始終を防犯カメラにバッチリ押さえられている人物が、飛び込みで面接に来たようなものだろうか。


「もちろん、今後も契約が続く限り調査隊の仕事は続けていきたいと思っています」

「続けられると思ってんのか?」


 エネルドは、ルミンサスのことを睨み付けている。これは明らかに脅しだろう。


「日中の件は謝罪いたします。私の情報不足故の判断でしたので、どうかお許しください」


 しかしルミンサスは涼しそうな顔で、エネルドのことを一切見ずに謝罪の言葉を述べる。

 その様子に、俺は言葉が出なかった。

 心臓に毛でも生えているのだろうか? なんて図太い神経の持ち主なんだ……。


「……。ルミンサスさんは、何故私に雇われたいと思ったのですか? 貴方には、既に雇い主や部下も居ると思うのですが?」

「さすがクロウ殿、見破られていましたか。ええ、私は幼い頃から仕えている主人が居ました。それが私の伯父、商人のカイン=ラックです。幼い頃に父が他界し、伯父上の元で仕事を覚えました――」


 ルミンサスの口から、聞き覚えのある名前が挙がる。その名は予想したとおりの人物だった。

 話によると、病弱な母の代わりに生活費を稼ぐために、親戚で商人だったラックの手伝いをしていたという。


「商人としての知識や技術を学び、伯父上の元で色々見て育ちました。成人した頃、母も他界しそれを境に独立する事になりました。まぁ、体の良い厄介払いです。ですが、何かあるたびにアレしろコレしろと厄介な仕事を振ってくるのです――」


 独立し行商人として各地を回っていたが、それを利用して裏取引の橋渡し役等をやらされていたそうな。


「なるほど。今回もその厄介な仕事を押しつけられたのですか」

「……ええ。断れば、幼い頃の恩を忘れたか。と言われ。無視すると、私の悪評や商売の邪魔をしてきまして……。最近は商人の道を諦め、こうして色々な仕事を転々としているのです」


 話を聞く限りだと、思ったより苦労しているらしい。何処までが真実か俺には分からないが、当たり障りの無い返事をする。


「それは大変ですね。ご心労のほどお察し申し上げます」

「で、今回は遂に主人を乗り換えようってか。それは、話しが良すぎるんじゃねぇの?」


 しかし、エネルドは容赦なしだ。俺が心の片隅に思っていることをズバズバと言っている。


「はい。今回の件で私達は処分されてもおかしくないですから。いやぁ、無理ですよあれ。いくら伯父上に沢山の金があるからって、ディル神教の神官ですよ? しかも、聞いた話だと支部長の身内と言うではないですか!?」

「聞かされていなかったのですか?」


 ルミンサスは肩をすくめ、聞いていないとアピールする。


「ええ。神官なのは見れば分かりますが……。ただでさえ神官なだけでも色々と厄介なのに、支部長の娘は無理ですよ。伯父上はそれを分かってて私達に押しつけたのでしょう。失敗したら罪を擦り付けて切り捨てる、伯父上らしいやり方です」


 その後もルミンサスの話を聞くと、ジーナさんはラックに多額の借金をしている設定にされていた。借金を払わないから今回二人が派遣され、連れて行かれたことにされる予定だったらしい。

 しかし、予想以上に俺とジーナさんが居なくなったことに騒いでいるディル神教の面々から事情を聞いて無理だと判断したそうだ。


「それで、貴方が私の役に立つ根拠は?」

「案があります。伯父上、いやラックはチョコとやらも欲しいようでして――」


 ルミンサスの話だとラックはわざわざサニーゴに渡した半分を買い取り、何人かに売り渡したという。それが思った以上に好評でもっと手に入れたいそうだ。

 そこでジーナさんの代わりにチョコを渡し、手を引いてもらうようにすると。


「数が多ければ手を引くでしょう。向こうも彼女を手を出すのは危険だという認識はありますから」

「上手くいく保証は?」

「そこは何とかして見せます。クロウ殿に雇ってもらうためにも」


 それからしばらくの間、今後の打ち合わせを行なった。


「取引に関しても、こちらは金銭のやり取りは無しにしましょう。クロウ殿は商売の件で何者かに狙われているのでしょう? 何かあった場合は、脅されたことにすれば良い」


 狙われているのは間違いないが、基準が曖昧だ。あの後も身近な人物に物をあげたり、料理を振る舞っているが、何の反応もない。

 ラックは何人かと取引をしているらしいが、脅されているかは分からなかった。


「私がラックにチョコを渡しに行き、彼女に二度と手を出さないよう誓約書を書かせてみせましょう。それを達成したら、私達を雇ってください。失敗したら好きなようにしていただいて構いません」

「分かりました。他の方の話を聞きたいので、呼んでいただけますか? 二人いらっしゃいますよね?」

「ええ。彼等はそれぞれ特技を持っていますから、お役に立てるでしょう」


 そう言うと、ルミンサスは外に居る仲間を呼びに出て行った。


「信用するのか?」

「まぁね。チョコ一袋分で問題が片づくなら安いんじゃないかな? それに、今回の件で俺の元にあいつが現れたらある程度の判断は付くし……。それに、こっちには頼もしいボディーガードも居るからね」

「あー、はいはい。甘い考えだな。まぁ、お前が居なくなると食い物の調達が面倒だしな……」


 その後も、甘ちゃんだの何だとやたら甘い甘いと言われていたが、ルミンサスが戻ってきてその話しは終わる。

 ルミンサスが連れてきた人物が部屋に入ってくる。

 一人は大柄で強面の男。背中には大きな大剣を背負っていて、屈強な戦士だろう。

 もう一人は人間の子供くらいの大きさで耳が尖っている。前にあったチェルシーと同じサルーサ族だろう。

 俺は二人に座ってもらうと、元の席に着き一人ずつ話しを聞くことにする。


「では、一人ずつ順番に話しを聞きたいと思います。そちらの男性の方、自己紹介をどうぞ」


 俺が大柄な男を見ると、それを合図に男は自己紹介を始めた。


「あんたが新しい雇い主か? 俺はジービスだ、よろしくな。大剣を主に使ってる」


 ジービスは、自慢の大剣を指さしニヤリと笑う。その笑みは、子供が見たら逃げ出しそうな荒々しさだ。


「失礼ですが、ジービスさんは何故厄介払いされたと思っていますか?」


 俺は聞きにくい話題を真っ先に選ぶ。ルミンサスから話を聞いてある程度理解はしているが、第一印象は最悪だ。

 それならマイナス部分を真っ先に聞いて、後半で印象を上げるしかない。


「……ああ。俺は、まどろっこしい事が大嫌いなんだ。今回の件だって、あいつが直接口説きに来れば済むことじゃねぇか。女一人口説くことも出来ねぇ奴の下で、これ以上働く気は無いね」

「なるほど」


 その後も話を聞くと、普段は護衛の仕事をしていたらしい。厄介払いされた理由は、でしゃばったからだと言う。詳しくは聞けなかったが、何か余計なことをラックに言ったらしい。


「あんたは色々と面白そうだ。それに、当分ベチアールには戻れないだろうからな。それならここでダンジョン探索でも……。おっと、もちろん違う仕事でも構わねぇぜ」


 ジービスの面接を終え、次に移る。


「お待たせしました。自己紹介をどうぞ」


 ジービスの隣に座るサルーサ族を見ると、待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。


「チセットだよー。お兄さん、チョコ持ってるんでしょ? 頂戴っ! すっごい美味しいよねー」

「えっ。チセットさんは食べたことがあるんですか?」

「あるよー。美味しくて気がついたらほとんど食べてたんだー。えへへー」


 チセットの話を聞くと、ラックに雇われていた薬師の一人だという。持ち込まれた研究用のチョコの大半を食べ尽くし、代金を払わない代わりにこの仕事を受けたという。


「酷いよね! ちょっとくらい良いじゃんねー」

「それいくらで売ったか知ってます?」


 俺はラックと取引したときの金額をチセットに伝えると、目を丸くして驚いていた。


「うっそー。そんなに高かったの!? あの大きさで? そっかー。だから追い出されちゃったのかー。弁償しろって言われないだけ良かったのかなー」


 その後もチョコの美味しさや、素晴らしさを身振り手振りを交え喋り続けた。


「お前話し長ぇよ……。クロウも、ニコニコと聞いてるんじゃねぇっ」


 痺れを切らしたのか、ずっと黙っていたエネルドからストップがかかる。他の二人を見ると少々うんざりした様子だ。


「いやぁ、これ程喜んでもらえるなんて嬉しいなって思ってたら……ついね」

「仕方ないじゃん? サルーサ族は、好奇心旺盛なのが売りなんだからさー。あんな珍しい物に出会えるなんて、黙ってられないよ!」


 こうして面接が終わり、俺は三人を信用し雇うことに決める。もちろん、一度ラックの所に戻り契約を終了させてからになるが。その辺はあまり詳しくないが、ルミンサスの話しだと何とかなるという。

 そのルミンサスは、伯父に呼び出されたと言って戻るそうな。

 そして次の日、ルミンサス達はベチアールに向かった。


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