第三十九話 ベチアール商人ギルド主催食品展示会 2
「クロウこれも美味いで」
「クロウ様こちらもなかなかの味です」
「クロウこれはお前好みのだぞ」
三人が俺の前に試食の菓子を差し出す。
「分かったから、落ち着いてって」
俺は三人をなだめつつ、お菓子を受け取り観察する。
ジーナさんが持ってきたのはビスケットに似たお菓子だ。薄茶色で丸い形の一口サイズの大きさは食べやすそうだな。
「エネルドさんは味音痴ですから、信用しない方がよろしいかと」
エネルドの持ってきたお菓子は、四角くて焦げ茶色のお菓子だ。こちらも一口サイズで見た感じは焼き菓子なのだが、触ってみるとかなり固い。
「はぁっ? どれも美味いだろうが。このチビ婆のが変なの持ってきてるじゃねぇか」
チェルシーのお菓子はとてもカラフルだ。チュロスに似た細長い枝状のお菓子に、たっぷりとカラースプレーの様な細かいカラフルな粒がこれでもかという位ちりばめられている。
「こんな可愛げのある娘に婆とはひどいわー。それにこれは、今度の一押し商品やで? このセンスがわからへんなんて、あんさんのが田舎もんちゃいます?」
三人はにらみ合い一触即発の雰囲気だ。
「だから、三人とも落ち着いてって」
俺は頭を抱えたくなる。三人共がそれぞれの場所から色々と試食品を持ってきてくれるのはありがたいが、この光景もこれで四度目だ。
どうしてこうなったかは少し前に遡る。
「レセクトは西の貿易が盛んな都市ですよ。確かに昔は小さな漁村でしたが、ある人物が大きく発展させたと言われています。主な交易は別の大陸ですね」
ジーナさんの説明によると、レセクトはここより遙か西の場所にあり海外との交易がメインの都市らしい。
「せやで、立派な都市なんや。こことも負けず劣らずな所やで。そんなのも疎いなんて、兄さんかなり遠い所から来たんやね」
「ええ、遙か遠い島ですね」
俺は苦笑いをしつつ、話題を変えるためにチェルシーに質問をする。
「チェルシーさんはお一人ですか?」
「連れはおるんやけど、置いてきた」
「なぁ、クロウ。こんな奴ほっといて回ろうぜ」
しかし、目の前のチェルシーは十歳には満たない位に見える。身長も一メートル位だろうか。そんな少女を置き去りにするのは良心が痛むというものだ。
「良かったら、一緒に回ろうか? お連れの人に会えるまでならさ。それ位なら良いだろ?」
「クロウ様がそう仰るなら……」
「いやぁ、お兄さん話が早い。ほな行こか」
歩き出そうとすると、エネルドが耳打ちをしてくる。その表情は少し怒っている様子だ。
「おい、お前分かってるのか?」
「大丈夫だって、それにこんな小さな子が暗殺者とかだったら世の末だと思うよ?」
俺は、チェルシーを見る。
栗色で肩ぐらいの長さのツインテール。丸顔でふっくらした頬は触ったら柔らかそうだ。ボディーラインもどちらかと言えば寸胴で、どっからどう見ても子供だ。
「そいつはサルーサ族で、大人でもあの大きさだ。しかも、人族より長命で二百年位はあのままだ」
エネルドが呆れた様子で説明をしてくれた。
どっかのソースや音楽みたいな名前の種族のサルーサ族は、大人でも人族の子供みたいな姿らしい。それなのに寿命は二倍だという。
「じゃぁ、俺より年上?」
「可能性は高いな。後、耳が尖ってる連中は大体は長命種だから忘れんなよ。ゴブリンとか寿命の短いのもいるけどな」
「へぇ」
チェルシーの耳を見ると確かに尖っていた。エルフの様な長さ程ではないが……。
しかし、日本人が海外に出かけると年齢より若く見えるとは言われるが、そんなのと比べられないほどだろう。
仕事の一環としてここに来ていたのでさんづけをしていたが、その辺で会っていたらチェルシーちゃんと呼んでいたかもしれない。
今後は、見た目だけで判断しないように注意しないとな。
「チェルシーさんも食品を扱う商売をしているんですか?」
「チェルシーでかまわへんよ。そんなところやね。各地を回って美味しいもの探してるんや。クロウ……さんもそうなんか?」
「俺もクロウで構いませんよ。故郷では食品等を扱っていたんですが、ここでは上手くいかなくて……。それで今回この展示会で色々得られればと」
四人で肉のブースを見て回る。干し肉やソーセージ等の加工品から生肉までと色々な品が並んでいた。
そして、食欲を刺激する香ばしい香りがブース内に充満している。場所によっては試食の直前に焼いたりするので、肉を焼いたときの音が更に食欲を刺激した。
「クロウ様。こちらはロックバードと呼ばれる大きな鳥型の魔物のお肉を焼いたものみたいです。味つけが濃いめなのでお口に合うと思います」
「ジーナさん、ありがとう」
白っぽいお肉を一口食べると柔らかい食感に驚く。大型の生物は固そうなイメージがあったからだ。
味つけはバジルの様な香草と塩胡椒といったところだろうか? しっかりとした味つけなので白いご飯とも合いそうだ。照り焼きにするのもありかもしれない。
「クロウ、これ結構いけるで」
「どれどれ。――牛肉っぽくて美味しいな。この辛いのは何の香辛料だろう……」
俺はチェルシーから受け取ると焼きたての肉を頬張る。ピリッとした辛さは唐辛子に近いが……。
「あっ、お前何してんの? 朝の約束もう忘れたのかよ」
辛さの正体を探っていると、エネルドの怒った声で我に返る。
「あー。すっかり忘れてた。でも大丈夫だとおもうよ?」
ここに来る前いくつかの決まり事を作った。それは一人で行動しないことと、食べ物は二人が確認してから食べるという内容である。
心配しすぎだとも思ったが、万が一があった場合俺以上に他の人間が色々と面倒なことになると、リトールさんに言われたからだ。
「お前なぁ。俺がわざわざ毒味してやってるってのに、そりゃ無いと思うぜ。こんなどこぞの怪しい婆の姿に騙されるなよ」
「なんやてぇっ、うちの何処が婆なんやっ」
エネルドとチェルシーがにらみ合っている。止めに入ろうと、一歩前に出るが後ろの方からそれを遮る声が聞こえてきた。
「おう、兄ちゃん。うちの品物にいちゃもん付ける気か?」
その正体は、この牛肉ぽい焼き肉を出している店主だ。
「ごめんなさい。私が食べられない物があるので確認してもらっているのです。決して悪気があったわけでなく……」
店主に謝罪をしてその場を離れる。
怒るのも当然だ。店の前で騒ぎ起こすわ、毒味だなんだ言われれば営業妨害もいいところだろう。
「ちょっと二人とも落ち着いてって」
「クロウも大変やなぁ。こんな使えへん使用人雇ってるなんてなぁ。うちが良い人材紹介しましょか?」
「えっと、エネルドは護衛役で役にたってるから。……口は悪いけど」
俺は取りあえずエネルドのフォローをする。口は悪いし怒りっぽいところもあるが、思ったことをすぐ口にするのが問題なだけで、やるべきことはこなしている。
「護衛!? こんなひょろっこい兄さんが? いやいや。かばう気持ちは分かります。せやけど、嘘は言っちゃあかんよ」
チェルシーは護衛という言葉に驚いたらしく、エネルドのことをビシッと指さし指摘し始めた。
「まず、護衛の割にひょろっこい。そして、肌が白い。貴族の娘さんより白いってのはあかんよ。護衛役なんて体力勝負やで? 外に出れば誰だってお天道様の力で肌が焼けるんや。それが無いってのは外に出ない引きこもりってことやな」
「それ以上言ってみやがれ。剣の錆びにしてやるよ」
その指摘に、エネルドが怒りをあらわにする。
「あんさん、剣士とでも言いたいんか? 流石にそんなはったり通用しませんわー。そんな綺麗な手、剣なんて握ったこと無い人間の手ですわ。そんなへなちょこの剣なんて目をつぶってても避けれる自信あるで」
言われてみれば、確かに綺麗な手をしているな……。
俺は、チェルシーの観察眼に驚き納得する。何日も一緒に過ごしてはいるが、気にしたことも無かったのだ。
腰に剣を提げていたので剣士とか魔法剣士の類いだと思っていたけど、どうなんだろうか。
「魔力もろくに感じられへんし。褒めるところがあるとすれば……顔くらいやね。あかんあかん、そんな怖い顔したら折角の良い顔が台無しですわー。長所は延ばさんとあかんで。……あ。そーゆうことやったんか。それは失礼しましたわ」
チェルシーが、俺とエネルドを交互に見ると意地悪そうな笑みを浮かべる。これ以上は不味いと思い、二人の間に入る。
「それ以上はちょっと……。ほら、エネル……ド?」
エネルドが小刻みに震えていた。どうやらかなり怒っているらしい。これ以上刺激するのは不味いだろう。力を使って抑えるのは疲れるし、ここでは人の目も多いので出来るだけ避けたい。
「あいつの性だ。どれもこれも全部あの野郎の性だ……!」
「エネルド落ち着いてって。ほら、飴あげるから。俺もこないだみたいなのは勘弁だし……ね?」
怒りの矛先がチェルシーで無いことに一安心する。魔力が無くなった原因を見ているだけに少しだけ同情する。まぁ、自業自得だろうけど。
「はぁ。ダンジョンに籠もりたい……」
「わかった。帰ったらハチも連れてみんなで攻略しよう。ほら、この先のブースお菓子だから甘い物沢山あるよ」
「……わかった」
エネルドを何とかなだめるが、場の空気は最悪だ。ジーナさんはジト目でこちらを見ているし、チェルシーはエネルドのことをすっきりとした顔で見ている。どうやら、レセクトを田舎と言ったことを根に持っていたらしい。
場の空気を変えないと。このまま回るのは胃にダメージがくる。
「俺、甘い物好きだからお菓子ブース楽しみだなー。美味しいの見つけてくれたら、何かご褒美あげたくなっちゃうなー」
ちらっと様子を見ると三人の熱い視線がこちらに向く。どうやらご褒美作戦は成功したらしい。
「ほんまか!?」
「その言葉忘れんなよ」
エネルドとチェルシーは、互いを一睨みするとそれぞれ別の方向に消えていった。
「はぁ……疲れる」
「よろしいのですか?」
心配そうなジーナさんの声に思わず安堵する。
「自業自得だからね。もう少し早く止めておけばこうならなかったし。ジーナさんも行ってきて良いよ? 俺はここで少し休んでるからさ」
「ちなみに、ご褒美って何でしょう?」
何も考えてはいなかったが、少し一人になりたいので食いつきそうな答えを上げる。
「俺の出来る範囲のことならかな。ジーナさんのお願い叶えてあげるよ」
「本当ですか!?」
ジーナさんがグイッと前のめりになってこちらを見る。
その近さにドキッとしていると、ジーナさんが何かを取り出し俺の手に握らせた。
「クロウ様、これはお守りです。何かあったら念じてくださいねっ」
そう言うと、ジーナさんもお菓子ブースの中に消えていった。
やっとリアルが落ち着いてきたので、更新ペースを戻していきたいと思います。
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