第五話 星三つです
「お、もしかして待たせちまったか?」
「いえ、丁度出来たところです」
「クロサワさんの料理楽しみだな。そうだ、食器出さないとね」
バールさんは森を背にして座ると、リコラが袋から出した食器を受け取る。外は大分薄暗くなってきているのではっきりとは分からないが、木製の食器に銀色の鉄か何かの金属っぽいフォークとスプーンのようだ。食器類の形はどこも似たようなものらしい。
白い皿は目立つかもしれないが、ステンレスの食器やタンブラーなら出しても問題は無さそうだ。しかし、フライパンを直接持ってくるのは少々気が引ける。理由は、赤い塗装がされているからだ。用心しすぎているかもしれないが、用心に越したことはない。
「後、パンとお肉があるので持ってきますね」
そう言って洞窟に入る。見えないというのは便利かもしれない。別に、やましいことをしているわけではないが……。しかし、裏方作業は知らない方が良いことだってある。突っ込まれたら面倒なので、この場合は知らない方が良いだろう。
ペッパー焼きを皿に盛り付け、パンのカゴと一緒に運ぶ。おたまと、自分の食器も忘れない。
「美味そうだな」
「その四角いのもパンですよね?」
「ええ、そうですよ」
カゴの中身を見たリコラが聞いてくる。まさか、山型パンが主食だったのだろうか? それとも丸い白いパンとか……。普段は気にしないようなことまで気になる。冷静を装ってはいるが、緊張の連続だ。
「やった。私、四角いパン好きなんです。真ん中が柔らかいから」
「柔らかいのが好きなら、気に入るかもしれませんね」
俺は、受け取った二人の食器にポトフをよそる。コンソメの香りが周囲に広がった。
「どうぞ」
「良い香りですね、美味しそう」
「悪いな、兄ちゃん」
「いえいえ、冷めないうちに頂きましょう」
二人はボウルで、俺はタンブラーだが問題ないだろう。プラスチックの器よりはましだ。
早速、スープを飲む。二人が警戒している可能性もあるので先に飲んでみたが、そんな様子を気にする事無く二人はパンを選んでいた。どうやら、取り越し苦労だったようだ。
「出来たてのパンみたい柔らかくて美味しいっ。こんな柔らかいパン、初めて食べましたよ!」
「スープも良い味だな。このソーセージ、かなり良い物なんじゃないか?」
「こっちのは、バターの良い香りがする。――――おいひぃ。柔らかいし、バターの味が口いっぱいに広がってくる。バールも食べてみなよ。ここまで美味しいパン、私初めて食べたよっ」
二人の反応は良かった。いや、ちょっとオーバーな気がする。特にリコラが。
そんなに頬張らなくても、まだあるからね?
食パンもソーセージも家計にやさしい価格の品で、驚くほどでは無い。日本の食卓ではお馴染みの品だ。
「このお肉は少し辛いですね。でも、パンと一緒なら美味しいです」
「この香りに味、食が進むな。兄ちゃん、もしや酒好きかい? こんなの出されたらエールが飲みたくなっちまうぞ」
やはり、ペッパー焼きは少ししょっぱく感じるらしい。個人的にはこれ位が普通なのだが。しかし、エールが飲みたいか……。ここは情報を得やすくするのにお酒を勧めるのはありだろう。
「エールは無いですが、似たようなお酒ならありますよ。飲んで見ますか?」
「良いのかい兄ちゃん」
「ええ、助けて頂いたお礼ですから」
お互いニコニコと笑い合う。情報が得られるなら、ビールの一本や二本安いものである。
「私も、お酒飲みたい!」
「えっ、リコラ飲めるの?」
「むむぅ。私、十五歳ですよ。成人したから飲めるんです」
「……十五歳なの?」
頬を膨らます姿が可愛らしいが、十五歳で成人という事実に驚く。日本なら、中学三年生か高校一年生だ。そんな十五歳の少女が、勇者候補で旅して魔物を狩っている。なんというカルチャーショック。頭をぶん殴られた様な気分だ。
「リコラは小さいからな」
「そんなに子供っぽいですか?」
バールさんが笑って言うが、そこに驚いているわけではない。確かに、小柄だから幼い印象は持ってはいたが……。
「そ、そんなことないよ。今、お酒持ってくるから待っててね」
俺は、逃げるようにその場から離れた。少し頭の中を整理しないといけないと思いつつ、酒売り場に向かう。
「よし、これにしよう」
手に取ったのは、プレミアム感たっぷりな缶ビールだ。金色と青のパッケージのロング缶である。六缶パックをカゴに入れ、自分用にノンアルコールビールを追加する。食事の後に神棚を調べたいので、お酒は控えめだ。
更に、ジュース類を数本カゴに入れる。オレンジとリンゴとブドウの三種。リコラにビールは苦いと言われそうなので、ジュースはあった方が良いだろう。
休憩室でガラスポットとグラスを調達し、風除室に戻る。
ガラスポットを軽く濯ぎ、ふきんで水気をとる。プレミアムなビールを二本入れれば完成だ。残りの四缶と、ノンアルコールビールは洞窟に置いてあるカートに置いておく。
「外で飲むビールは、格別だろうな」
俺は、二人の所へ戻った。
「くぅぅっ。この酒、美味えな兄ちゃん」
一リットルあったビールが、あっという間にバールさんの胃の中に消えていった。ガラスポットには、追加したビールが既に半分無くなっている。自分用に注いだビールは半分も飲んでいない。
リコラは案の定、一口だけ飲み今はリンゴジュースを飲んでいる。やはり、苦かったようだ。
ビールを持ってきたときには、既に鍋の中身はほとんど残っていなかった。美味しかったので、気がついたら無くなっていたらしい。そのことで謝罪されたが、美味しかったと言われただけで満足なので気にしてはいない。コンソメ味が通用することが分かっただけでも満足だ。少し薄味にしないといけないのは、健康志向で良いことでもある。それに、調味料がそこまで流通していない可能性も出てきた。少なくとも、化学調味料は無いのかもしれない。
「なぁ、兄ちゃん。この酒何処で仕入れたんだ?」
少し前に起きた出来事を思い返しつつポトフを食べていると、バールさんから質問が来た。流石に、日本の有名メーカーから仕入れてます。なんて言えるわけがない。
「良い商品を揃えるのが、商人の基本ですからね。仕入れに関しては……秘密です」
ここぞとばかりの営業スマイルだ。ニコリと笑って防衛する。これ以上の追求はされたくないので、笑顔の圧力だ。
店長にもなると、笑顔の圧力にも慣れたもので様々な場面で役に立つ。残業はあまり頼みたくないが、どうしてもの時もある。そういった役目も、店長の仕事の一つだ。
「はっはっは。そうだよな、悪いこと聞いちまったぜ。情報は、商売人の武器だしな。ただこの辺のとは、味も飲み応えも違うからな。つい聞いちまった」
「やはり、この辺のとは違いますか?」
「ここまで発泡が強いのはあまり見ないな。山向こうならここより質の良いのが多いから、向こうから持ってきたのかと思ったよ」
ほんの僅かだが寒気を感じだ。それは例えるなら、会話の途中で隠れた地雷を踏んだときの違和感だ。山向こうに何があるというのだろうか? 気にはなるが、話題を逸らすことにする。ここに来て、初めて知り合った二人だ。良い関係でいたい。
「パンはいかがでしたか? リコラさんは気に入ってたみたいですが」
パンも綺麗に無くなっていた。そんなに時間を掛けたつもりはなかったが……。それほど美味しかったのか。
リコラの方を見たら、いつの間にか眠っていた。まさか一口で酔ってしまったのだろうか。リコラに話を振ろうとしたが、見事に失敗である。
「ああ、美味かったぜ。優秀な氷袋持ってるんだな」
氷袋? 熱が出たとき頭に乗せるやつのことか? いや話が合わないし違うか。ここは素直に聞き返す。
「氷袋ですか?」
「なんだ兄ちゃん持ってないのか? これだよこれ」
バールさんが、鞄から青っぽい袋を取り出した。大きめのレジ袋位のサイズだろうか? よく見ると、青い宝石が袋にくっついている。どうやら、大きな巾着袋みたいだ。
口を開いてこちらに向けてくる。中を覗くと、冷たい冷気が顔に当たった。クーラーボックスの袋版、といったところか? それとも冷蔵庫や冷凍庫といった物なのか。かなり便利そうな代物だ。中には更に小さな袋が入っていて、バールさんがその中の一つを取り出した。
「つまみが欲しかったからな。兄ちゃんも一つどうだい」
「ありがとうございます。一つ頂きます」
中身を皿に空けると、緑色の豆が出てきた。お言葉に甘えて一つもらう。手で摘まむと、かなり冷たかった。冷凍庫の袋版が一番近いかもしれない。
「袋のなんてあるんですね。似たような箱なら持ってますよ」
口の中に入れると、冷凍枝豆を思い出す味がした。塩っ気はあまりないが、豆の味がしっかりと出ていて美味しい。初めて食べるこちらの世界の食べ物だ。
「箱型か。箱のが保存効くって言うからな」
「ええ。この豆美味しいですね、お酒が進みます。――もう一杯いかがですか」
「だろ? 合うと思ったんだ。――ありがとよ、兄ちゃん」
俺は、バールさんのグラスにビールを注いだ。
その後、酒のおつまみ談議をし、ガラスポットが空になるとそこでお開きとなった。
「それじゃ、そろそろ寝るか」
「そうですね。色々聞けて楽しかったです」
おつまみ談議は実に良かった。乳製品や魚も食べていることが分かったし、やっぱり生食は限られているということや、簡単なおつまみのレシピも聞けた。まぁ、その材料が何かさっぱり分からない物もあったが……。
「また明日な」
「お休みなさい」




