第三十一話 大人になっても忘れない
「《稲妻》」
ジーナさんの魔術で、飛んでいた蜂が地面に落ち塵に変わる。リトールさんが腕輪を届けてくれたお陰で、魔術も絶好調だ。
「今の雷の魔術だよね? 格好良いね。俺も、使えるようになりたいな」
「クロウ様なら、すぐに扱えるようになりますよ」
「新しい魔術のオーブ出てこないかな……」
俺は、十層目で新しい魔術をゲットしていた。十層目で拾ったオーブをスマホで確認したら、オーブの中に魔術が入っていたのだ。
その魔術の名は、ヴィント。風の魔術だった。
強力な風で対象を切り刻むのかと試してみたら、春一番とかそんな感じの強さの突風で、少し凹んだのはここだけの秘密である。
軽い物なら飛ばすことが出来るが、人間位重いと軽くよろめく位の強さ。あまり役にたっていない魔術だ。
「さっさと進むぞ。今日は、十五層の転移魔方陣起動させるんだからな」
「今行く」
急かすエネルドの後を、俺とジーナさんがついて行く。ハチは、エネルドの横を歩き先頭だ。獣道すら無い草原をひたすら進む。
俺達は今、ダンジョンの十四層目に居た。十一層目からのダンジョン内は大きく様変わりしていた。十層まではいかにもダンジョンと言いたくなるような細く薄暗い通路だったが、十一層目はとても広い空間で一面大草原だった。蜂や小鳥に、角が生えたウサギ。ヒツジ等が草を食べたりしていて平和な様子だ。
頭上には太陽のような光源もあり、たまに風まで吹いてくる。風に運ばれてくる植物の香りは、春先の植物が生い茂る頃を思い出させた。
「あー。風が気持ち良いな」
俺は、大きく背伸びをする。油断してはいけないのだが、天気が良いのでそうしてしまう。雨が降るのか分からないが、少なくとも夜は来た。昨日、十三層目で一泊したから間違いない。外と同じ時間で光源が動いているのだ。
初めて見たときはこのような空間に驚いたが、この手のダンジョンにはよくあることらしい。
しかも、例えばダンジョンの周辺が砂漠地帯でも、ダンジョン内にこのような場所があれば草木や肉等の食料が簡単に手に入るため、生活に早々困らなくなるそうだ。
しかし、ダンジョン内は強力な魔物も多く居るので生活するのは難しいという。
「クロウ様、置いて行かれてしまいますよ」
ジーナさんが振り返り、注意する。しかし、その顔は怒っているのではなく、微笑んでいた。
「そうだね」
俺達は、広い草原を歩き続ける。襲ってこないヒツジ等と戦うのは気は進まないが、見つけ次第殲滅していく。魔石回収のため仕方が無いことだ。
いつもはエネルド一人でダンジョン攻略をしているが、こうして定期的に全員でダンジョンに入るようにしていた。理由は、黒ずんだ魔石の回収だ。黒ずんだ魔石は、初期から居る魔物からしか手に入らない。
しかし、新しい魔物が補充されると区別が付かなくなってしまう。なので、人数を増やして魔物を倒し、魔石の回収をするのが今回の目的である。ローラー作戦というやつだ。
「そろそろだな」
「本当に、この辺なのか?」
「あの木の側だから間違いない」
エネルドが指さす方には一本の木があった。どうやらあの木の側に守護者が居るらしい。
木の近くまで進むと、守護者と思われる大きなヒツジがそこに居た。
「大きさは、牛位はありそうだな」
灰色のモコモコとした毛に、つの字の様に曲がった黒い角が額の脇から二本生えている。あんなのに突進されたら、ひとたまりもないだろう。
「大人しそうだから、ハチだけでもいけるんじゃないか」
「ナゥッ」
「いやいや、いくらなんでもハチは猫だから。ちょっと、ハチもやる気になってるし」
ハチは体勢を低くしある程度距離を詰めると、凄まじい勢いで大きなヒツジに向かっていく。
そして、前脚に襲いかかると目にも止まらぬ速さで噛みつき、猫パンチの連打だ。
「フシャー、ヌァァァァォン」
唸り声をあげ、猫パンチの連打が再び始まるかと見ていた次の瞬間。
ハチの右前脚が光だし空を切った。ただの空振りかと思っていたが、ヒツジの頭がゴロリと落ち、塵となって消える。
「おっ、流石だな。やっぱ力があるときにやっておいて正解だったな」
「ハチさんお強いですね。クロウ様の獣魔なだけあります」
ええええっ!? く、首がスパッと……。ハチ強くない? いや、道中で猫パンチで倒しているの見ていたけどさ。ハチは猫だよ? ライオンや虎じゃないんだよ。
俺は、何も言うことが出来なかった。頭の中ではハチに対するツッコミが止まらなかったが、口には出せなかった。二人の反応が、さも当たり前のような反応だからだ。
道中でハチが相手していたのは、全てハチより小さいか同等位のウサギまでだ。この大きなヒツジを一分もしないで倒すなんて、俺には考えられなかった。
「ナーォ」
ハチが俺の目の前まで来ると、ジッとこちらを見て座る。その視線は、褒めろと言われている気がした。俺は、しゃがむとハチの頭を撫でる。
「は、ハチ。流石じゃないか。強いよ。頼もしいなぁ」
ゴロゴロとハチは喉を鳴らす。褒められたからか、撫でられたからかは分からないが、機嫌が良いようだ。
「ほら、オーブあったぞ。次だ、次」
オーブとヒツジの角を回収し、俺達は十五層に進んだ。
「大きな湖だな」
「この層は、河口に守護者が居る。さっさと先に向かうぞ」
十五層目は、大きな湖に沿って先に進む。湖を覗くと何かが動くのが見えた。
「なぁ、エネルド。この湖は魚が居るのか?」
「魔物だけどな。近寄ると跳ねて体当たりしてくるから気をつけろよ」
「食べることは出来るのか?」
「身落とせば食えるだろうよ。お前、まさか生きたままとか言わないよな?」
顔をひそめ、あり得ないといった様子だ。
「生で食べられるなら食べたいけれど、寄生虫とか居るんだろ」
「ああ。お前の身体なら死なないかもしれないが、普通は火を通す」
「適切に管理された魚なら、生でも食べることが出来るみたいですよ。一部の地域では生で食されています」
生け簀でも作って魚の養殖でもしてみようかな……。でも環境が厳しいか。
周囲の警戒をしつつ養殖について考えていた。刺身や、焼き魚と白いご飯。この組み合わせが食べられないのは中々厳しい。
淡水魚は焼いて食べないと危険なので、生食は無理だろう。海も近くには無いので、刺身は在庫限りになるかもしれない。出来るだけ地産地消を目指したいが、刺身は難しそうだった。
何回か小休憩を挟みつつ、河口を目指す。
「もうそろそろだな。この辺で食事にするぞ」
「分かった。今準備する」
俺は、肩に掛けていた保冷バッグを地面に下ろした。緊張感を持てないのはコレのせいもある。
この保冷バッグは、店で販売していたカゴサイズの保冷バッグ。マイバッグやお買い物用バッグと呼ばれているものだ。暖色系で花柄の可愛らしいこのマイバッグは、ピクニックやアウトドアでも使える優れものだ。
そんなバッグを肩に掛け、マルセンマートの制服を着ている男二人。これだけなら、元の世界でも見ることが出来る姿だ。ジーナさんのお陰で、異世界に居ると実感することが出来る。
ジーナさんの姿をチラッと見つつ、バッグの中からレジャーシートを取り出し、地面に敷く。
出発前に用意していたホットケーキと野菜ジュースで、簡単な食事だ。前日は、おにぎりだったりする。簡単に作れるホットケーキは非常に便利だった。そろそろ小麦粉でパンでも作りたいが、難しそうなので手が出せないでいた。
「はい、ウェットティッシュで手を拭いてからね。ハチは、カリカリあるから待っててね」
ちなみに転移魔方陣はそれなりの魔力を消費するので、野宿する時だけ使うようにしている。
「ほら、お湯出したぞ。カップスープ飲もうぜ」
エネルドの手には、タンブラーが握られていた。湯気が微かに見えるので、お湯が入っているのだろう。レジャーシートの上には、二人分のお湯も用意されていた。
「先に粉を入れてからお湯を注いだ方が……。はい、コーンスープの素。スプーンでよく混ぜるんだぞ」
俺は三人分のコーンスープの素を取り出し、一本をエネルドに渡す。
野菜ジュースは、また今度だな。
「簡単で美味しい食事を食べられるのは良いですね」
「そうだね。何だか懐かしいな」
コーンスープを飲みながら、ふと昔を思い出す。
「何がです?」
「子供の頃に家族とピクニックに出かけてさ、こうして外で食事して兄さんと小さな草原を走り回ったんだ。兄さんに俺のおやつ盗られて追いかけたっけ……」
小学校位の記憶だ。今まで思い出すのもほとんど無かったはずの記憶。
「……寂しいですか?」
「えっ」
その一言に驚いて、ジーナさんの方を見る。何処か寂しげな表情でこちらを見ていた。
「いや、どうだろう。俺は高校卒業して独り暮らしだったし、仕事で年始位しか会ってなかったから。それに、今は今で楽しいよ。向こうじゃ絶対味わえないことをしているからね」
俺は、安心させるため微笑んでみせる。その様子を見てジーナさんも、少しぎこちないが微笑んでくれた。
「いただきっ」
その一言と共に、俺の膝の上に載せていたホットケーキが奪われる。
「エネルドっ。それ俺のホットケーキだぞ。おい、待てっ」
「悔しかったら、力を使わずに追いついてみせるんだな」
エネルドがニヤリと笑うと、ホットケーキをかじり走り出す。放置することも考えたが、ここは誘いに乗ることにした。
少し離れたところで、美味しそうにホットケーキを食べるエネルド。いつもはあっという間に消えるホットケーキが、まだ半分以上残っていた。
「俺の分返せっ」
……どうやら、二人に気を遣わせてしまったらしい。
全力で駆け寄るが、逃げられてしまう。追いかけっこをするのは何時以来だろうか。
そんな時間が暫く続いた。
十五層の守護者はそんな追いかけっこをしている最中、エネルドとぶつかり塵と化した。次からは、場所を選んで追いかけっこをしよう。




