第四話 夕食はポトフ
「さて、どうしようか」
売り場で夕食の献立を考える。急な来客があった主婦の気分だ。
主食がパンらしいので、まずはパンの売り場からだ。食パン、ロールパン、クロワッサン。後はフランスパンが候補だろうか。
夕食にパンのイメージが無いので悩んでしまう。
「選んでもらえば良いか」
カゴの中に六枚切りの食パンと、バターロール。クロワッサンを入れる。フランスパンは切るのが面倒なので諦めてブランロールと、ベーグルをチョイス。菓子パンや惣菜パンは無しだ。
そのまま惣菜売り場に向かうが、ここはスルーする。何故なら商品が置いてないからだ。閉店後なので、ほとんどの惣菜が残っていない。マカロニサラダと切り干し大根、それに煮物が数種類。和食が口に合うのか、分からないので今回はパスだ。
そのまま角を曲がり、日配売り場だ。
日配は、和日配と洋日配と分けられている。和日配の主な商品は、豆腐や納豆。練り物に漬け物等の和食に分類されるものだ。洋日配の主な商品は、牛乳やチーズ等の乳製品。紙パックのジュース。プリンやゼリー等のデザート類のことをいう。他の店では違うかもしれないが、うちの店ではこのような感じだ。
しかし、日配の売り場も通り過ぎる。パンに合うレシピが思いつかないのも原因の一つだろう。浮かぶのはスープやシチュー。後はカレーだろうか。
「レシピ本でも見てみるか」
自分で考えるのを諦め、雑誌売り場に向かう。雑誌売り場にはレシピ本が数種類置いてあるので、参考になるかもしれない。
その中の一冊を手に取り、パラパラとめくる。懐中電灯は脇に挟んでおく。
「お、これは簡単そうだ」
目に止まったはポトフだ。材料もキャベツ、ジャガイモ、人参、玉ねぎ、ソーセージ、コンソメ、塩、胡椒、水とシンプルだ。作り方も野菜を切って煮込むだけ。夕食はポトフで決まりだ。
各売り場で食材を集めたら、次は足りない調理器具の追加をする。
休憩室からステンレス製の両手鍋、皿、おたま、ラップを持ち出す。皿は、有名なパン祭りの景品の白い皿だ。交換で余った皿が、休憩室の食器棚に数枚置かれている。誰でも使って良い皿だ。そういった景品のグラスや皿等が食器棚にしまわれているので、数人分位なら何とかなるだろう。
風除室に戻り、ポトフ作る準備をする。作業台が無いので、二段台車の上にガスコンロとまな板を置く。
そこであることに気がついた。
「調理前の消毒を、忘れるところだった」
自分の料理なら気にはならないが、他者に提供する場合は別だ。ハチが既に居る状態で、衛生管理をのたまうのもおかしな話かもしれないが。
風除室を見回すと、ハチは隅で大人しく座っていた。忘れる前にハチの水とご飯を用意する。同じマグロの缶詰だ。
激しい頭突きがくるかと思っていたが、動く様子が無かった。こちらもこれから調理に入るので、大人しいのはありがたいのだが……。反応が無いのは寂しいものだ。
ハチの少し手前に、容器を置く。
気を取り直して、惣菜室に向かった。消毒液とポリエチレン手袋。クッキングシートを調達し、調理開始だ。ハチもご飯を食べていたので、問題ないだろう。
まな板の上にクッキングシートを敷き、その上で野菜を食べやすい大きさに切る。水を入れた鍋に、ジャガイモと人参を入れる。火が通ったら玉ねぎとキャベツを入れ、コンソメを砕きながら入れる。最後にウインナーを入れ、味見をしながら塩胡椒で味を調えて完成だ。
「これ位で良いだろう」
火を止め、蓋をする。味はいつもより薄味にした。薄いと言われたら塩胡椒を足せば済む話。しかし、味が濃いと言われた場合は水を足せば終わりというわけではない。手間を考えた場合薄味の方が楽である。
パンとスープだけなのは、足りない気がするな。パンを青果の売り場にあった茶色いカゴに乗せつつ、物足りなさを感じていた。もちろん、クッキングシートを引いた上にパンは置いてある。見栄えもそれっぽいので上出来だ。
お礼を込めるならもう一品位はあった方が良いだろう。やはり、メインディッシュは欲しい。俺は、精肉売り場に向かった。
肉の種類は無難そうな鶏肉で。出来れば簡単に調理できる下味付きが欲しいところ。売り場に着き、カーテンをずらして確認すると、照り焼き味とガーリックペッパー味が並んでいた。
「ガーリックペッパー味にするか」
俺は、ガーリックペッパー味を手に取る。見てたら食べたくなったのが一番の理由だ。
休憩室でフライパンとキッチンペーパーを取り、風除室に戻った。
このペッパー焼きは本来このまま焼くのだが、ペーパーで余分な漬けダレを拭き取る。フライパンにクッキングシートを敷き、隅の方に水を少し垂らして蓋を閉め、蒸し焼きにする。
クッキングシートを敷くのは、汚れと焦げるの防止するためだ。
「運ぶ準備をするか」
ショッピングカートに鍋を乗せ、下段には食器類が入ったカゴにパンを入れたカゴを入れる。そして、出来上がったペッパー焼きをフライパンごと乗せる。最後に、もしもの場合の水と塩胡椒をカートに乗せて外へ向かう。
はたして、気に入ってもらえるだろうか? 緊張の瞬間までもうすぐだ。
「クロサワさん、火の準備出来てますよ」
リコラが手招きする。リコラの前には簡易的に組まれた、かまどがあった。しかし、その光景に躊躇する。何故なら、たき火を囲うように丈夫そうな二メートル位ある太い枝が、三本地面に刺さっていた。その中心から鎖のような物がぶら下がり、やかんのようなポットが熱せられている。
同じような光景をキャンプ等で見たことがあった。トライポットと呼ばれる、要は三脚だ。ダッチオーブンでもあればよかったのだろうが、スーパーにはそんな物は無い。
それと、リコラが地面に何か布を敷いて座っている。失念していたことだが、アウトドアと同じなのだ。椅子が何処からか現れるわけではない。
「後は盛り付けるだけだから大丈夫だよ。今、運んでくるから待っててね」
料理を運んでくるふりをして、俺は慌てて店に戻り敷く物を探す。レジの近くにある段ボール置き場から、小さめの段ボールを分解する。印刷が目立たないように裏返したら大丈夫だろう。これで、地面に直接座らないで済む。水が貴重な分、洗濯も気軽に出来ないのので汚れるのは出来るだけ避けたい。
急いで戻り、何事も無かったように鍋を運ぶ。吊すことが出来ないので、段ボールの切れ端を下に敷いて鍋を置く。
「もう作り終わってたんですね。これはスープですか?」
「ええ、ポトフです。口に合うと良いんですが……」
「バールさんは何方に?」
周りを見渡すと、バールさんの姿が見当たらない。何処に行ったのだろうか?てっきり居るものだと思い込み、料理を運んできたが早計だったかもしれない。
「結界を張りに行ったので、もう戻ってきますよ。ほら、帰ってきた」
指さす方を見ると、バールさんが森の中から出てきたところだった。
それにしても、結界を張るという行為に驚く。その様なことが出来るということと、常に危険が付きまとう様な場所であると。アウトドアをしたことはあるが、安全な場所のみだ。ここは野宿をするだけでも危険な場所らしい。




